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実家に帰りたくない人へ

もうすぐお盆が来るが、私はもちろん実家へは帰らない。義実家とは、普通に仲良くさせてもらっているので、子どもたちを連れて帰る。子どもたちのありのままの様子を、「かわいいねぇ、かわいいねぇ」と全肯定してくれる祖父母が居てくれて、本当に感謝している。

自分のため、ひいては子どもたちのために実家と縁を切った訳だが、子どもたちにとっての祖父母を減らしてしまうのには申し訳なさがあった。

悪影響があるとはいえ、一応子どもたちのおじいちゃんおばあちゃんには変わりない。それを、私の独断で交流を絶って良いものだろうか?と。

そんな風に悩んでいた時代が、私にもあった。だからこそ、悩みながらも、実家に帰省していた時期があった。

しかし、毎回毎回後悔するのだ。いくらお腹が痛くなっても、冷や汗を流しながらお土産を吟味しても、実家は“帰らなければいけないもの”だと思っていた。

そして案の定、帰ると嫌な思いをする訳だが、自分の“わがまま”で子どもたちの“普通”を奪ってはいけないと思っていた。

しかし、それは大きな間違いだった。
帰省中、ずっと子どもの行動を制御しなければならない気になるのだ。目的はもちろん、父の機嫌を保ち、かつ母の安寧を守るためである。

子どもに正しい事を教える為でも、危ない事を止める為でもない。ただ、親の機嫌を取る為だけに、「言わなければならない」と思ってしまうのだ。

それこそ、普段なら全く気にならないような行動でも、「父にとってはうるさいのでは」と思ってしまったり、幼児なら当たり前のようにする行動でも、「父が嫌がるかも」と思ってしまうのである。

父は、さっきまで笑っていても、機嫌を損ねると豹変し、鬼のような形相で物に当たりまくる。そんな光景を、たったの一度でも子どもたちに見せたくなかったのである。

その為に、子どもの行動を抑制しようとしていた私は、ふと、「母と同じ事をしている」と気づいたのである。

私は、母にずっと離婚して欲しかった。父の機嫌をとるのではなく、父に「あんたがおかしいよ」と言って欲しかった。でも、弱い母にそれは無理だった。男に依存しないと生きていけない人だから。

そこで、私は「親から離れなければ」と思った。できるだけ早く、遠くに。運良く、夫の転勤なども重なり、物理的な距離も取れ、コロナにより言い訳もしやすくなってきた。

これは、決して私の“わがまま”などではないと気づいた。いつ爆発するか分からない爆弾のような父と、それを止めない母がいるような環境に子どもを連れていってはいけないのだ。

百歩譲って、父が爆発した時に、母が叱ってくれるような人だったらまだ良かった。子どもは、「自分は間違ってない」と思えるから。

でも、どんなに子どもが間違っていなくても、どんなに理不尽な怒りでも、母は父を止めようとしなかった。代わりに、裏で延々と愚痴を言うだけであった。それは、私の性格を歪めるのに十分な要素だった。

幸運なことに、私は普通の家庭で愛されて育った夫と結婚することができ、色々なことに気づくことができた。いかに自分の家がおかしかったかを痛感し、改めて自分の子どもに同じ思いをさせたくないと思った。

今では、実家に帰らないことに対してなんの罪悪感もない。子どもに対しては、多少の申し訳なさは残っているが、理解できる年頃になったら訳を話そうと思っている。その時に、どうしても会いたいと言われたら、それを止める権利は私には無いと思っている。一人で会いに行けるような年齢であれば、それはもう立派に自分で責任を取れるということだ。(もちろん何かあればフォローは欠かさないが)

とにかく、今、「実家に帰りたくない」と思っている人は、とりあえず今回は帰るのをやめてみたらどうだろうか?行って楽しいのなら良いのだが、毎回後悔するのならば、それは自分のためにならない。

子どもの有無に関係なく、『行きたくない場所には行かなくていい』のだ。もう大人なのだから、自分で責任をとる代わりに、自由に動けるはず。

私の友人も、大なり小なり実家にに不満を持っている人が多い。子どもを持つことでなおさら、価値観の違いを感じるらしいのだ。それでも、彼女らは普通の家庭で育っているから、実家に帰ろうと思うのだろう。その程度なら心配いらないと思う。

しかし、実家に帰りたくないのに強制的に帰らされるとか、直前にお腹が痛くなるとか、実家にいる間中息が詰まるような人がいたら、ちょっと立ち止まって考えてみてほしい。その帰省は、本当に必要なものなのか?

そもそも、帰省とは誰の為にするのであろう。私は完全に、「親のため」であった。顔を出さないと文句を言われるから。しかし、本来は子どものための帰省なのではないだろうか。

お盆やお正月の古来からの意味…などではなく、いつも頑張っているから、少しは何も考えずゆっくりしなさい、という意味で実家に帰るのではないのだろうか?これには賛否両論ありそうだが、私はそんなスタンスで居たいと思っている。

子どもが「帰りたい」と思う時に、気兼ねなく帰れる家。そんな実家でありたいと思うのだ。義実家がまさにそれで、嫁の私ですらあまり気を遣っていないほど居心地が良い。

義実家では、誰も怒らない。誰も物を投げない。誰の機嫌も取らなくていいのだ。私はただ、自分の機嫌を自分で取るだけ。

いま一度、実家に帰る意味を考えてみて欲しい。


今回はこの辺で。
おやすみなさい。また、あした。

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