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業火に焼かれる母と娘~福山・保険金放火殺人事件~

平成17年12月

福山市三之丸町にある雑居ビル「グリーンパキュラビル」1階の喫茶店「リバージュ」から火が出て、焼け跡から男性の遺体が発見された。
遺体は、同店を経営する女性の夫で、辻祥一さん(当時50歳)と判明。
当初は寝たばこによる失火とみられていたが、祥一さんの遺体から睡眠薬の成分が検出されたこと、広島県警科学捜査研究所により放火と断定されたことなどから、祥一さんの妻で同喫茶店の経営者・辻冨美恵(当時48歳)が殺人と現住物放火の容疑で逮捕された。
冨美恵は当時結婚相談所も兼ねたこの喫茶店の経営に行き詰っており、1500万円ほどの借金があった。祥一さんには1億5千万円もの生命保険金が冨美恵を受取人にしてかけられていたが、実は冨美恵と祥一さんはわずか9日前に婚姻届けを出したばかりだった。

別の詐欺事件

富美恵は、この事件ですぐに逮捕となったわけではなかった。
事件が起こった直後、富美恵は別の飲食店にいた友人らの集まりに合流して、その席で祥一さんから「魅せのソファーで寝ているから後で起こしてほしい」とメールが来たという話をしていた。
そして、「またお酒を飲んで帰ってきたみたい、たばこの不始末が心配」などと話した。
その「心配」の通りの出来事が起こったわけだが、火災事件では証拠が燃えてしまうために捜査は難航していた。
警察は、結婚して9日で事件が起こったことや、1億円を超える生命保険の存在、それ以外にも不審な点を把握しており、早い段階から富美恵が関わっていることは間違いないとみていた。
近隣住民によれば、火災の直後から、富美恵に関する聞き込みを行う捜査員の姿が見られていたという。
ほかにも、祥一さんが発見された事務所のドアに、 まるで塞ぐかのように石油ストーブがおかれていたこと、設置されていた火災警報器が作動しなかったこと、そしてなにより、富美恵と祥一さんの出会い方、その後の富美恵の行動など腑に落ちないことだらけの事件だった。

しかし、決定的な証拠がつかめずにいた平成18年4月、富美恵は知人男性とともに詐欺で逮捕される。
実はそれ以前にも別の詐欺容疑で逮捕起訴され、すでに服役中であった富美恵とその男性は、富美恵の喫茶店を改装する予定がないにもかかわらず、平成17年の4月に県創業支援資金制度に申し込んで825万円を騙し取ったのだった。

その間も警察は地道に証拠固めを行い、逮捕するからには絶対に負けるようなことがあってはならないとして、慎重かつ丹念に捜査を行っていた。
その後、祥一さんの体内から睡眠薬の成分が検出されたこと、そしてそれを富美恵が事前に病院から入手していた睡眠薬と成分が一致していることなどから、富美恵と知人男性が共謀して祥一さんに睡眠薬を飲ませた上で放火し、殺害したと断定、平成19年1月19日、殺人と現住建造物等放火の疑いで逮捕した。

嘘の塊の女

富美恵は非常に口のうまい女だったと知人らは口をそろえた。頭の回転も速く、人を欺くためには演技にも熱が入った。
経営していた喫茶店は結婚相談所も兼ねており、そこの会員らからも現金をだまし取るなどしていたという。
捜査関係者らは、「借金も自分の財産と思うような根っからの詐欺師」と顔をしかめる。

祥一さんとは知人を介して知り合ったというが、当初は「加藤愛(笑)」と名乗っていた。年齢も、実際より10歳ほどさばを読んでいたという。
平成17年の3月ごろ、祥一さんと知り合った富美恵は、結婚相談所の運営が順調だと嘘をつき、その共同経営者にならないかと祥一さんに持ちかけていた。
そしてその年の暮れ、妊娠したというのを理由に祥一さんに結婚を迫り、12月19日に結婚した。
しかし、福山市の山間部にある自宅で生活し続け、祥一さんと生活を共にした形跡はなかった。

その当時すでに借金まみれだった富美恵との突然の結婚に、祥一さんの両親らは当然反対した。
しかし富美恵は祥一さんの家族らに借金は完済していると嘘をついた。その嘘を見抜かれないよう、借金完済の証拠として書類を偽造し見せていた。
また、結婚のきっかけだった妊娠も、通院の形跡もなければそもそもその時点で45歳を超えていた富美恵が妊娠する可能性は限りなく低く、これも結婚を迫るための嘘であった。
富美恵は火災が起きた後、周囲に対して「流産してしまった」と話していたという。

