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ハントマン・ヴァーサス・マンハント/第2章/第1節/「月の砂漠と呪いの血統」/終焉

(承前)

ドラゴン退治は結構だが、どうやってアレを倒すというのか。強さの問題ではない。粘液に塗れた巨大な怪物に徒手空拳による接近戦を仕掛けるというのは、どう考えても上策とは思えない。まだ何か俺に隠している秘密兵器があったりするのだろうか?

「❝ゲーム❞で買える武器は全て揃えて、いつでも使えるように持ち歩いています。まだダンナにお見せしていない武器は……ええと……トランプのカードとか、クロケットのマレット(木槌)とか、びっくり箱の爆弾とか、おもちゃのマキビシとか……そういったものがあります。何にしますか?」

そう言って我が相棒は手持ちの武器を並ばせあそばした。貴族の為すことというのは、おしなべて❝遊び❞なのだと古文の授業か何かで聞かされた言葉が思い出される。これは❝ゲーム❞なのだ。しかし今は感慨に耽っている場合ではない。怪物になった妹が、全身の唇をもぞもぞと動かし始めた。何らかの攻撃を仕掛けてくるであろうことは明白。先手を打たれた、そう思う間もなく我々を目掛けて、ぎらぎらと虹色に輝く唾液が飛来する。アレを防げる武器は無いのか。今しがた出したばかりの新兵器ではない。……氷の杖だ。

「了解。さすがダンナ、いい采配です」

読みが当たった。氷の杖は敵を凍らせるだけが能ではない。壁を作って敵からの攻撃を凌ぐ盾を生み出すことも出来るのだ。……はて。そろそろ氷の杖はインベントリにでも仕舞って次の一手を繰り出すべきなのだが。刻一刻と氷の壁は肥大化を続けて止まる気配がない。おい、どうなっている?

「……白いのが溜まっていたので出し切らないと収まりがつかなくなっているようです。ええ、杖に充填されている冷気のことです。へへ……」

両手に構えた氷の杖を腰の前に構えて、全身を揺らしながら楽しそうに左右に振っている。既に氷の壁とは呼べそうにない、巨大な氷の固まりが眼前に生み出された。確かに敵の遠隔攻撃を遮断するには頼もしいが……。妹の全身から不吉な色の陽炎が立ち昇る。より致命的な攻撃を繰り出すつもりだ。恐らくは、あの巨躯を支える圧倒的な質量に任せた突撃を敢行すると見た。質量だって?質量保存の法則はどうした。体重はそのまま体だけが巨大化したのか?しかし現実に、コンクリートの床には亀裂が走り始めている。

「……おっとっと。さて、白いのを出し切ってすっきりしたところで、どうしましょ?敢えて後手に回って一手ずつ確実に対処するのもアリといえばアリですけど……」

先んずれば人を制す。しかし怪物が相手となれば話は別か。敵を迎撃するのに適した武器でもあればいいのだが。トランプのカードというのは、まさか文字通りの玩具ではないだろう。……ひょっとすると連射が可能な投擲武器ではないだろうか。一つ一つは致命傷とはならずとも、突撃が始まる前に可能な限り撃ち込めば、敵の勢いを削ぐことが出来るかもしれぬ。

「……残念なお知らせがあるのですが。たった今、サブウェポンが使えなくなってしまいました。ハートの枯渇が原因です。直ちに補給が必要です」

既知の概念みたいに言うな。こちとら❝サブウェポン❞も❝ハート❞も初耳だぞ。何故そういう大事なことを事前に説明しなかったのか。はい、俺が聞かなかったからですね。ハートの補給、一体どうすればいいのだろうか。

「答えは簡単。ドキドキすればいいんです。つまり劣勢になるほどハートは回復させやすいので、こちらが優勢になっても油断は禁物ですよ?でも、あの敵は近付いて戦いたくないだけの厄介な敵ですのでウンザリするけどドキドキはしないですね。嗚呼、誰かが私をドキドキさせてくれればなぁ!」

ついに妹が俺を目掛けて速度と質量に任せた殺人的な突進を開始した。氷の固まりなど意に介していない。打開策は無いが、俺も座して死を待つわけにもゆかぬ。俺の動悸が、危機感が、ほんの少しでも相棒に伝わってくれれば。そして心よりも体が早く動いていた。是も非も越えて相棒の腕を掴んで自分の左胸に押し当てていたのだ。こんなことで事態が好転する筈も無い。しかし何もしなければ確実な致命傷が、ともすれば死の運命が待ち受ける!

「……あっ。5点です

……早かったな、俺の死も。

「いえ、そうだけどそうじゃなくて!100点満点での5点という意味ではなくてですね!?トランプのカードを投げての攻撃に換算すると5回分に相当するドキドキでした!そういう意味です!よ~し、気合い入れて行きます!」

そう言うと相棒は俺の指示を待たずに忍者が手裏剣を投げる要領にてカードの投擲を開始する。きっちり5枚。妹の全身から異口同音、悍ましい悲鳴が五か所から聞こえてきたので間違いはあるまい。ドラゴンがよろめいて体勢が崩れた。この機を逃さず追撃を仕掛けるべきだ。それは理解している。しかし足りない。ドキドキが足りないのだ。相棒をドキドキさせて更なる一手を打たねばならぬというのに。何か、何か無いか。女性を、あるいは吸血鬼を、それから貴族を高揚させる行動、言葉、それからアイテムが。苦し紛れにポケットを探る。……そこに起死回生の切札を見出した。

