見出し画像

海のそばで眠る。

ざざざぁぁあ
ざんざらざらざぁぁ

窓の外の欅が、毛を逆立てた猫のようになって風に揺られている。
葉が擦れる音が、波の音のようにそこここから聞こえてくる。
一晩中すごい風で、どこかに何かが飛ばされて
カッカランカランッ
と大きな音がしたり
娘が暑いというので開けた窓から、
無遠慮に入ってくる風に髪をなぶられたり
ずっと落ち着かなかった。

気圧の乱れ。

朝4時45分に目が覚めて、寝たような寝ていないような、夢なのか現なのかわからない時間を通り過ぎて目覚めたこの感覚を私は知っていると思った。

学生時代に海辺でキャンプをしたことがある。
夏の、中標津から知床峠を登って降りて、能取岬まで行った時のこと。

波の音と強い風の音。近くの音が聞こえないほどの浜辺のキャンプ場にテントを張った。

意識が遠のけば、波の音に引き戻され、風に揺らされたテントがばたばたと音を立てた。

荒れた海と、曇天。夏とはいえ、北の海は厳しい。

ドドーン、ザザザザァ

いつの間にか外が白み始め、外に出たら夜は明けていて
やはりよく眠れなかったのか何人かの部員がテントから這い出して浜辺をポケットに手を突っ込みながら歩いていた。

夜までとは違ったのは、腰くらいまで浸かった釣り人が何人かいたことだった。

魚がかかる、糸がピンと張る。遠目にもそれは大きな魚であることがわかる。

うまく釣り上げる、浜に魚がゴロリと転がる。

鮭だった。

赤子くらいよく肥った、鮭だ。
川に登ってきた鮭を釣るのは御法度だが、海で釣るのは合法らしい。
まだ鰭を動かし、もがこうとする。メスなのか、お腹がたっぷりと膨らんでいる。

ドドーン、ザザザザァ
ドドーン、ザザザザァ
ビュウウウウウウ

弾ける波の音と、唸る風の声。

はっと目を覚ますと、夜の間は確かに触れるくらい近くに海が広がっていたのに、そこは見慣れた和室で、隣に娘が転がっていた。
まるで鮭のようにふっくらとして、彼女は小さく肩を上下させて
静かに寝入っていた。

私の小さな人魚が、朝に打ち上げられていた。
風の日は、海のそばで眠る。



よろしければサポートお願いいたします!いただいたサポートはフィルムと子どもたちとの旅に使わせていただきます。