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【不思議な話】京王線「万願寺」奇談


Twitterに投稿された、なぜか存在しないお寺「万願寺」。
その名前に聞き覚えのあった私が投稿したお話です。

昔、会社の先輩に聞いた不思議な話に出てきたお寺の名前がたしか「まんがんじ」。
新宿で飲んでいた先輩が自宅のある調布(府中だったかも?)に帰るため終電の京王線に乗った。しかしうっかり寝過ごしてしまい気がつけば見知らぬ駅にいたという。おそらく高幡不動駅だろうとホームで周りを見渡すと同じように乗り過ごしたと思われる乗客がふらふらと歩くのが見えた。すでに反対側の終電も終わっていたので仕方なく彼らと同じ方向に歩こうとすると静かに声を掛けられた。
「そちらではありませんよ」
いつの間にかに後ろにいた駅員は反対側を指差す。
「タクシー乗り場はありますかね?」
「ありません。駅を出たら右に真っ直ぐ行ってください。道をそれてはいけません。まっすぐに」
「はぁ」
「“まんがんじ”というお寺があります。そこの住職にタクシーを手配してもらってください」

なぜお寺? 不思議に思ったものの妙に頭がフワフワしており素直に従うことにした。
(おかしいな…酔いが覚めていない?)
階段を下り駅を出て振り向くと古い平屋の駅舎が目に入る。
(高幡不動駅ってこんなだっけ?)
似つかわしくない駅舎に疑問を持ったものの言われたとおりに右手の道を歩くことにした。


コンビニすら無く舗装もされていない道。100mほどの間隔で今では珍しいLEDではない街灯が立っており、チラチラと光が揺れている。
やけに街灯の間隔が長すぎる。街灯の灯りはせいぜい半径10m程度を照らす程度だったので周囲を照らすというよりは道の存在を示す文字通りの道標のように感じた。道の左右に民家はあるがどの家も電気はついておらず、ただただ暗い。どのくらい歩いたのだろうか。時間の感覚があやしいがおそらく数百mは歩いたのだろう。目の前に街灯に照らされた十字路が現れた。
右の道も真っ暗だったがかすかに川の流れる音が聞こえた。左の道も真っ暗だったがずっと先にオレンジ色の揺らめく火のような灯りが見えた。灯りに群がる蛾のように無性に左側の灯りの方へ行きたいと思ったが駅員の言葉を思い出し再びまっすぐ歩く。
(この暗闇で迷ったらまずい…)
さらに数百m歩くとまた十字路。先ほどと同じように右からは川のせせらぎが、左にはゆらゆらと揺れるオレンジ色の灯りが見えた。再び左の道へ行きたいと強く思ったが駅員の言葉どおりにまっすぐ歩く。すると数十m先に大きな門が見えた。


(いきどまり?)
近づくとわずかに線香の匂いがした。どうやらここが目的地らしいがどうしたものか、と門の前で思案しているとカコカコと下駄の音が門の中から近づいてくる。すると大きな門のすぐ横、通用口が開き、中から白髪の老人が出てきた。10mほど後ろの街灯が照らす薄っすらとした明るさの中で老人の姿は妙にはっきりと見えた。
「お待ちしてました」
「はい?」
「たまに迷われる方がいらっしゃいますので」

(あの駅員が気を利かせて住職に連絡してくれたのか?)
「どうぞこちらへ」
老人に促されて門をくぐり、寺の中庭を歩く。真っ暗だが平屋の母屋から温かな光が漏れていた。安心感を覚える光。わずかに照らされる木々のシルエットから整えられた庭園だとわかった。20mほど歩くと高い塀があり、裏口と思われる扉に老人が入っていく。続けて扉をくぐるとアスファルトの道路、そして右手の少し離れた場所に街で見慣れたコンビニの看板が。
老人はコンビニを指差す。
「あの店の前で車を拾えますよ。ではお気をつけて」
「あ、はい。ありがとうございます」

深々と頭を下げ、礼を言って歩きだす。その時初めて、真っ暗な道のいたるところから虫の音が聞こえることに気がついた。
(そういえばやけに静かな道だったな)


コンビニについておにぎりとお茶を買い、外に出るとちょうどタクシーがやってきた。運転手に声をかけ、自宅最寄り駅の名前を告げると乗車OKとのこと。運転手はトイレに行ってくるから少し待って欲しいと、急ぎ足で店内に消えていった。運転手が戻ってきた。もう一度行き先を告げ、先ほどまでの話をする。
「まんがんじ?聞いたことないねぇ。高幡不動尊じゃなくて?」
「いや、まんがんじ、だと思うよ」。

運転手はうーんと唸り、ハッと顔を上げると
「ああ、お客さん、『迷った』んだ」
「?ええ、迷ったというかまあ、乗り過ごした?」
「思い出しましたよ。たまに…数年に一度、お客さんのように駅から迷い歩く人、いるんですよ」
「はぁ」
「見知らぬ駅、真っ暗な道、そしてお寺」
「…」
「たぶん狐か狸にばかされたんですよ(笑)」
「ははは」
「そのまんがんじ?たぶん見つかりませんよ(笑)」
「まさかぁ(笑)」


30分ほどして最寄り駅につきタクシーを降り、無事に自宅まで帰れた先輩。翌日、駅員と住職に礼を言おうと高幡不動駅の周りの寺社の名前をネットで調べるが出てこない。さらにその先の土地も調べたがやはり出てこない。
次の休みの日にも車で高幡不動駅の周辺を調べたが平屋の駅も『まんがんじ』も真っ暗な舗装されていない道も見つからなかった。
ただあのコンビニだけは見つかった。おにぎりとお茶を買って駐車場からあたりを見回してみるが、やはり辺りには高い塀のあるお寺などなかったそうな。(了)


#怪談 #怖い話 #奇譚 #奇談 #不思議な話



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