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ホラーに浸かりたくなる日

突然無性に何かをしたい衝動に駆られることって、人にはたくさんあると思う。

 ーー嬉しいとき、無性に走り回りたくなる。
 ーー悲しいとき、無性にあの人に会いたくなる。
 ーー腹が立つとき、無性に叫びたくなる。

エトセトラ。
他にも、趣味に没頭したい、猫を吸いたい、とか。


しかし、たまにそういう感情や状況に付随せず、かつ自分の中でそんなに優先度が高いわけでもないのに無性に衝動が湧き上がる対象があったりすることもある。

腹立たしいわけでも悲しいわけでもなく、
自覚しているストレスもそんなに溜まっているわけでもない。

そんな中で、突然湧いてくる衝動。
わたしの場合、それがホラーだ。



特にホラーが好き、というわけではない。
少なくとも自分ではそう思っている。

ところが、1年に一度か二度あるか無いかくらいの割合でホラーにどっぷり浸かりたくなる。
この場合の媒体は何でも良い。
小説でも漫画でも映画でもゲームでも、何でもウェルカムだ。
ただし、内容については何でも良いわけではない。
わたしの食指が動いたものしか見ない。

-都市伝説もの、とても良い。
-童話や伝説から派生したもの、面白い。
-意味がわからず怖いもの、それこそホラーよね!

意味がわからないから怖い。もしくは、意味がわかっても尚理解できず怖い。それがわたしの中のホラーだ。

「一番怖いのは生きている人間」

よく聞く言葉だけど、わたしはいつもこの言葉を聞くたびに恐らくちょっと情報が足りないのでは、と思う。
人は、自身が理解出来ないものが一番怖い。
生きてる人間が怖いのは、理解し尽くせないから。心の内を人は綺麗に隠す。

話が逸れた。
つまりそんな自論があるわたしは、途中で脅かす側の過去の事情が明かされた末にそちらに感情移入してしまった場合、途端に怖くなくなってしまう。

なんならそこから拗らせて寧ろ“お化け側”のファンになってしまったケースすらある。
その映画およびキャラクターに関しては語ると長くなるからまた別の機会に語らせていただきたい。


ここまで淡々と書いているが、わたしは怖がりだ。
自分が怖い目に遭うのはごめん被りたい。
あと自分の近しい人たちが犠牲になるのも嫌である。

…子供の頃、田舎で誰も居ない倉庫の中から恐ろしい叫び声を聞いたことがあったり、誰も居ない石垣の上からわたしに手を振る手首を見たりとか色々あるけど、あれ以上に恐ろしい目には遭いたくない。


では何故見るのか。

たぶん、怖い目には遭いたくないけど、興味はあるのだろう。
怖いもの見たさに自虐行為を和え、そこに若干の嗜虐心を振りかけたもの。
それがわたしがホラーを見たくなる衝動の正体なのかも知れない。

そんなことをぐだぐだと考えながら、わたしは次に見るホラーを探すのだった。

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