チャリティーという名の怖さ
デビィ夫人の年末カウントダウンパーティーの記事を朝からyahoo news で読んだわけですが、
https://news.yahoo.co.jp/articles/f322b21952afb09a54e5c3888965d056483c487a
この状況下の中の豪華イベント開催はもちろんですが、
夫人の開催理由の、
「動物愛護とかのチャリティーをやっていましたもので...」
というくだりに違和感を感じたのは私だけでしょうか。
確かにチャリティーをされているのかもしれませんし、夫人のお陰で助けられてる命もたくさんあるかと思います。
誰でもが出来ることでもない確かに高尚な事です。
しかし、わざわざこれを口にするのって、
「(私はあなた達のしていない)動物愛護とかのチャリティーをやっていましたもので(そのお礼の為なんだから大目に見てくれてもいじゃないですか)...」
と、私には聞こえてしまい、
まるでチャリティーをしている自尊心を武器に若干横暴になっているように見えてしまうのは私だけでしょうか。
だいたい常日頃から「チャリティー」という言葉に私は疑問を持っていて、「チャリティー」を付けることによってなんだか怪しい事も尊い事をしているように見え、またそれに協力しないと「悪」にされてしまう。
そういう経験ってないですか......
(もちろんちゃんとしてるチャリティーもあるのは知ってるし、チャリティーが悪いと言ってるわけではないので、悪しからず。)
ぶっちゃけチャリティーって、From your heart で「やりたい人がやりたいからやってる」ってのがベースでしょ。
でも、わざわざこれを口にするのって、その後ろには何らかの見返り的なものさえ感じませんかね。
こういう「良い事しているんだから少しばかりは大目に見てくれてもいいじゃないか」という心理は、心理学的にも立証されているらしく、また、本人は気づかないところで誰にでも起こりうる事らしい。
人の振り見て我が振り直せ、ではないが、自分も気をつけないとな。と襟を正される思いがしたニュースでした。