見出し画像

夢うつつ湯治日記 13

10月某日 初めての湯治【五日目(3)】 収穫祭の劇と夕食

体育館に入ると、入り口に受付があり、受付係の生徒から劇について書かれたプリントを受け取った。
題名を見ると 
「踊れや踊れ」
とあり、配役、シナリオ、振付、舞台美術…などの担当の名前が書かれている。
シナリオにある生徒の名前がゆかさんのお子さんだろうか。


会場はかなりの盛況で、既に椅子はほとんど埋まっている状態である。
後ろの方で空いている椅子をみつけ、腰かけた。

体育館の舞台は赤いカーテンが閉められている。

すると「もうすぐ開始します。お席に座ってお待ち下さい」のアナウンスが流れ、
場内のざわつきが少し静まった。
体育館の窓のカーテンが閉められ、会場は暗くなった。

しばらくすると
「これから〇〇中学校の皆さんによる劇“踊れや踊れ”を始めます。お静かにご鑑賞下さい」
というアナウンスに続きて、舞台のカーテンが開かれた。

一人の中学生らしい女の子が舞台中央に立ち、
「これは、この地に伝わる“ねこおしょう”伝説をもとに、私たち〇〇中学校の生徒が
物語を新しく解釈して作った劇です。最後は是非、皆さんもご参加ください」
と朗々とした声で言った。

ねこおしょう? さっき見た案山子にあった名前かな?

女の子が舞台を下がると同時に、もう一方の方から、昔の衣装を着た子供たちが数人、
セリフを叫びながら走り出てきて、劇が始まった。

案山子品評会にも出品されていた、「猫和尚」の話は、こういう話だったのか…いや、元の伝説をもとに
生徒たちがシナリオを作ったというから、ちょっと違うのだろうな。

昨日の朝、公民館の郷土資料の本を読もうとして、読めなかったのを思い出した。
あの本に、猫和尚の伝説も載っているのかな?

などと思いながら劇を見る。
途中、笑わせたり、ややサスペンス的な部分もあったり、ストーリーがよく出来ている。
ゆかさんのお子さんが台本を書いたと言ってたな。
才能あるなぁ。

演技をする生徒たちもうまい。演劇部なのかな。

劇は30分ほどでエンディングになった。

エンディングでは出演者たちが踊り、「皆さんもご一緒に!」
ということで、振付を説明しながら、観客も促され、最後は会場全体がにぎやかに
踊って終わりとなった。

今どきの中学生はすごいなぁ…と感心しながら、会場の体育館を出た。

ゆかさんのブースを見ると、ゆかさんも観ていたのか、走って戻っている姿が見えた。

ブースに近づき、「中学生の皆さんの劇、見ましたよ!」
と声をかけた。
「すごい面白かったです。ストーリーが上手いですね。全然飽きなかった。
ゆかさんのお子さんが書かれたんですよね?」

「ありがとう。友達も案を出してくれたって言ったけど、全体の構成はうちの子が書いたって言ってたわ」

「すごい才能ですね! 将来、舞台のシナリオ書いたり、小説家になれそう。
他の生徒さんの演技も上手くて驚きました」

「今の子たちは、インターネットもあるし、いろいろ取り込んで表現するから、
私たちの子供の頃とは違うわよねぇ。明日もまた同じ時間に劇をやるのよ。」

そう言いながらも、ゆかさんは嬉しそうだった。


この後、他のブースも見て回った。

他の野菜と一緒に、手作りだという黒ニンニクも売っているブースがあった。
地元で作ったとのことで、小ぶりのニンニクが数個、ビニール袋に入っている。
市販のものは結構高価だが、ここではお手頃価格だ。

明日からまた日常が始まる。
元気をつけるために、一袋買う。

「これサービスね」
と言って、売っているおばちゃんが、小さいニンニクを1つ袋に入れてくれた。
とても得した気分になる。

「○○地区焼き物の会」と看板が掲げられたブースでは、会員の人達の手作りの焼き物類が
売られていた。

そうだ、みやこさんに頂いた菊の苗を植える鉢が欲しいな。

そう思って見ていると、ちょうど良さそうな大きさの鉢があった。
趣味の会が作っているだけあって、値段もお手頃。
手作りの味わい深い鉢も一つ購入した。
あの菊に合いそうだ。植え替えが楽しみになる。

また場内アナウンスが入った。
「太鼓の演奏が始まります」

しばらくすると賑やかな太鼓の音が体育館から聴こえてきた。

公民館で練習していたものと同じだろうか。
今月の末に神社だかお寺だかの祭りがあると言ってたな…村の鎮守の秋祭りってやつだなぁ。

そう思いながらあらためて周りの景色を眺めると、
もう赤や黄色に色づき始めてる樹々があるのに気づいた。

季節は移ろい、秋が深まっている。

太鼓の音を聞きながら、場内を少し見て回った後、宿に戻ることにした。

日もすっかり短くなり、まだ午後も浅い時刻だが、日差しは夕方のようだ。

民家の塀の上で、猫が日向ぼっこをしながら寝ている。

今日見た劇を思い出した。
オリジナルの伝説はどんな話なのだろう。
公民館の図書室に行ってみようか。

宿の前を通り過ぎ、公民館に着いた。
が、入り口のガラス戸に「本日臨時休館」の張り紙があった。
秋のイベントで、管理人さんも駆り出されているのだろう。

まあ、しょうがないか。

宿に戻り、風呂に入ることにした。

まだ誰も入っていない。午後の掃除後の一番風呂のようだ。

脱衣所には 「今日は、生姜の葉のお風呂です」という張り紙が貼られている。

生姜の葉? 葉生姜の茎と葉だろうか。
そんなことを考えながら浴室に入った。
身体を洗い、今日は最初に生姜の葉の風呂に浸かる。

生姜の葉はネット袋に入れられた湯に浮いている。
湯気から生姜の香りが漂う。

葉の香りは、いわゆる生姜の香りを、さらにフレッシュにしたような香りに思う。
身体から何か悪いものが払われるようで、清々する。
いわゆる「心のデトックス」というやつだろうか。

