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ぼくは(狂った)王さま #86

「外に馬車を待たせているんです。ささ、早く行きましょう」

 窓の外に目を凝らせば、確かに青白い馬に繋がれた黒塗りの馬車が闇夜の中に浮かび上がるようにして停まっています。御者と思しき骸骨のような男が、アラカの部屋の窓を見上げると帽子を取ってお辞儀をしました。

「……今日は遅いし、ぼくは寝るつもりだ」

 普段は大雑把で細かいことは気にしないアラカですが、あの御者は明らかに只者ではないと見ました。遠目には馬の良し悪しはわかりませんが、四頭立ての四輪馬車など、城下町で暮らしていても滅多に見るものではありません。少なくとも、一介のシスターが気軽に乗り回せるようなものではないことぐらいはアラカにもわかります。

「おひいさまとは遊ぶのに、私と遊ぶのは嫌だと言うのですか」

 見るからにプリスが不機嫌になりました。こうなると手持ちのカード、即ちヒト、カネ、モノのいずれかを早急に差し出さなければ機嫌を回復することが一秒ごとに難しくなることをアラカは知っていました。

(ならば即断即決)

 殆ど手付かずのままの給料袋をアラカは差し出しましたが、なんとプリスはぷいっと、そっぽを向いてしまいました。カネが駄目ならば、なんとなく換金する気になれなくて手元に置いていた「五つの宝」しかありません。今や女王の座に就いたおひいさまが欲しがるくらいですから、きっとプリスにとっても喉から手が出るような財貨に違いありません。ですが、やはりプリスは再びぷいっと反対側にそっぽを向いてしまいました。モノもカネも駄目となれば、いよいよ最後はヒトしかありません。

「わかった。付き合うよ」

 そういうことになりました。馬車に揺られて(実際には重ね板ばねのお陰で殆ど揺れませんでしたが)アラカとプリスはきょうかいの正門前にたどり着きました。

「ではプリス様、ご用があれば、いつでも何なりと……」

 そう言うと謎めいた御者と馬車は夜の町に消えてしまいました。(続く)

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