神社の境内の説明を鵜呑みにしない

神社の境内にその神社の由来や神社に祭られている神々の由来が書かれていることはよくあります。しかしそれらの説明には明白な嘘が含まれていることがあります。

もちろん昔のことなのでよく分からないことも多く、諸説ある中の1つの説が書かれている場合もあります。しかし今回はそういう話ではなく、明白に嘘だったり、誤解を招く書き方がされているものをいくつか紹介します。ちなみに神の名前の漢字表記は古事記と日本書紀で異なりますが、ややこしいのであまり気にせずに書きます。

古事記と日本書紀の内容は異なる

古事記と日本書紀は記紀と書かれて一緒に扱われることも多いです。この2つの書物に書かれている日本神話は記紀神話とも呼ばれます。しかし記紀神話と一緒に扱われるにも関わらず、内容は微妙に食い違っていたり、片方の書物にしか書かれていない伝承もあります。個人的見解ですが、覚えておいた方が良い違いとしては以下のものが挙げられると思います。

  • 大国主命の国作りや数々の伝承は古事記にしかない。

    • 日本書紀は天皇の先祖に関する説話が中心であり、出雲に関する話は八岐大蛇の後は国譲り神話になる。

  • 日本書紀では国譲りで重要な役割を果たす経津主神は古事記では出てこない。

    • 日本書紀や神社では武甕槌神とセットで扱われることが多いが、古事記では武甕槌神しか出てこない

    • 武甕槌神は藤原氏の氏神で経津主神は物部氏の氏神とされることが多いので、古事記が藤原氏寄りの歴史書である証拠とされることが多い

これらを踏まえて、鳥取県にある白兎神社の境内の説明を読んでみると嘘が分かると思います。

因幡の白兎の説話は大国主命(オオナムチ)が最初に出てくる説話であり、少し知識があれば日本書紀からごっそり抜けている内容であることが分かるはずです。初歩的なミスであると言えます。

なお白兎神社の近くにある観光客向けの看板の説明には本居宣長説の説明を断定して書いてありましたが、あくまでも1つの説なので本居宣長の説であることを明記するべきだと思います。

先代旧事本紀の内容を出すなら明記するべき

日本神話が書かれている歴史書は偽書である古史古伝を含めるとかなり多岐に渡りますが、歴史書として価値のあるものに絞れば記紀以外では以下の3つだと思います。

  • 風土記

    • 各地の伝承などをまとめた歴史書だが、現在出雲国風土記のみがほぼ完本、播磨国風土記・肥前国風土記・常陸国風土記・豊後国風土記は一部が現存しているのみ。それ以外の風土記は一部の歴史書から引用されているおり、それらは風土記逸文として収集されているが、本当に風土記の一部なのか疑問視されているものも多数ある。

    • 内容は記紀とは乖離がある説話が多いため、なぜここまで乖離が大きいのか研究が進むことに期待したい。有名な話だと八岐大蛇は出雲国風土記には出てこない。

  • 古語拾遺

    • 中臣氏のライバルだった忌部(斎部)氏が記した歴史書で来歴が明らかであり、明らかに記紀に対して不満がある氏族により残された歴史書で非常に貴重。ただ古語拾遺が書かれた時点で既に記録が散逸していたようで日本書紀の丸写しも多い。

  • 先代旧事本紀

    • 序文によると聖徳太子と蘇我馬子が作成したとされ、古事記よりも古いとされていた。そのため古来は古事記などよりも重要視されていたが文体が明らかにその時代のものではないため偽書と断定され、それ以来重要視されてこなかった。現在では序文は稚拙な偽書と断定されているが、序文以外の一部記録は歴史的価値があるとされることも多い。内容の大半は記紀と古語拾遺の丸写し。実際の作者は不明だが、物部氏系の説話が多いため物部氏の関係者といわれることが多い。

    • 内容は物部氏の祖先神である饒速日命が実は瓊瓊杵尊の兄の天火明命(この神自体は記紀に名前だけ登場する)と同一の神であることが書かれていたり、神武東征で活躍する尾張氏の祖先の高倉下が饒速日命の息子の天香語山命(この神は記紀には登場しない)と同一の神であるなど衝撃的な内容がいくつか書かれている。

    • 内容が衝撃的でおもしろいのでいわゆる古史古伝は先代旧事本紀の内容を発展させたような内容が書かれることも多く、内容が偽書をベースにしてそうと思ったら先代旧事本紀の内容を確認すると良いことがある。

問題は先代旧事本紀で、この歴史書はそもそも学会でも偽書とする人もいて、どの程度信頼できる歴史書なのかは諸説あります。もし先代旧事本紀を参照する場合は必ず先代旧事本紀を参照する旨を記述すべきだと私は考えています。

しかし神社によってはお構いなしに先代旧事本紀を引用し、でたらめとしか思えない内容を紹介している場合があります。

饒速日命に関しては物部氏の祖先神であり、神武東征でも中心的な役割を果たしているので説明しやすいですが、高倉下に関してはマイナーな神であり、子孫の尾張氏も古代史好きでなければピンとこない氏族で説明がしにくいこともあり、先代旧事本紀を参照してこじつけのような記述をしてしまう神社もあります。

名古屋の熱田神宮の境外摂社である高座結御子神社はその典型です。

他にも越後国一宮の彌彦神社は祭神が記紀に出てこない天香山命ということもあり、驚くほどめちゃくちゃな説明がされています。

この説明を先代旧事本紀の名前を出さずに書くのはもはやデタラメと言っていいと思います。本当にひどい説明です。私が書くなら先代旧事本紀によることを明記した上で、饒速日命の息子であることと、神武東征時に大功を立てたことを記述します。天照大神の話は日本神話に詳しくない人にも親近感を持ってもらいたくて書いたのでしょうが、荒唐無稽と言ってよいです。

最後に

色んな神社を回ると記紀に書かれていない神を祭っている神社が意外と多いことに気付くと思います。また対馬のように明治時代に日本神話の神々に祭神を合わせただけで元々は全然別の神を祭っていた神社もあります。そういった神々には現在には伝わっていない独自の説話もあったのだと思いますし、現在に伝わっていないことは個人的には非常に残念です。

また神社によっては記紀に乗っていない説話を伝承として残している神社もあり、そういった説話はこれまで知らなかった一面も知ることができるので楽しいものです。そういった説話が境内で説明されているとテンションが上がることがあります。

しかしそれはデタラメを書いていいと言うことにはなりません。今回紹介していない神社にもこういった説明を掲げている神社はいくらでもあると思います。私のようにある程度の知識があれば気付けますが、そういった知識を持っている人は少数派です。嘘の説明を知識のない人が信じてしまわないように、そういった神社は説明を修正して欲しいと切に願います。


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