『兎の島』 エルビラ・ナバロ
読者を奇妙な世界に誘う、粒揃いの短編集。
酸っぱかったり苦かったり、それぞれ違った味を持つドロップの缶のようだ。一粒一粒が忘れ難い味わい、ぜひお試しあれ。
『ヘラルドの手紙』
恋人との気乗りのしない旅行中、わたしは浮気相手のあなたのことを考えている。
冷え切ったカップルの別れが幻想的に描かれる。
『ストリキニーネ』
耳たぶから肢をぶら下げて異国の街を歩く彼女。
肢はどんどん伸びて指を生やし。。。
『兎の島』
手作りのカヌーで川に繰り出した男は、思いつきで、川岸近くの島にテントを張ることにする。
島に密集する鳥たちをうるさく感じた彼は、鳥を追い払うために、島に兎を放つことを思いつくが、その思いつきは恐ろしい方向に進んで行く。
パトリシア・ハイスミスの『かたつむり観察者』を連想させる動物系恐怖小説。
『後戻り』
友人タマラとの、遠い日の思い出。
強烈な思い出は、なぜか記憶の中で変型され、幻想の色付けをされがちだ。
ひりひりするような少女時代の記憶の物語。
『パリ近郊』
慣れないパリ近郊で、社会行政センターを探すわたし。誰に道を聞いても正しく案内してくれない。『城』じみた不安な歩行に、わたしの抱える微妙な愛情問題が絡む。
個人的に読み心地が一番好きだった作品。
『ミオトラグス』
怪しげな性癖を持つ皮膚病病みの大公が、幻のヤギ「ミオトラグス」に取り憑かれる。
謎めいて不気味な作品。
『冥界様式建築に関する覚書』
精神を病み病院に入っている兄は、教会や民間に出かけては何かをしているらしい。兄を追跡する弟が目にするものとは。
謎が謎のまま読者に手渡される、ゴシック調の一作。
『最上階の部屋』
ホテルで住み込みで働く女が、夜な夜な「他人の夢」を見る。孤独な精神が崩壊していく様を淡々と語る文章が物悲しい。
『メモリアル』
亡くなった母の若い頃の写真をアイコンにした、母の名前を逆から読んだ名前のフェイスブックのアカウントから友達申請が来る。
そのアカウントの開設日時は、ちょうど母が亡くなったその瞬間。
ひんやりとした母娘の絆の物語。
『歯茎』
偽の結婚式を挙げたカップルが、バカンスでカナリヤ諸島を訪れる。
しかしバカンス先で偽の夫の身体に異変が起き、彼が言うには「僕は今、虫に変身しつつある」。
気持ち悪いがユーモラス。
『占い師』
定期的に携帯に送られてくる謎の占い師からのメッセージ。
それらのメッセージが抱える不安の影が自分に当てはまっている、と彼女は考える。
よるべない女性の不安定な気持ちが映し込まれる情景描写が印象深い。
殺伐として幻想的な文章だ。
どの主人公もどこか強迫症的な性格を持ち、そしてどの作品にも孤独感が煙のように立ち込めている。
他人の悪夢の中に放り込まれたような読み心地はブライアン・エブンソンを思わせるが、女性らしい軽やかさも特徴的。
今後も注目したい作家だ。