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かわっち的に平成を振り返る2「アナログ的とデジタル的に3人分働いた10年」 平成11年~20年(西暦1999年~2008年)

年表(平成11年~20年)

1999年からの10年は、大学卒業と同時にスタートする。インターネット、携帯電話が一 気に普及し仕事や生活に入り込んでいったように思う。社会人生活を表参道にある編プロでスタートさせた僕は、アナログ的はモノ作りの中にデジタルが入り込み、自分の成長す る速度と社会が変革していくスピードに疾走感を覚え、先輩や上司からアナログ的なモノの考え方を教わりながら、一方でホリエモンに代表されるITという分野が台頭し新しい価 値観が生まれ既存の枠組みが崩れつつある姿にワクワクしたのを覚えている。アナログとデジタルの融合が自分のテーマだった時代。
この頃は、アナログとデジタル、すべての事をいち早く吸収したく寝る間も惜しんで働いた。若いから出来たことだと思うが、誇張ではなく3人分働いていたと思う。表参道という場所柄、六本木ヒルズ、東京ミッドタウンなど近くに大きな建物が建つのを横目にい つかこの場所を抜け出して自分の世界を築いてやるという野心を抱いていたことも思い出した。
この頃は、仕事が忙しく、コンテンツに関することはほとんど眺めていただけでハマったという記憶がない。そんな中でも、会社で流れたいたFM-TOKYOから聞こえてきた音楽 で気になるものはCDで購入していたと思う。学生時代は、洋楽ばかり聞いていたがラジオ の影響か社会人になってからは邦楽のみとなってしまった。ケツメイシの「サクラ」は好 でよく聞いていた。
ファッションでは、ベッカムが日韓W杯で流行らせた、ソフトモヒカンを真似ていた。単純にカッコいいと思い、7~8年はこの髪型だったような気がする。
おじさんと若者が入り交じり、アナログ的な思考と既得権益を否定するデジタル的思考の中でごちゃごちゃに揺れ動いていた時代だったように思う。
この時代を経験したからこそ、かわっちが掲げる「情報価値と情緒価値のたいせつさ」という考えに至ったのではないかと思う。


#コラム #エッセイ #日記 #平成最後

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