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違う世界の片隅に生きる住人たち

ADHD脳シリーズの新作動画をアップしました。

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こちらにも書いたけれど,わたしの子どもは神経発達症(発達障害)の診断がある。

神経発達症は遺伝率が高いので,親のわたしも診断こそ受けていないがADHD脳の自覚がある。

「ADHD」ではなく,敢えて「ADHD脳」と表現するのは,診断がないからでもあるけれど,神経発達症は脳の生理機能,処理のスペックの違いだからだ。

大学の専攻が心理学で,大学生の頃から不登校支援のメンタルフレンド事業のアルバイト(不登校の子どもの話し相手)をしていたし,大学院生の時は療育(治療と教育の場)でアルバイトをしてたり,学生時代から発達に何らかの気がかりを持つ子どもと発達支援の接点があった。

だから,妊娠が分かった時,どんな子でもあっても夫婦二人で育てることは,夫と相談していたから出生前診断のための検査も希望しなかった。

だから,超音波検査で胎児の異常が分かった時こそ,5分ほど異次元空間に飛んだけれど,すぐに現実世界に戻って自分が今できることはお腹の中の赤ちゃんのための人間保育器としてのゆりかごになり,無事に世に誕生させることだと自覚した。

「お腹の中にいる間は全く問題なく,安全なんですよ。でもわたしたちは生まれた後のことを心配しているんです」

あまりにも胎児の疾患について脳天気すぎる態度だったので,医師はわたしにそう言った。

「え?疾患のこと調べてない?親の会に入らなくていいんですか」

拍子抜けするぐらい健康に生まれてきた子どもは,GCUを生後1日で後にしてNICUに移動となり,さらに生後6日目に退院勧告を受けた。

理由は「他の大変な赤ちゃんが後ろにつかえているから」

それでも生まれてから1か月ごとにフォロー健診があって,半年後にはやっと3か月健診,そして6か月と,受診間隔が伸びていった。

そんな感じで,遺伝子検査も受けることになり,確定診断となった。

胎児の頃から異常妊娠だったし,確定診断までの親としての子どもの障害の受容は,とても自然で《あるがまま》だった。

だから,1歳半健診で発達のデコボコさを初めて指摘されるようなショックや葛藤経験は,なかった。

わたしは臨床心理士として子どもの発達の判定して子どもの発達のデコボコを伝える側。

だから,いつ伝えるか,伝えても受け止め切れるかなど,相手側の状況もみていかねばならないので,とてもしんどかった。

同じ方向を見れればいいけれど,そうでない時は特に。

わたしの場合,公認心理師の受験のための専門書を読んでいたら,子どもの病名が「発達障害の1つ」と書かれているのを発見して,凹んだ。

何年も前にもその本を買って読んでいたのに当事者の母親じゃなかったから,気にも留めていなかったくらい自分には遠い病名だったのだ。

もしかしたらADHDだって,神経発達症だって同じなのかも知れない。

自分や自分の家族にそのような疾患の人がいなかったら,無自覚だろうし,当然,気にもとめない。

もともとの脳の生理的機能の違いのためにできないとは知らず,「できないのは本人の努力不足だから甘えるな」と思っていても不思議ではないし,それを責められない。

目には見えない内的疾患だからヘルプマークをつけてアピールしないと周りは気づきにくいように。

だから,そういう疾患もあること,自分の努力不足でも甘えでもなく,やろうとしてもできないで自尊心がどんどん擦り切れていくことも,もっと知られたら,わたしはとても嬉しい。

それぞれの特性を持つ人がカラフルな個性として受け入れられて,幸せに生きていける優しい世界なんだと,子ども達に思ってもらえるような世界がやってくるために,わたしは発信をし続けるだろう。

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