生成AIとファッションデザイン(後編)〜ブランドのクリエイティブでのユースケース〜
生成AIとファッションデザイン(前編)では、生成AIがどのような変化をもたらす可能性があるかについて、(中編)では、生成AIを利用する上でのリスクについて書きました。
この(後編)では、ファッション企業のクリエイティブにおける実際のユースケース(活用例)に焦点を当てます。
広告キャンペーン(イメージビジュアル)
まず、広告キャンペーンでのユースケースを見ていきたいと思います。
おそらく、クリエイティブ面における生成AIのユースケースで一番多いのが広告キャンペーンです。
既に多くのブランドが生成AIを利用してビジュアルを制作していますが、その中でも昨年話題となったものの中から、いくつかを紹介します。
VALENTINO(ヴァレンティノ)
昨年1月、イタリアのラグジュアリーブランド「VALENTINO(ヴァレンティノ)」が、「MAISON VALENTINO ESSENTIALS(メゾン ヴァレンティノ エッセンシャル)」というメンズの新しいラインの広告ビジュアルに生成AIをとり入れました。
生成AIで生成したモデルと機械を、実際に撮影した製品の写真とPhotoshopで合成してイメージを作成したようです。
私の知る限り、ラグジュアリーブランドが生成AIをキャンペーンに取り入れた最初のケースです。
MONCLER GENIUS(モンクレール ジーニアス)
「VALENTINO」のキャンペーンの翌月2月、「Moncler Genius」がロンドン・ファッションウィーク中に生成AIを使用したキャンペーンをVogue RunwayやInstagram上で公開しました。
ニューヨークに拠点を置くAIクリエイティブエージェンシー「Maison Meta(メゾン メタ)」とのコラボレーションにより、ルックブック用のイメージを作成。
こうしたブランドのキャンペーンは、通常3~4ヶ月かけて制作するそうですが、「Maison Meta」によれば、制作期間を数週間程度にまで短くすることができたそうです。
CASABLANCA(カサブランカ)
フランスのブランド「CASABLANCA(カサブランカ)」が展開した2023SS(春夏)シーズンのキャンペーン。
こちらは日本のファッションメディアではあまり取り上げられていなかった印象ですが、海外のメディアでは話題となっていました。
チームはメキシコへの旅からインスピレーションを得て、シュルレアリスム感のあるイメージを制作。
実際にメキシコに撮影に行くことはなく、Midjourneyを使用して完成させたようです。
キャンペーンのアートディレクターを務めたSteve Grimes氏によると、実際のロケーションでの撮影は不要だったものの、人間のモデルに服を着せ、ポーズを取らせた状態で撮影することは必要だったようです。
Parco(パルコ)
こちらは、SNS等で目にしたという人も多いのではないでしょうか。
PARCOが昨年末頃に展開した「PARCO HAPPY HOLIDAYS キャンペーン」です。
“不思議な空間の中に住むモデルたちのハッピーホリデーズ”というコンセプトで、静止画のイメージに加え、動画も制作。
モデルから背景、動画に関してはナレーション、音楽まで全てAIによって生成されました。
言われなければ生成AIによるものだと分からないほどリアリティがあり、且つクオリティが高い仕上がりです。
PARCOの宣伝部の方の話によれば、かかった時間、労力、費用などの面においては、従来のキャンペーンとほとんど変わらなかったそうです。
広告キャンペーンのユースケースについては以上です。
それぞれのケースに関する詳細な記事を読むと、現時点では、モデルや服・アクセサリーなどの一部は実際の撮影を行い、AIで生成したイメージとPhotoshopでコラージュするか、実際に撮影した画像を用いてImage to Imageで生成するのがベストではないかと感じました。
後者の場合は、(中編)で述べたようにAIに学習される可能性があるので、オプトアウトの選択ができるものを使用するのがマストでしょう。
また、生成画像に関しては、クオリティを追求するのであれば、何百回も生成を繰り返す必要があり、それだけ時間も要するということは認識しておくべきです。
一般ユーザーとの共創
前編でも少し触れましたが、画像生成AIを使用することで、デザインの専門的な教育を受けていない人でも質の高いデザインイメージを視覚化できるようになりました。
この点に着目し、ブランドや企業がユーザー(消費者)との共創を試みる例も出てきています。
Tommy Hilfiger(トミー ヒルフィガー)
米国のブランド「Tommy Hilfiger(トミーヒルフィガー)」は、昨年、メタバース「Decentraland」で開催されたMetaverse Fashion Week内でAIコンテストを開催しました。
参加者(一般ユーザー)は生成AIを使用し、Tommy Hilfigerのアイコニックなプレップスタイルを取り入れたファッションアイテムをデザインし、提出。
入賞者のデザインをDressX(ドレスエックス)がデジタルアイテム化し、DressX上でNFTとして販売しました。
