笑顔を見るためにできること

今日は2月5日。ニコで笑顔の日らしいです。
10年前なら「くだらんこと考えやがって」という反応をしていたでしょう。それだけ余裕がなかった証拠。
「せっかくだから乗っかって笑顔について考えようか」と思えるまでに今はなりました。

「常に笑顔を」とまではいきませんが、笑っている方がいいに決まってます。
難しいことを考えてしかめっ面をしているより、猫を見ながら彼らの予測不可能な行動を見て笑っている方が圧倒的に楽しい。
暗い想念が湧いてきがちな一人暮らしに笑顔を提供してくれるうちの猫たちにまずは感謝。
今日は長毛にまとわりついたミニうんちをキッチンまで持ってきてくれましたね。
ありがとう。

■さだまさし化現象
先日ライブをやってきました。
今年初ライブなのかな。持ち時間は転換込みで30分。
いつもは楽曲を詰め込んで持ち時間ギリギリの7、8曲やるんですが今回はかなり少なめで4曲ほどやりました。1曲3分だとしても音楽演奏は12分前後。残りの10分以上はMC。ずっとしゃべってましたね。

「オレの唄、どや?かっこええやろ?」ストロングスタイルで曲を黙々とやるのがかっこいい、ロックだと若い頃は思ってましたし、それしかできなかった。10分以上人前で話すことなんてまずありえない。オレはMCはしないってかっこつけて宣言したりしてましたよ。できないだけだったんですけどね。

それが今や、曲をワンコーラス削ってでも喋る時間を確保するありさま。
ロック魂はどこへ行った。

昔は人生を賭けた勝負事だと思っていましたが、今はただのエンターテイメントだと考えられるようになってきたからだと思います。
もちろん歌をふざけて歌っているわけではありません。人前で歌うからにはきっちり本気で歌ってますよ。

その合間の時間くらいはせっかく雪の降る寒い中、お金を払ってまで観にきてくれたお客さんとコミュニケーションを取りたいな。あわよくば笑わせちゃったりもしたいなと欲張りになってきたのです。

■100のいいねよりひとりの笑顔
僕はツイッターでのライブ告知を完全にやめました。
現状では完全に無意味だからです。そこにエネルギーを使いたくない。
僕がライブ告知をすると何人かの知り合いがいいねをつけてくれるのですが、ライブ会場に現れることはありません。「がんばれよ」なのかもしれないし、それをどうこう言うつもりもありません。

誰かに見て欲しい、来て欲しいという淡い願望を捨てさり、
まずは偶然その場に居合わせた見知らぬ人を全力で笑わせる(音楽も聴かせる)

という心構えに変えました。

幸いなことにライブ終了後の打ち上げの時に「MC、面白かったです」というお褒めの言葉をいただきました。実際彼女はライブ中よく笑ってくれていたのでお世辞ではないでしょう。音楽についての感想はもうどうでもいい。
僕が発する何かに触れたことがきっかけで、わずか一秒でも楽しいと思ってくれたならそれでいい。

ライブのことをSNSにあげるのもやめました。
その代わりステージ上で今まで以上に自分をさらけ出すことにしました。当然、寒い風を巻き起こすこともあるでしょう。

ネットの中に生きているわけじゃなく、現実世界に生きている。
ライブ会場で起こることはライブ会場で完結させたい。承認欲求はその場で満たせばいい。ステージでしゃべれなかったことをSNSにあげて笑いを取るなんて卑怯者のやることだ。
今はそう思っています。

現場だと爆笑なのか冷笑なのかわかりますが、ネットだと温度が全く伝わってきません。そこに虚しさを感じているのかもしれません。笑顔や笑い声って実はものすごい量の感情やニュアンスが詰まっててごまかしがきかないものなんですよ。だからデジタル化できないんですね。

得体のしれない「いいね」よりも現場での1つの笑顔の方が僕は元気が出る。

次は音楽を聴いてもらえるよう精進します。


ありがとうございます。有意義なことに使います。