人形狩り人形と魔窟の主(#22)
(承前)
「さて、大家よ。我々は今から役所に提出する報告書を作成せねばならぬ。我が助手よ、名残惜しさに耐え、我らの仕事に取り組まねばならぬぞ」
「まぁ、そうでしたの?勝手に部屋に上がったうえに、長々とお邪魔してしまい申し訳ありません」
「いえいえ、管理人さん。部屋を暖めて待っていてくれて、助かりました」
役所?報告書?
いったい何のことだろうか。しかしオートマトンの言う事に間違いはないと信じる僕は、迷わず話を合わせることを選んだ。何度も頭を下げる管理人さんを、ドアの外まで見送った。
「なぁ、相棒……」
相棒が顔の前で人差し指を立てる。
静かにしろということか?
「ヴォルフガングよ。タイプライターを借りるぞ」
黙って頷くより仕方ない。デスクに陣取ったオートマトンの繊細な指先が───「戦闘」、「チェス」、「ピアノ」、そして「タイピング」の四つの機能を持つマニピュレータが喋るよりも速く専用紙に文字を吐き出させていく。
『適当に話を合わせるのだ』
何だ?この部屋に、僕らに何が起きている?せっかく事務所に戻って来られたというのに、僕らには一息つく暇も無いということなのか。
「あー、えーと、❝先生❞、僕はコーヒーでも淹れて来ますよ」
機械人形はコーヒーを嗜まない。だから当然、僕は相棒の傍に立って次のメッセージを待つ。
『この部屋に盗聴器を仕掛けられたようだ』
眩暈がした。頭の中が真っ白にスパークする。視界には七色の暗いカーテンがかかる。とうとう平衡感覚が消失する。ひっくり返って床に転がりそうになったところを、相棒に片腕で抱きかかえられた。盗聴器だって?何故だ?そして誰が?しかし片手での打鍵は止まらない。
『お前の上着にも何らかの発信機が入り込んでいる』
それがトドメになった。僕の中に押し込めていた何かが僕自身に取って代わった。笑いがこみ上げてくる。何もかもが楽しくて仕方がない。
この乾いた時代が。
荒れ果てた異国が。
自分自身の愚かしさが。
「ケンペレン、お前は仮眠を摂りなさい。後始末は目が覚めてからでいい」
オートマトンの声が聞こえる。これ以上は笑い声を堪えられる自信が無い。相棒の目には、両手で顔を覆った僕が泣きだしそうになるのを耐えようとしているように見えているのかもしれない。───本当は分かっていたことだった。怪しい異邦人である僕らを、物騒な銃火器を山ほど抱えた僕らを少しも疑わずに無条件に受け入れてくれるような「オヒトヨシ」が存在するはずもない。あの私立探偵を自称する「ゆすり屋」に僕らの送迎をさせようと手配したのも今ならば理解できる。難解なパズルが解けたような爽快感。否、パズルの答えが僕を捕らえにやって来たような安心感だった。
「先生、後の事は頼みました」
それだけを伝えて、僕は寝室へ向かった。眠りに就く為ではない。相棒に知られずに、窓から事務所を飛び出す為であった。死ぬ気は無い。……僕の望みは❝青い炎❞が叶えてくれる。
(第3章「人形狩り人形と魔窟の主」完結)
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