AI × メタバース × デジタルファッション(NFT)と、新しいテクノロジーを融合させたプロジェクトです。
Revolve × Maison Meta(リボルブ × メゾン メタ)
昨年、米国のファッションEC企業「Revolve(リボルブ)」は、「Maison Meta」と共にAI Fashion Weekを開催。
生成AIを使用したファッションデザインのコンペ形式のイベントで、Revolveは入賞者のデザインを実物で商品化し、自社のプラットフォーム上で販売しました。
RevolveはAIデザイナーが自分のブランドを展開するためのインフラのような役割も担っており、デザイナーは、プロダクトの生産、ウェブサイト構築、マーケティング、カスタマーサービス、返品対応などをRevolveに任せ、クリエイションに集中することができます。
生成AI × NFT
最初に投稿した記事「AI、NFT、XRが融合する世界で、ファッションブランド、クリエイターが手にする機会」で書いたように、おそらく今後、AI、NFT、XR(メタバース、空間コンピューティング)といったテクノロジーが融合した世界が訪れます。
先述の「Tommy Hilfiger」の例も当てはまりますが、ここでは、「生成AI × NFT」にフォーカスした例を1つ紹介します。
GUCCI(グッチ)
昨年7月、GUCCIが生成AIを利用した初のプロジェクトを発表しました。
まず、GUCCIに選定されたデジタルアーティストが、NFTとして販売する作品を制作。
その際、GUCCIはアーティストにGUCCIの知的財産を利用することを許可。
完成した作品は、オークション会社「Christie’s(クリスティーズ)」が2022年にローンチした、ブロックチェーンベースのオークションプラットフォーム「Christie’s 3.0」でオークションにかけられ、販売されました。
日本のAIアーティストである草野エミ氏もプロジェクトに参加しており、草野氏は他のアーティストとコラボし、デジタルドレスを制作。
作品には、メタバースやARでの着用を可能にする3Dデータ、刺繍とプリントが施された実物の生地も含まれていました。
GUCCIは、人気NFTコレクション「BAYC(Bored Ape Yacht Club)」で知られる「Yuga Labs(ユガラボ)」とも提携するなど、NFTアートの領域でも存在感を高めています。
その他のユースケース
ここまで、広告キャンペーン、一般ユーザーとの共創、生成AI × NFTと3つの領域でのユースケースについて触れました。
最後に、これら以外のユースケースを紹介します。
Ganni(ガニー)
デンマークのブランド「Ganni(ガニー)」は、昨年コペンハーゲンで発表した2024年SSコレクションのファッションショーに生成AIを導入しました。
具体的には、会場内の木にマイクが取り付けられ、来場者がそれに向かって質問すると回答が得られるchat-botを設置。
このAIは、Ganniのもつデータ、ファンやインフルエンサーといったブランドコミュニティーのコメントなどを基に訓練されたものです。
また、ショーのサウンドトラックもAIが作成。ブランドのコミュニティーに人気の曲をインプットし、それを基にAIがプレイリストを生成したそうです。
生成AIによる、体験(イベント)の質の向上というユニークなユースケースです。
G-Star Raw(ジースター ロウ)
生成AIを活用し、デニムの可能性をクチュールで追及するという実験的なプロジェクト。
12のデザインを生成し、そのうち1アイテムを実際に製造しました。
クリエイティビティを感じさせるプロジェクトで、ブランディングの観点からも成功だったのではないかと個人的には感じました。
CASIO(カシオ)
ご存知の通り、CASIOはファッションブランドではありませんが、腕時計はファッションと関係が深く、興味深いユースケースだと感じたので紹介します。
CASIOは、「G-SHOCK」の40周年を記念したドリームプロジェクトの第2弾として、世界で1本だけの特別モデルを発表。そのモデルのデザインに生成AIを取り入れました。
CASIOのウェブサイトには、以下のように記載があります。
「データの分析」と「最適化」というAIが得意な作業を、機能性とデザインという観点で活用するのは、最も有効な利用法の一つと言えるでしょう。
また、「生成AIのデザイン=チープなイメージ」といった、ネガティブな印象を与えてしまうリスクが考えられますが、実験的なプロジェクトによる特別感を演出することで、むしろ高付加価値化に成功している点も素晴らしいです。
以上、生成AIとファッションデザイン(後編)でした。
今回記事を書くにあたり各ブランドのユースケースをリサーチしていて、今はまだ生成AIを実験的に利用する段階ではあるものの、ユーザーの興味を惹いたり、ブランディングの観点では効果を発揮している印象を受けました。
今後も、ファッション、特にクリエイティブ分野での生成AIの動向に関する情報を、noteやX(twitter)で発信していきますので、フォローお願いします。
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