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「ライフ・ディッガー #2 ラジオゾンデ」

1/ 

目を覚ますと、遠くから音が聴こえてきた。何やら人の声のようだ。
この「ベース」と呼ばれる建造物は極めて高性能な遮音性能を誇っており、外で嵐が吹き荒れ、空に浮かぶ二つの月が完全に覆われているような天候でも、ベースの中は何の音もしないのだった。一方ベース内で発生した音については反響するという事もなく、相応の残響時間をもって聞こえる仕組みとなっていた。外部遮蔽能力の高さを鑑みると内部でも無音に出来るのだろうが、そうしない合理的な理由もあったのだろう。
 そんなベースの中に音が聞こえてきた理由は簡単で、寝室のドアを開け放しているからだろう。鍵をかける合理的な理由もない。何故なら、今のところ近隣には私__サグと、一緒に住んでいるラカルしか生きているものが居ないからだ。いや、空高くには時折鳥の姿も見かける。どうやら生物は絶命していないらしいことだけは確認できた。とにかく、鍵をかける意味を感じられない。そんなわけで音がきこえてきた理由を確認しつつ、部屋の外へ出る。快活な音楽が流れていた。音は、地面に置かれたガラクタから聞こえる。そして私とガラクタの延長線上に彼__ラカルがたっていた。
ラカルは腕を振り回したり、腿を上げて飛び跳ねたり、腰に手を当ててのけぞったりしている。どうやら音に合わせて体を動かしているみたいだ。快活な音と共に、人の声が重なる。どうやら体の動かし方の指示らしい。両手を腰にあてて首の運動。首の運動だけではどうしたらいいのか分からないだろう。ラカルは左右に首を傾けたり、横を向いていたりしている。
 ほどなく音が途切れ、その儀式が終わったことを理解した。挨拶をする。
「おはよう、ラカル」
「おはよう、サグ。サグもこれやったらいいのに」
「今の音に合わせて動くこと?」
「そう。なんでも『らじおたいそう』っていうらしいよ。最初に言っていた」
「なるほど。それで、らじおたいそうをやると意味はあるのか?」
「なんか楽しくなってくる」
「なるほど。ところで、今の動きは合ってるのか?漠然と首の運動、だけでは分からないだろう」
「うん。だからなんとなく体を動かしているんだ。それだけでも楽しいよ。それよりお腹が減った、サグの作った料理が食べたいな。スコーンがいい」
そういってラカルはベースに入っていく。私もそれに続く。

2/

朝食を食べ終わり、サイドカー付きのバイクと呼ばれるものに跨り、ラカルはベースを出て行った。お昼ご飯は持たせていた。大体天気のいい日は陽が暮れるまで外に出て、たくさんのガラクタを積んでくる。そしてまだ生きているものや使い物になるガラクタを見つけては、その中に蓄積されている「文化」と呼ばれるものに触れるのだ。その間私はというと、洗濯などの家事をしたり施設の中を掃除したりしている。また、ラカルが集めてきた文化の中から、テキストと呼ばれる形態のものを読んだりする。そうやって得た文化によって、今では朝食を自分で作るということが習慣となった。完成品が苦も無く出てくる機能を有するベースにおいて、素材を生成した後にわざわざ時間をかけて調理するという手続きに有意性は薄いのだけど。
文化は面白い。私たち二人だけの世界が、少しずつ拡張されてくるような感覚を感じるのだ。

今日のテキストは不思議なお話だった。教育機関で虐められていた主人公は友人と不思議な世界へ鉄道で旅に出るお話だ。その最中様々なものと出会い、彼等は生きる意味を知っていく。
しかし主人公は二人の幸福のためにこれからも一緒に行こうというのだが、友人は最後に消えてしまう。その悲しみと消えた理由を知った時、主人公は旅を終え現実を生きていく、という話だった。

私、サグは人ではない。細かいことは自分でも分からないが、アンドロイドと呼ばれる機械であるらしい。生きるという状態が活動していることを指すのか、それとももう少し違う条件が付帯するのか、私には分からない。少なくともあまり意識したことは無い。
ただ、親友と主人公二人の関係は、私とラカルの関係にどうしても重ねてしまう。この近辺に、動いているモノは私たちしかいない。少なくとも、私が記憶している限りでは。そんな状況で、片方がいなくなるというのはどういう気持ちになるだろう?消える方なのか、残される方なのか。どちらかは分からない。いつしか泣きそうになったのを堪えていた。アンドロイドなのに。不思議だった。

