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連載版「十束神剣百鬼夜行千本塚」 #9

僕が、兄上の代わりを務める。
姉上と結ばれて、高嶺様の跡取りとなる。
そのような夢想を一度もしたことが無かった、と言えば嘘になるだろう。その夢が現実になりつつある。他ならぬ兄上の死によって。

「お前は父君を討たずともよくなるのです。もう危険を冒して禁足地である魔窟に踏み入ってまで禁じられた魔剣を求める必要もありません。お前を座敷牢に閉じ込めていた家族のことなど忘れて、私の家の子になればいいではないですか……」

それでも僕の心は動かなかった。死んだように固まった自分の心を遠巻きに眺めるような思いだった。姉上からの誘いを蹴るなど、それこそ夢にも思わなかったことである。それが昨日までの僕ならば。注連縄を断ち切って、魔窟に足を踏み入れる前の僕ならば。魔剣を掴んで、この手に収めるまでの僕ならば。

「……やはり魔剣に取りつかれて正気を失っているのですね」

そうかもしれない。僕は更なる魔剣が欲しいとは思う。それより何より、もっともっと冒険がしたかった。ずっとずっと僕の人生は、この座敷牢の中で完結していた。誰かに先導されるのではなく、自分の定めた目標に向かって歩くというのは楽しかった。それが空気の淀んだ暗闇の中でも怖くはなかった。群がる弱敵をすりつぶすのは心が躍った。それから自分だけの財宝を手にするというのは、率直に言って最高の気分だった。もっと早くこうしていたかった。自らを由とするというのは、こういうことなのだと感じられた。この気持ちが『とりつかれている』というのならば、それでいい。話し合いの時間は終わりだ。もう僕に姉上は必要ない。売って軍資金にするのが良いだろう。僕は手を叩いて僕の忍者を呼び出した。すると頭巾の上からでも喜色満面の忍者が畳から、というより僕の影から生えてきた。

「高嶺様に丸め込まれてしまうのではないかと思いながら眺めておりましたが、若様は初志貫徹なさるおつもりのようで一安心しました」(続く)

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