再生可能世界伝説【#むつぎ大賞2024】
何の変哲もない戦士の死体、大陸の先住民居住区から来たと思しき風貌の魔術師の死体、そして勇者大学を出たばかりの若い勇者の死体が三者三様の姿勢で「基準塔」の床に転がされている。
返り討ちであった。彼らの奇襲は読まれていたのだ。
目的地である塔の最上階までは目と鼻の先というところだったのに。
そして残されたエルフの尼僧は、死闘を制した直後で息を荒げた遺跡荒らしに囲まれて困惑したように微笑んでいる。
降参しようと両腕をあげたら、何やら彼らを怯えさせてしまったのだ。
「何だ、その構えは!?」
「きっと大掛かりな魔術をかけるつもりだ!!」
ホールドアップというのが今の子には伝わっていないらしい。
実際、こうやって体を大きく見せることで冒険者を威嚇する組換獣もいるのだから仕方ないと自分に言い聞かせながらもエルフの尼僧は自分を囲むニンゲンを刺激しない体勢を試行錯誤しながら探ることになった。
それから彼女が両手で口を塞いで正座したあたりで、やっとニンゲンは恐慌から立ち直ったようだった。
これも無理からぬことで、丸腰になった一人のエルフを武装したニンゲンが四人で囲んだところで、やっと戦況は五分五分になったとも見えるからだ。
「よし、これで落ち着いて話が出来るというものだ」
ちらりと尼僧は発言者を値踏みする。この子が頭目であろうか。
ニンゲンという若い種族にあって、なお若い四人組。
きっと成人する前だろう。共同体での役割を与えられる前なのか。
あるいは何の役割も得られなかった故郷を飛び出して、都市の中で遺跡を荒らすけだものとして生きることを決意した手合いであろうか。
そうは見えなかった。「基準塔」の最上階は近いのだ。ただ日銭を稼ぐことだけを願って生きる流れ者が、同業者の妨害を跳ね除け、警邏の組換獣を撃退しながら、ここまでたどり着けるはずがないと尼僧には思えたのだ。
「……なぜ彼らに加勢しなかった?」
更に遺跡荒らしの一人が問いかけた。この子が二番手だろうか。
戦士でも、盗賊でもない。
彼らは全員が遺跡荒らしだった。僧侶や魔術師もいない。
全員が前衛で、後衛といった概念があるのかどうかも怪しい四人。
装備もちぐはぐ。自分に合った拾得物を選ぶのではなく、拾得物に自分を合わせて生き延びて来たことが窺える。
「私は反対でしたから。だって他のパーティーを襲って『ブードワイスの剣』を横取りするなんて、どう考えたって良くないことでしょう?」
「ブードワイスの剣」とは四伯爵の一人、ブードワイスその人が王家から授かり、これを以って大陸の森という森の木々を打ち倒し、そこに潜むエルフどもを次から次へと斬り伏せたことで名を馳せた利剣である。
戦後には基準塔(ここより少しでも高い塔を建てようとすれば、たちまち落雷によって全て打ち砕かれてしまうことに由来する)の頂上に設えられた台座に安置され、落雷を浴びながら市内に電力を供給することによって城塞都市ブードワイスは夜でも明るく、〈四見亭〉が客に振る舞うシチューは熱く、エールは冷たく、いつでも市民は市内に複数ある浴場で汗を流すことが出来るという代物であった。
そして、その剣が失われたのは数か月前のことになる。やまない落雷をものともしない何者かが奪い去ったのか、経年劣化によって破損したのか、ブードワイスの末裔に、その遺産を継ぐに足る資格を見せよという神意の現れであったのか。
とにかく伝説の利剣と同時に、市民が当然のように享受していた便利な生活様式は失われたのだ。今まさにエルフを包囲する遺跡荒らしの頭目が腰からぶら下げているのは、往時の製法と原材料を可能な限り再現して鍛えられた、いわば「新生ブードワイスの剣」である。
この剣を市長から託されてからというもの、同業者から彼らへの妨害や襲撃は激化する一方であった……。
「よくないことだと思ったのならば、仲間を止めるべきだったのでは?」
遺跡荒らしは故郷の訛りが出ないように喋っている。
そう思うと唐突に愛情が湧いて来た。
周囲の死体など蘇生せず捨て置いて、この子らに乗り換えたい。
今すぐにでも乗り心地を確かめたいものだと思いながらも、尼僧は雑念を振り払って用意していた回答を繰り出した。
「だって私、多数決で負けてしまいましたのよ」
少し嘘があった。戦争が終わって、国境線が引き直された今となっては、ニンゲンの領土でニンゲンを相手にエルフが実力を行使するのというのは、よほどの事情がなければ許されることではないし、あったとしても同族からはどんな目で見られることになるかわかったものではないからだ。
尤も、そういった内幕をニンゲンに説明するのは気が重いことでもあった。せっかくの休暇、せっかくの「冒険者ごっこ」なのだから。
「そうか」
「多数決で負けたのなら仕方ない」
民主主義と多数決はニンゲンの世界における神聖な掟だった。もはや聞くべきことは聞き出したと判断した四人の遺跡荒らしはエルフを非常出口まで見送った。
この装置はどのフロアにもあり、ここから転がりながら落ちれば、たとえ複数の死体を抱えていても地上までの帰還は数十秒で完了する。仲間を蘇生させたら反省を促すようにとだけ言い含めて、遺跡荒らしは尼僧に謝罪も賠償も要求しなかった。エルフとは深く関わるなと、故郷で何度も言い聞かせてられていたからだ。尼僧は落胆した。
(敗北イベントが何も発生しないなんて……!)
