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🔓郵便局員が繰り広げた禍々しき愛の劇場~八尾市・妊婦襲撃事件~

平成9年4月14日午後7時40分


大阪府八尾市南木の本4丁目。
仕事を終えてバスで帰宅した女性は、自宅近くのバス停から徒歩で自宅マンションへと向かっていた。
距離にしておよそ300メートル。いつもと変わらない、帰り道だった。

自宅マンション手前で、不意に背後から誰かにぶつかられた。
何か圧迫されるような、妙な感触を覚えた次の瞬間、それは激しい痛みとなって女性を襲った。
わけがわからないまま、女性は必死でマンションの階段を上る。もう少し、もう少し・・・
とめどなく流れる血をおさえることもできないまま、必死に自宅マンションのドアを叩いた。いつも女性より先に夫が帰宅しており、その日も夫は家にいた。

「誰かに刺された」

夫がドアを開けると、血まみれの妻がそういって両膝をつき、そのままおなかを庇うように仰向けに倒れた。
すぐに病院へ運ばれたが、おなかの赤ちゃんはすでに死亡していた。

犯人と動機

刺されたのは八尾市に住む郵便局員・野口彩子さん(仮名/当時29歳)。2年前に結婚した夫・和之さん(仮名/当時30歳)と二人暮らしで、おなかの子どもは初めての子どもだった。
背後から突然襲われたことで犯人の顔などもみておらず、さらにはおなかの子どもが亡くなったことを知らされた彩子さんに詳しい話は聞ける状態ではなかった。
彩子さんの傷は背後から深さ5センチで、心臓に達していたという。幸い一命をとりとめたものの、喪った子供の命を思うとその傷は死に値するほどだったろう。

一方で、警察は通り魔の犯行も視野に入れて捜査していたが、午後11時過ぎ、愛知県警名東署藤が丘交番に一人の男が出頭してきていた。
近くの長久手町岩作に住む25歳の男が、「大阪で見ず知らずの女性を刺した」と話したことで、大阪府警捜査一課と八尾警察署は、この男を彩子さん殺人未遂の容疑で逮捕した。

男は、日高誠一(当時25歳)。実家は大阪府箕面市にあったが、3年前から愛知県長久手町内のホームセンターで働いていた男だった。
供述によれば、その日の夕方から現場近くのパチンコ店で遊んでいたが、大負けして所持金を使い果たし、相当に腹を立てていたという。
パチンコ店を出てふと見ると、目の前を彩子さんが通り過ぎた。買い物袋を抱え、また、仕事帰りと思われるその外見から充実した人生を送っている典型的な人だと思い、醸し出される幸せそうな雰囲気に日高のいらだちは最高潮に達したという。
そう、むしゃくしゃしてやった、相手は誰でもよかった、というアレだった。

各社報道でも、パチンコに負けた苛立ちを罪もない人に向けた通り魔的犯行、と報じられたが、事件の数日前から職場を無断欠勤していたこと、最初から刃物を持っていたこと、誰でもいいという割には人通りの多い時間帯に何人も似たような人が通り過ぎていたはずなのに、彩子さんに目を付けたことがいささか不可解にも思えた。
また、彩子さんが白い服を着ていたなどと供述しているのに、妊娠8か月の彩子さんを「妊婦だとは知らなかった」というなど、その供述にも疑問が残った。

しかし、日高のことを彩子さんは全く知らなかったし、お互いが住んでいる場所も仕事もどれを見てもなんの接点もなかったため、たまたま通りがかった彩子さんがターゲットになったとみられていた。

自身も重傷を負いながら、子どもまで亡くすという絶望の中にいる妻・彩子さんを、夫の和之さんはそばで支えた。
ただ、和之さんの心の中には、打ち消そうとしても打ち消せない、自身が関係するトラブルがずっと引っかかっていた。

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