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「気にしない方がいい」という言葉

 突然ですが、「そういうの、気にしない方がいいよ」という言葉、使ったことがないという人、いますか? 私の予想では、ほとんどいないのではないかと思っています。でもそれ、どのくらい考えて言っていますか?

そもそも「気になる」から問題になっている、という事実

 何かに落ち込んだり、イラついたり、悩んだり、ということは誰にでもあることです。では、なぜ落ち込んだり、悩んだり、イラついたりするのでしょう? (その原因が明確にないケースもあるでしょうが、それについては今は除外します。)
 なぜなのか? 非常に簡単に言えば、その原因となった人の言葉や行動、起きた出来事が「気になるから」ではありませんか? 気にならなかったら、きっとそもそもそのことについて落ち込んだり、悩んだり、イラついたりはしていなかったのではないでしょうか。

「気にするな」と言われた側が思うこと

 そうした、誰かに聞いてほしくてこぼした弱音や愚痴に、「気にしない方がいいと思いますよ」と言われた時、言われた側が思うこと。それは「いや、分かってるよ」です。
 いや、世の中にはもしかしたら「気にしなければ解決する」ということに本気で気づいていなくて「そっか!気にしなければいいのか!」と腑に落ちるような人もいるのかもしれない。その場合は、需要と供給がマッチしているのでそれでいいと思います。
 でももし、そうでないなら。この言葉はあまりに当たり前のことすぎて無意味だし、なんなら無意味を越えて無神経だと思っています。「気にしない方がいい? うんそうだね、君は実に正しい! ……で?」ってなります。え、そうできるならとっくにしてますけど? できないから困ってるんですけど? と逆ギレしたくなります。(実際にはしませんが。そう内心思ってるということです)
 また、人によっては、「責められている」と感じることもあるでしょう。だって、気にせずにいられるなら、そもそもなんの問題にもなっていない。落ち込んだり悩んだりイラついたりしていること、ひいてはそう思ってしまう自分そのものを否定されたような気持ちにもなります。

「そこまで考えて言ってない」

 上記のようなことを人に話すと、ほぼ必ず言われるのがこれです。励ますつもりだったとか、何か言葉をかけなきゃと思ってとりあえず、とか。
 いや、そこまで考えて言えよ。
 
「そこまで考えてない」というのは便利な言い訳だと思います。言葉通り受け取るほうが悪いと言いたげな。
 余談ですが、「気にしない方がいい」という言葉に限らず、日常のさまざまな場面で、そういう「そこまで考えて言っていない」言葉にぶつかります。以前こちらの記事↓でも書いた「謝らないで」もその一つ。

 いやもう少し考えてモノ言って、マジで。言われた方は、気にするなって言われても気になるから悩んでいるんだし、それに対してどう返せばいいのか宇宙猫の顔になります。そんな深く考えて言ってないんだから、そっちもそんなマジになんないでよ、とでもいうつもりなのだろうか。勘弁してください。
 ちなみに、「言われた方の身になって考えろ」って、「自分がされて嫌なことは他人にもしない」「相手の立場に立って考える」みたいな、小学生くらいで習う対人関係の基本だと思っていたのですが、最近になって「それって結構高度なスキルですよ」って言われて唖然としました。それ、本当?

変えられるもの、変えられないもの

 他人は変えられないと言います。いや、もしこの記事を読んで、「そうか、そういうふうに思う人もいるのか。それならこれからは言い方を変えてみよう」と思ってくれる奇特な人が1人でもいたなら、この記事を書いた甲斐があるというものですが、そんなにこの記事が人を動かすことを期待はしていません。
 それなら、変えることができる自分をなんとかするしかないのだけど、今は何をどう頑張っても、「気にしない」こともできなければ、そうやって無神経に物を言ってくる他人を「許す」こともできない。
 でも、いつか、「まあ仕方ないか」と思える日が来るかもしれない。来ないかもしれないけど。
 それくらいしか、望みはないですが、その日まではきっとこうやって世間の片隅から物申しながら生きていくんだと思います。

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