それと同時に、彼らの生い立ちが気になった。まだ領国の地理院に報告されていないニンゲンの群生地が、四島の何処かには隠されているのではあるまいかと考えたのだ。
この瞬間、彼女は次の休暇の過ごし方を決めていた……。
そんなエルフの内心を知る由もない四人の遺跡荒らしは、どうにか全員が五体満足で勇者、戦士、魔術師、おまけの僧侶による奇襲を退けたことによる疲労感と安堵からか、立ち上がる気にもなれずに誰が言い出すともなく小休止をすることになった。
彼らは全員が水車村の出身だった。そこにあるものといえば、水源からの水路が引き込まれた水田と、そこで収穫したコメを炊くだけの僅かな電力を各家庭の釜にもたらす水車があるだけの農村地帯である。
そこで異変が起きたのは半年前のことであった。
水源から旧世界の遺物が村に流れ着くようになったのだ。
当然ながら住人にとっては薬か毒かもわからぬ遺物である。
村長の懸案は、川を遡上し、滝を昇った先の台地に誰かが居座っているのではないか、という一点に尽きた。
しかし外部の者に遺物を調べさせるわけにはいかなかった。誰の背後にエルフがいるか、わかったものではないからだ。
エルフはニンゲンを監視したがる。
聖女や魔女を名乗ってニンゲンの怪我や病気を癒す代わりに、集落に居を構えてニンゲンが排出する二酸化炭素に税金をかけようとする。
人頭税めいて呼気にかけられる炭素税だけならよいが、都合の悪いことにエルフは牛を忌み嫌っているらしい。
彼女らに言わせると、牛の「げっぷ」には人間のそれとは比較にならぬほど大量の二酸化炭素が含まれているというのだ。
しかし水車村から牛が消えれば今までのような耕作は不可能となる。
かといって他に目ぼしい産業などない水車村のことである。
生き残るためには、独立独歩で遺物の謎を解き明かすより生き残る道は他にないのだ。そこで問題となるのが、遺物を垂れ流す何者かが待ち構えているかもしれない水源へと至る経路である。
長い登山道は整備されており、不安定な足場に体重を預けつつ、岩肌に手をかけて崖を登らねばならぬような苦労をする必要はない。ただ組換獣と呼ばれる、多種多様な捕食者の縄張りとなっているだけである。
そこで村長は賭けに出た。村の外でもやっていけそうな四人組の若者をブードワイス市に送り出すことにしたのだ。
大陸では冒険者と呼ばれる人種が都市を拠点として日々、ダンジョンと呼ばれる難所に潜っては己の心、技、体を磨き、そこで価値のある旧世界の財貨を持ち帰り、そこに書かれた文字を読み解き、有用であると確信が持てたものは学者や市民に譲渡するなど暮らしていると聞いている。
専門家を頼れないならば、専門家を育てるより仕方ない。
そして四人は筏に乗って水車村を後にした。
「長かったな、ここまで」
エルフとは最後まで一言も口をきかなかった一人が呟いた。村を出てから、本当に色々なことがあったのだ。
川を下って、最初に目指したのは風車の町だった。そこでは町にも洋上にも無数の風車が建てられていて、そこから供給される電力のおかげで漁師は近海で獲れた魚介類を冷たくしたまま雪室めいた漁港の食糧庫に何日でも保存しておけるのだという。ともあれ四人組は町に住む親類縁者から暖かい歓迎を受けたが、ブードワイスまで行く連絡船への同乗は許可が下りなかった。海は水棲組換獣の縄張りであり、特に「海の魔女」と呼ばれる種族の鳴き声を耳にした男性は自分の仲間に武器を向けるか、あるいは何事か叫んだまま海に身を投げたきり戻って来なくなると言われているからである。
いきなり四人は進退窮まってしまった。不憫に思った町長は秘密の地下道へと四人を案内してくれた。そこは大陸へと続く「海底トンネル」とも言われるダンジョンであった。道中の危険を説明された四人は顔を見合わせて頷くと、少しも迷わずに大陸へ続く道への第一歩を踏み出した。
そして初めてのダンジョンで、彼らは色々なことを学んでいった。
そんな四人の思い出話を、退出したと思われていた尼僧は長い耳で余さず聴き取っていたのだった。(続く)
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