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書評|ミルトン・フリードマン『資本主義と自由』

行き過ぎた新自由主義が主にリベラルから批判されることが多い昨今です。表面的に現れた批判がWe Are the 99%でしょう。アメリカでは1%の人が23.8%の所得(フロー)を稼ぎ、30.8%の資産(ストック)を所有しているからです。ボクたちは1%ではなく、99%ですよと。「ウォール街を占拠せよ」のスローガンにもなりました。

トマ・ピケティが指摘しているように、1980年代から富の格差は拡大しています。これは新自由主義が政策に取り入れられはじめたレーガン・サッチャー時代に呼応します。その新自由主義の代表的な論者がノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンです。それでは、ミルトン・フリードマンが提唱していたことは具体的にどのような政策だったのでしょう?それを理解するのに最適なテキストが『資本主義と自由』(1962年)です。

ミルトン・フリードマンの主張を要約すると「政府の役割を小さくして、なるべく自由市場に委ねるべき」です。日本でも通信の自由化(1985年)、国鉄分割民営化(1986年)や郵政民営化(2007年)などはこの流れの中で実現していきました。

2020年の視点から『資本主義と自由』を読むと、ミルトン・フリードマンの自由市場万能主義には違和感が多く残ります。例えば自由市場が全てを解決するわけでないことを今のボクらは知っています。インターネットの要素技術はすべて政府系の研究機関で生まれました。GoogleやFacebookのような民間企業がインターネットを作ったわけではありません。累進課税の弱体化は格差を広げました。年金の民営化もポール・クルーグマンが指摘するまでもなくヒドいアイデアです。では、ミルトン・フリードマンは先見性がなかったのか?そんなことはありません。2020年のボクらと1962年当時のミルトン・フリードマンは別の景色を見ていた。それだけのことです。

それでは、ミルトン・フリードマンはどんな景色を見ていたのでしょうか?ミルトン・フリードマンはリベラル(自由主義)が歪められたと本書で嘆いています。民主党のフランクリン・ルーズベルト大統領が1930年代から進めたニューディール政策で、政府が市場に介入するようになりました。民主党らしい「大きな政府」の考え方です。

民主党政権は1952年に共和党のアイゼンハワーに変わるまで続きます。そのアイゼンハワーも共和党らしい「小さな政府」を強烈に進めたかといえば、そうでもありません。戦争が終わったばかりですし、財政赤字をなんとかするために減税を延期しなければいけなかったですし。そして、その後を引き継いだのがやっぱり民主党のジョン・F・ケネディーでした。はっきり言って民主党も共和党も「リベラル」だった時期が続いたんです。そのため、リベラルは本来の「自由」から離れて、あまり自由ではない「大きな政府」と同義語になってしまった。ミルトン・フリードマンが嘆く気持ちはよくわかります。だから「新自由主義」として仕切り直したかったのでしょうね。

ボクはミルトン・フリードマンの主張は当時としてはとても真っ当な主張だったと思うんです。2020年現在が「行き過ぎた新自由主義」だとしたら、その1960年代は「行き過ぎたリベラル」だったんだと思います。歴史は繰り返すんです。じゃあ、1930年代にニューディールでリベラルに舵を切ったのはなぜか?行き過ぎたレッセフェールに対応するためですよね。リベラルか保守か、大きな政府か、小さな政府か。優先すべきは自由か平等か。どちらが絶対的に正しいなどということはありません。右と左にゆらゆら揺れながら最適化していく。それしかないのだと思います。

本書『資本主義と自由』が全くの時代遅れなのか?ボクはそんなことはないと思います。中にはまだまだ有効な面白い議論があります。教育バウチャーなんてその一つですよね。教育はすべて民営化すればよろしい。しかし、義務教育は必要。それでは安い(そして質の低い)公的教育機関を作るのではなく、子供のいる家庭にバウチャーを配れば良いではないかという考え方。これはこれで面白い考え方だと思います。教育に自由競争を組み込めば、確かに教育の質も向上するかもしれません。

もう一つ面白いのは「負の所得税」です。ミルトン・フリードマンはベーシックインカムの考え方とは相性が悪いです。全ての人に対して平等という考え方は馴染まない。そこでミルトン・フリードマンが提唱するのは「負の所得税」で、一定以下の所得がない人に対しては「負の所得税」として補助金を出す考え方です。保守の人はミルトン・フリードマンもベーシックインカム(っぽいこと)を考えていたみたいなことを言うことがありますが、それはヒドイ間違いです。ただ、(ボク個人はあまりいい考えだとは思いませんが)面白い考え方ではあります。

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