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財布の中身は607円

無一文というにはすこし多く、かといってラーメンの一杯も食べられない。そんな絶妙なバランスを秘めているのが、今日の私の財布事情だ。

厳密には財布ですらない。いいところコインケースだろうか。いつだったかオーストラリアの土産物屋で買った、コアラの絵が描かれた黄色のナイロンケース。ライブに行くときによく使っていたものだ。二年ほど前から使っていたピンクのヴィヴィアン・ウエストウッドの長財布には、しばらくおさらばすることにした。特に愛着があったわけでもない。

それにしても、607円でできる外食といえばマクドナルドくらいしかない。まあ、大好きなので特に問題はない。店内に入り、マックポークのセットを注文する。ベーコンは好きではないので抜いてもらう。そして気付く。ああ、そうだった。いま、ハッピーセットのおまけが昆虫シリーズだった。
トレーに敷かれた紙にはカブトムシや蝶の写真が並ぶ。いま自分で打ったこの文字を見るのも嫌なぐらい虫がキライなのに。つい昨日同じ思いをして、しばらくマクドナルドには来ないぞと決めたはずなのに。誰やねん企画担当者。しばいたろか。いや担当者は悪くない。子どもってだいたい虫好きやし。いや私は昔からキライやったけどな! 子育てする自信ないなあ。いやその前に結婚できんのかなあ。そんなことをつらつらと考えながら、ハンバーガーに手をつける前に紙を折り畳む。昨日と同じ動作。幸い裏側には虫の絵はない。

本当はラーメンが食べたかったのに。それもこれも、607円しか持っていないせいだ。いままでにも財布の中に数百円しか入っていないということは少なからずあった。だが決定的に違うのは、もはや私がクレジットカードとキャッシュカードを持ち歩いていないということだった。

いまのは嘘だ。コアラのなかを確認してみたらちゃっかりキャッシュカードが入っていた。二枚入っていた。なんなら片方はクレジット兼用だった。完全に話を盛ってしまった。

カード、あったのか。じゃあどうして私はこんな思いをしているのだろう。それもこれもやはり元を辿ればクレジットカードのせいだ。このクレジットカードのせいで私は元彼に借金をするはめになったのだ。
当時はずっと彼と一緒にいると思っていた。時間が掛かっても少しずつ返せばいいと思っていた。と言いたいのだが、よくよく思い返せば最初に借りたときにはすでに別れていた気がする。付き合っていなかったしヨリも戻していなかった気がする。そもそも「クレジットカードのせい」というか、クレジットカードを使った自分のせいである。自業自得。どこをとっても美談になりようのないクソエピソード。強いて言うなら、元彼の優しさが唯一の救いだろうか。

でも、もう彼とは縁を切らなければいけない。というより切りたいのだ。少しでもパーソナルな繋がりがあることが嫌なのだ。キライだとかそういうことではない。ただ、お互いの人生にもうこれ以上干渉してはいけないような気がする。

というわけで、一刻も早く借金を返済すべく、そしてこれ以上増やさないように、私はクレジットカードを封印した。本当はタバコも外食も、ついでにSNSも断ち切るつもりだった。実際にはこのザマだ。

でもまあ、がんばる。

最終的にはこの一言に落ち着き、怒られたり呆れられたり笑われたりしながら、這いつくばるように毎日をやり過ごす。マックポークが復活してうれしい。はやく昆虫シリーズの時期が終わってほしい。


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