富美恵は祥一さんの生命保険金だけでなく、退職金も奪うことを忘れていなかった。
祥一さんが殺害されたその日、祥一さんは20年務めた木製品製造の会社を突然退職していた。周囲に対しては、「嫁が勝手に(退職届を)書いた」と話していた。
富美恵は事件後の翌平成18年1月に、祥一さんの会社へ退職金を受け取りに行っているが、会社としても思うところがあったのか、支払われなかった。
しかも富美恵は、マタニティルックで現れたというから恐れ入る。こういった抜け目のなさは相当なものだったと言えよう。
退職金は手にできなかったが、その後社会保険事務所を訪れて遺族年金の受給を申請、逮捕されるまでの半年間で105万円を受け取った。

内縁の年下男

一方で富美恵には、15年以上の付き合いになる「内縁の夫」がいた。
それが、この放火事件とその前の詐欺で一緒に逮捕された男だ。詐欺の事件では実刑となって服役したが、祥一さん殺害の事件では不起訴となっている。
(※この事件は祥一さん放火事件の話であるため、この内縁の夫の名前は伏せる)
男性は1990年ころ、大阪の飲食店で勤務していた富美恵と知り合い、1996年から福山市内で同居生活を始める。当時、富美恵には8歳の長女と弟二人の3人の子供がおり、男性とは10才ほど年の差があったが、二人はそれからの長い年月を共に過ごすようになる。
近隣の人には、「大阪の借金とりから逃げてきた」と話していたという。最初に住んだ家はいわゆる事故物件であったといい、長いこと借り手も買い手もつかず放置されていた。それを、富美恵は意に介することなく、むしろ安く買いたたいて住んでいた。
その家を引っ越した後の2000年7月、当時福山市内で富美恵が新たに借りていた木造平屋が火災で全焼する。この時、火災保険を掛けていた富美恵は、480万円の保険金を受け取っていた。
しかし、実際にはこの家屋に富美恵は住んでおらず、ハナから保険金詐欺の目的で借りていたものだと思われる。
この時も、住んでいたように見せかけるために公共料金の領収書などを偽造していた。

その後、福山市の山間部にある山野町へ引っ越し、祥一さんの事件が起こった時までそこで暮らしていた。

祥一さんと出会ったのは、単に共通の知人の紹介だった。
独身だった祥一さんは、結婚願望はあったといい、明るくきさくな富美恵に惹かれていった。
しかし、両親らは先に述べた通りこの富美恵の負の一面を見抜いていた。そして、長年同居している男性のことも知っていたようで、再三「あの女にはほかに付き合っている男性がいるのではないか」と祥一さんにも忠告していた。
さらに、祥一さんを富美恵に引き合わせた男性までもが、富美恵とは深い関係になるなと交際を思いとどまるよう、祥一さんを説得していたという。

そんな周囲の言動に焦りを感じたのか、富美恵は行動を起こした。

その夜

事件のあった12月28日は仕事納めで、祥一さんは退職も決まっていたことから会社の忘年会に出席していた。
しかし、午後八時ころ、電話を持って席を離れたという。そして、そのまま途中で帰ってしまった。

警察では、この時富美恵が何か理由をつけて祥一さんを見せに呼び出したとみていた。
そして、睡眠薬を飲ませて眠らせた祥一さんに灯油をかけ、店もろとも焼いたのだった。
富美恵はこの日の計画を万全のものにするために、一週間前からこの日友人らと会う約束をしていた。
そして、火災が起こった直後に友人らと合流し、そこでさも今この時間祥一さんが生きているかのように装い、自身のアリバイを成立させようとしたのだ。

祥一さんの告別式では、棺に取りすがって泣き叫ぶ富美恵の姿があった。
しかし、彼女を知る人らは冷ややかな視線を向けていたという。
「いつも店になんか来ない祥一さんが、あの夜に限って店にいたなんて・・・」
当時の町内会長の妻はそうつぶやいた。さらに、富美恵は悲しみを大げさに表現する一方で、知人らに対し、
「祥一さんがストーブを蹴って火災になった。店を台無しにされた」
などとも漏らしていたという。

祥一さんの両親らはさらに辛辣であった。
富美恵に対し、祥一さんの母親(当時78歳)は、「結婚してすぐ死ぬなんて話が出来すぎだ、お前が殺したんじゃろうが!」と詰め寄った。
しかし富美恵は意にも介さず、「酷いことを言うね」などと言って否定してみせた。

裁判でも富美恵は一貫して無罪を主張した。平成20年12月9日の初公判でも殺人、放火ともに全面否認した。

弁護側も、「火災はストーブの不具合も考えられるので、放火とは断定できない。祥一さんとの結婚は真摯なもので、放火して殺害する理由などない」と主張、富美恵も最終陳述で「公正な判断をお願いします」と訴えた。

広島地裁の伊名波宏仁裁判長は、検察の主張を認め「被告人が犯人と認定できる」とし、求刑通り無期懲役の判決を出した。
その後裁判は最高裁まで争われたが、平成23年8月24日、被告側の上告棄却で無期懲役が確定した。

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