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『光を灯す男たち』 エマ・ストーネクス


アイリーン・モア灯台事件から着想を得て書かれたフィクションである本作は、全体にモノクロームな雰囲気が漂う、静かに張り詰めたサスペンス小説だ。

いまを去ること二十年、一九七二年の冬に、ランズエンド岬の沖合で、コーンウォールの海の灯台から、三名の駐在員が行方を絶った。手がかりが残っていなかったわけではない。入口ドア内部から閉ざされ、二つの時計が同じ時刻で止まっていて、食事の用意だけはできていた。また主任の天候日誌には、島の周囲に嵐、という記述があるのに、実際には好天だったのが不可解である。

消えた3人の灯台守とその妻たちの独白を中心にして進む物語には、謎めいた言葉が散りばめられ、静かに進むミステリーが驚くべき結末に導いていく。

灯台守の鑑と言われる模範的な主任である、内省的なアーサー。
高圧的な父親に言われるがままに灯台守になるしかなかったと、自分の人生を皮肉に冷笑するビル。
犯罪に彩られた過去を持ちながら、灯台守として人生を生き直そうと夢見る若者ヴィンス。
3人の灯台守の間には、上も下もなく憎まれ口を叩き合う気やすい空気がある一方で、表面には出さない思いをそれぞれが抱えている。
アーサーが心中で呼びかける「おまえ」、ビルが言う「おれがアーサーにしたこと」、ヴィンスが恐れている復讐の手、、、彼らの心中の不穏さは独白が進むほどに色濃くなる。

胸に秘密を抱えているのは、妻たちも同様だ。
ある妻は、起きた事を現実的に解釈しようとし、ある妻は、夫がいつか戻ってくることを今もどこかで信じつづけ、彼が消えたのは超自然的な現象によるものだと考えたがる。
彼女たちの思いの奥には、人知れず抱えてきた秘密、そして、妻から見た夫たちの人生の物語があるのだった。
夫の心を妻は知らず、妻の心を夫は知らない。
そしてそれぞれに、過去に誰かに対してしてしまったことを悔い、その秘密を誰かに打ち明けたいと望んでいる。

視点を変え、時間を行き来しながら語られるのは、女たちの慟哭であり、男たちの暗い猜疑心や心の闇である。しかしそれらを語る筆致はどこまでも静謐で、凪いだ海のようだ。

こうして灯台に上がっていて、ほかに二人がいたとして、ただいるというだけで期待も干渉もせず、夜になれば光を照らし、夜が明ければ光を消して、眠って目覚めて、しゃべって黙って、生きて死んで、それぞれが自分の島を守るなら、あとはもう何も考えずにいられるんじゃないのか。

灯台に駐在する男達に起きた事件という、マッチョに傾きがちな題材を、繊細で情緒的な文章に綴り上げている。人間の心の襞に分け入るような筆致は柔らかく女性的だ。

謎めいた言葉の真相は、読み進むにつれて一つまた一つと明かされ、そして最後に全てが明らかになる。または、全てが謎のまま昇華される。
実はこの物語には、事件について書くために関係者に取材を行う一人の作家が登場するのだが、最後に語られる事件の真相は、作者エマ・ストーネクスが書くこの小説の本筋として読むことができる一方で、登場人物である作家の創作であると読むこともでき、その捉え方によって、この小説の最終的な印象が変わってくるのだ。

謎めいているが難解ではない。
いく通りもの解釈ができ、読み手によって共感する人物も違うであろう本書は、読書会で取り上げるにも良い一冊なのではないだろうか。


最後の3ページでは、重く垂れこめていた霧が晴れるような、雲が散って光が差すような、感動的な瞬間が訪れる。切ないながらも美しいラストである。