「うっ。それって……ダンナが自分の右目を刺したペンじゃないですか?」

……この万年筆を進学祝いに俺にくれた母親の横顔を思い出す。副次的に父親の後ろ姿までも思い出される。一瞬だけ躊躇して、叫びながら万年筆を分解した。俺の狙いは、このキャップリングだ。それ以外の部品を全て放り投げて、相棒の腕を強引に引き寄せる。

「……え?まさか、その、まさかですよ?」

この即席リングを相棒の指に嵌める。……そのつもりだったのだが問題が発生した。こういうのって、花には花言葉があるように、指には指の、込められた意味やら願い事があるのではなかったか。迷っている時間が惜しい。人差し指に輪っかを……嵌めようとして……それは果たせなかった。一瞬で肉と骨が腐り落ちて相棒の指は残り4本になったからだ。相棒は渋い顔をして俺を見ている。人差し指は嫌だったらしい。中指に嵌めようとして……やはりダメだった。中指が急激に伸びて俺の鎖骨を突き刺したからだ。この指に嵌められるのも嫌だというのか。

「……チャンスは残り一回ですよ?」

どうやら指に輪っかを嵌められること自体が嫌だというわけではないようだ。チャンスが三回もあれば五つの正解の中から一つの正解を選ぶことなど難しいことではないように思えるが、現実に俺の前に横たわっているのは、残り一回の解答権で三分の一の正解を引き当てねばならぬという難問だ。迷っている間にも体勢を立て直した妹が突進を再開しようとしている。

「あっ……」

しまった。薬指も失敗だったか。これで俺は打つ手なし。

「……いえ。今ので25点ぐらいドキドキしましたよ。❝びっくり箱の爆弾❞に換算して、およそ5回分のドキドキになりますね」

カード投擲の5倍のハートを消費するサブウェポン……?あまりの燃費に躊躇する俺など置いてけぼりで、どこからともなく取り出したる鮮やかなラッピングの施された立方体を床に置く。そして立方体に筋肉質な四肢が生えてドラゴンへの突撃を開始した。……大爆発。俺が呆気に取られている間にも相棒が第二、第三、第四、第五の爆弾を着々と繰り出している。更なる大爆発。とどめの大爆発。景気づけに大爆発。フィナーレの大爆発。

「……ちなみに一回目で正答していれば100点、二回目で正答していれば50点ぐらいにはなっていましたけどね。まぁ、あの怪物を始末するには必要十分ってところです」

そこには全身に酷い火傷を負った妹が倒れていた。……人間の姿に戻っている。怪物に化ける力を使い果たしたと見るべきか、まだ人間に擬態をするだけの余力が残っていると見るべきか……。

「あ……兄さん……助けて……」

「うわ、思ったよりもしぶといですね。それでも、あの汚らしい粘液が無くなれば実力差に任せた私の通常攻撃でサックリ始末できますんで。ところでダンナは妹君に化けていた怪物が頭を潰されて死ぬのを、見たいですか?」

見届けるさ。俺には、その義務がある。自分の中で、家族との別れを受け入れる為には必要なことだと思うから。言い終わるのを待たずに視界が暗闇に包まれた。柔らかい感触、心が落ち着く芳香。相棒のマント、❝魔王の翼❞が俺の上半身に余すところなく巻き付いていた。

「ふん。十年早いんですよ。……ほら、もう終わっちゃいました!」

目隠し拘束から解放された俺が目にしたのは、粘液に塗れて形の崩れた赤子を両手に抱えた相棒の姿だった。大概のことには驚かなくなったつもりでいたが、それは俺の思い上がりというものだった。ショックで泣きたくなるのを堪えて、それは一体全体、何処から出て来たものなのか。俺に見せてどうする気なのだろうか。勇気を振り絞って尋ねてみる。

「頭を潰された妹君の躯(カラダ)が青い炎に焼かれた後に残されたものがコレなんです。……何を意味するか分かりますか?」

……何だ?妹の体内に、赤ちゃんがいた。それが、何を、意味するか……?

「この子は、妹君のパートナーです。お腹の中に隠して戦っていた、というよりケーブルを通じて血液を補給しながら持久戦が可能にする戦術を採用していたみたいですねえ。……ほら、もう乾ききった身体が灰になり始めた」

へその緒を「ケーブル」呼ばわりする人外への反感は意志の力で抑えつけ、尋ねるべきことを尋ねることにする。その子も、つまりは、俺みたいに❝ゲーム❞のコマに選ばれた十六歳以上の人間だったということなのか。

「そうですね。ハントマンなら、生きたニンゲン一匹や二匹、手足を詰めてお腹に格納するぐらいは問題ないということです。どんなカタチであろうと脳と心臓さえ活動していれば……それは生きているということですので」

俺の心身に十月の冷たい夜風が通り抜けるのを感じる。とりあえず今は、何も考えずに眠りに就きたかった。早くホテルの部屋に戻ろうぜ、そう言おうとしたところで相棒が地面に蹲って何やら拾い集めている。「何やら」の正体は半瞬で理解した。それは俺が分解して放り投げた万年筆の部品だった。

「……よくわからないですけど、大事なものだったのでしょう?」

薬指に嵌めたキャップリングと共に、俺の手によってバラバラになった万年筆を突き返された。部品を上手く組み立てようとして、しゃっくりの如き痙攣によって上半身が揺れるし、それに加えて視界が滲む。……部品は破損も紛失もせずに揃っている。俺が失ったものといえば、俺の家族ぐらいのものだった。相棒は後ろに手を組んで、日が昇りつつある東の空を眺めている。俺は時間をかけて、一本のペンを組み立て終えた。

(第2章/第2節へ続く)


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