3/

そうこうしているうちにラカルが帰ってきた。サイドカーにはいつものように沢山のガラクタが積まれている。そして、手にはヘルメットともう一つ。白い球体に紐がついていて、その下に何か小さいガラクタがぶらさがっていた。

「ただいま、サグ」
「おかえり、ラカル。その白いのはなんだ?」
「分からない。これはガラクタの山までの道に落ちていたんだ。これから調べてみる。今日の夕飯は?」
「ラザニア。チーズをレシピより多めに入れてみた」
「それは楽しみ」

ラザニアは作りすぎを気にしていたが大層気に入ったらしく、全体の2/3をラカルが平らげてしまった。美味しいと言ってくれるのは良い気持ちになる。嬉しかった。

夕食後、ラカルはガレージに籠った戻ってこない。いつものことだが。私は暫くしてコーヒーを淹れ、ガレージへ向かう。いつもの所作だった。
ガレージの区画へと続く扉を開けようとした時、急に扉が開く。向こうからラカルが開けたのだ。驚いてコーヒーを落としそうになる。
「ゴメンね驚かせちゃって。大丈夫?」
「大丈夫だ。零れてはいない」
「なら良かった。白くて丸い奴のことが分かったからさ。早く伝えたくて」
「そうか、では中で話そう」
ガレージの中に入り、隅に置いてあるソファに座った。ラカルはコーヒー一口静かに飲み一息つくと、話を始めた。
「これはラジオゾンデと呼ばれるもので、空の上の方の空気がどんなものか測定するものなんだ。温度や湿度、風速なんかが計測される。そうやって測定されたデータは、下の方にあるこのガラクタでどこかに送られるんだ」
「なるほど」
「継続時間は昔のものだと数十分くらいだったらしい。でも今の技術でどのくらいあるかは分からない。でも、一ヵ月とかそういう長い時間じゃないとは思う。ということはさ、このラジオゾンデがここまで届く距離に、飛ばしたナニカが居るってことにならない?」
「・・・たしかに。」
「僕たちは二人じゃないって事だよ!それってさ、すごいことじゃない!?」
嬉しがっているラカルの顔を見て、不意に数刻前に読んだテキストを思い出してしまった。本当は嬉しいことのはずだ、私たちだけではない何かが居ることは。それがアンドロイドなのか人なのかも分からない。どっちがいいとも言えない。分からない。でも、ラカルがどこかに行ってしまいそうな気がしたのだ。
気付けば私は泣いていた。

「サグ?」
「すまない・・・実は」

私はテキストの話を伝えた。二人きりの旅のこと、片方が消えること、前を向いて生きていく主人公のこと。ラカルは静かに聞いていた。

「サグ、僕たちも永遠に生きられるわけじゃない。いつか別れが来る。僕が先なのか、サグが先なのかは分からない。
でも、それは今じゃない。きっと大事なのは、それまで精一杯生きることだし、その時が来たらありがとうってお互い言って先へ進む。そういうもんじゃないかなって」
「私は、ラカルが居なくなった後のことは考えられない」
「・・・そっか。それなら_________」

4/

朝靄がかかり、少し薄暗いベース前。ラジオ体操の音楽がかかる。相変わらず正しい仕草は分からない。私とラカルは各々首を回したり、足を上げたりしている。身体的にはアンドロイドのため意味はない。気分はちょっと上向きになる。一日が始まるという気になっていく。
朝食は先に済ませていた。いつものように、ラカルはバイクに跨る。いつもと違う所がある。私がサイドカーに乗っていた。空いたスペースにはラジオゾンデと呼ばれるものが折りたたまれて収納されている。発信元にこれを返しに。
私たちは今までより、少しだけ遠くに行くことにしたのだ。

「このバイクでどこまでいけるんだろうか」
私はラカルに問う。
「きっと、どこまでもだよ。一緒に、行けるところまで」


靄はいつのまにか晴れ陽が昇っている。少し肌寒いが、これから暖かくなるだろう。エンジンの振動が心地良い。

ガラクタの山々を熱源がかき分けていった。

















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