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『考えの整頓』 佐藤雅彦

日常という混沌の中に
見え隠れしている不可思議さ、特に新種の不可思議さを取り出し、
書くということで整頓してみようと思いました。

そのまえがきの言葉の通り、日常に散りばめられた異次元ポケットをひょいと開いてみせる、最高に面白いエッセイ集だ。

例えば、単純な円や三角だけで描かれた4コマ漫画からおおまかなストーリーを読み取ったりするような、断片的な情報群から物語を想像する能力。
また例えば、そこにあるとわかっていれば、それが隠されて見えなくなっていても存在していると認識する、「物の永続性」に支配された人間の認知の現象。
そんな、気付きそうで気づかない、そして気付かないままでもどうってことはないのだけれど、一度気付くとやたらと感慨深い私たち人間の秘密が、日常的な話題に絡めて書かれていく。

中田英寿の伝説的なパスと長沢芦雪の巨大な象の屏風絵を繋げた『中田のスルーパスと芦雪』では、著者は「何もしていない」、「何も描いていない」ところに鳥肌に立つような感動が生まれることに気付き、私たちが無意識に「思考の枠組み」を持っていることと、その枠組みを壊し、思考を揺さぶることの意義を考える。

『〜と、オルゴールは思い込み』では、単純なところではオルゴールの箱の仕組みであり、発展的にはセンサーによる機械制御などの、外部の入力による内部の状態の遷移の仕組みについて、「機械の思い込み」という切り口で語り、「機械の無垢さ」に愛着を向けながら、しかして人間は外部入力だけでは内部遷移ができないナイーブさを持つのだという、自らの日常的な体験からの発見に帰結する。

前置きが長い、というか、目的にたどり着くまで長い回り道をする文章だと、まず感じた。
それは良い意味で。
その長い前置き、回り道がいちいち興味をそそるので、焦らされながらますます期待が募って文章に集中していくのだ。

常人離れした着眼力と展開力、そして精密な回り道。只者ではないと思いながらしばらく読んで、合点が行った。
著者の佐藤雅彦氏は、あのピタゴラスイッチの企画・監修をされている方なのだ。
どうりで。
平坦な表現で構成されていて決して難解ではないのに、しっかり理解しながら読み進めないと途中で迷子になりそうになる、高度な論理性を持つ文章にも、これまたどうりでと納得である。


警察官の帽子に隠されたあることを調査する『おまわりさん10人に聞きました』は著者の純粋な好奇心が楽しく、「私は、その人その人なりの創意と工夫が大好きです。」という、とても彼らしい言葉が清々しい。

『見えない紐』は体験型のスタイルで、身をもって感覚を掴みながら読める。私たちが日常的に全く無意識に採用している「作法」についての目から鱗のレクチャーだ。

『ふるいの実験』は、そのいたずらセンスがまさにふるっている、わくわくする一編だ。
著者の柔らかい頭脳と実験心、楽しむことへの貪欲さが自由に羽を広げている。

私たちが、日々多くのことをセンス(感じ取っている)していることは事実である。目から入ってくる画像、耳から入ってくる音、肌で感じる温度や圧力、鼻で感じる匂い、等々。
しかし、意識として分かっていることは、その一部なのである。つまり、感じていても分かっていない、そんな状態で私たちは常に生きている。

そんな私たちの「感じていても分かっていない」あれこれの正体を見せて教えてくれる、脳のマッサージに最適な一冊だ。
雑誌・暮らしの手帖に連載されていたものなので堅苦しくなく、一編も短く読みやすい。

頭が凝り固まっているなと思った時にたまにパラっと開いて、認知を刷新させたい。