ぬる目の湯にゆっくりと浸かる。
窓から柔らかい午後の日差しが差し込み、その光の中を湯気がたゆたう。
ゆっくり渦を巻いたと思うと、さあっと横に流れたりする湯気をぼんやり見ていると、
時間を忘れる。

ぼんやりしながらも、鼻をくすぐる生姜の葉の香りで、どこか頭が覚醒しているのが面白い。

生姜の葉の風呂から上がり、大きい湯船の温泉の湯に浸かる。

じんわり身体が温まってくる。

明日はもうこの天国から下界に降りるのだなぁ。

夜に寝る前にもう一度湯に入ろう。

風呂から上がり、夕食までの時間、洗濯物を片づけたり、ぼんやりテレビを見て過ごした。
ニュースを見ると、だんだん現実に戻っていく。
一瞬、スマホに届くSNSを確認しようと思ったが、やめた。
重要な通知は来ていないのだから、わざわざSNSを見ることもないだろう。

日がだんだん陰ってきた。
夕日の光を味わいたく、暗くなるまでぎりぎり灯りをともさないでいた。

10月も中旬になると、日が暮れるのも早くなっている。
そろそろ夕食の時間だな。

母屋に向かった。

母屋に入り食堂の引き戸を開けると、既に炊飯器と、汁が入っている大きななべが置かれていて、
先日、お風呂で一緒だった若い女性と、中田さん夫妻が各々、ご飯をよそったり、
お椀に汁を入れたりしていた。

「こんばんは」と言いながら近づくと、私の姿を見て、「あら!」とか「こんばんは」とか口々に声をかけてくれた。

それとほぼ同時に、せつさんが、「おまたせしました。揚げたてを持ってきたわよ」
と言いながら、おかずをお盆にのせて運んで来た。

「今朝、せつさんから、今夜は稚鮎の唐揚げと聞いて、今夜はここで食事をとろうと思ったの」
と中田の奥さん。
「稚鮎は珍しいからね」
と中田さんのご主人。

「冷凍ものだけど稚鮎が入ったから、揚げてみたのよ」
とせつさん。

「今日も、きのこと大根のお汁です。きのこは今が旬だからたくさん食べてね。
あと、生姜のみそ炒めと秋ナスのおつけものも、炊飯器の脇にあるから、お好みで取ってね」

せつさんはそう言いながら、各人におかずを配った。

今夜のおかずは、青菜と油揚げの和え物ときんぴらごぼう。そしてオプションの稚鮎の唐揚げ。
唐揚げは揚げたてでまだジュウジュウいっている。

「いただきます!」

皆が口々に言って食事が始まった。

熱々の稚鮎の唐揚げをふうふうしながら食べる。
ほんのり苦味があって美味しい。ほんのりだが鮎の香りもちゃんとする。

「今日の小さい方のお風呂は、生姜の葉の湯でしたね」
ご飯と一緒にお茶碗に入れてきた、生姜の味噌炒めを食べながら、私が言うと、

「生姜の香りは邪気を払うって言いますよね。生姜自身、身体も温まるし、お風呂にぴったりですよね」

若い女性が言った。

「さすが、詳しいですね!」

と私が言うと

「アロマっていうんですか、そういうのに興味を持ったのはここのお宿のお風呂に入ってからなんです」

と答え、続けて、

「今年の5月の終わりころ、初めてここのお宿に泊まったんです。2泊。
その時の最初のお風呂が、バラの花がたくさん浮かんだお風呂で感激したんです。
翌日がラベンターの茎と葉のお風呂。お花がなくてもラベンダーの香りがして。
おしゃれなホテルでなくて、こんな鄙びた宿なのに素敵だと思って。
それから薬湯やアロマのことを本で勉強始めて…。で、またこの秋に来ました」

と彼女は一気に話した。

「あと、私、猫も好きで。ここのお宿、猫もよく見かけるから」

「ここの猫? 母屋の入り口のワンコは知っているけれど、猫はここに来た日にちょっと見かけたぐらいかなぁ」

と私が答えると、

中田さんのご主人が笑いながら、

「この辺りの猫は、〇〇寺に集まるって云うからなぁ。ねえ、せつさん?」

とおっしゃる。

お茶の用意をして食堂から下がろうとしていたせつさんは、
「そういう昔話がこの辺りにはありますからねぇ」
と同じく笑いながら答えた。

「あ、それ、今日、収穫祭りのイベントで、中学生の劇で見ました! 猫和尚でしたっけ?
楽しい劇でしたよ。あと、猫和尚の案山子もありましたよ。私、投票しました!」

私も饒舌になりつい口を挟んだ。

「うふふ、本当はねぇ、ちょっと怖い話なんだけどねぇ。うちの猫たちは、どうなんだろう? 
確かに時々集団でいなくなるわねぇ」

とせつさんは、やはり笑いながら食堂から出て行った。

「私たちは、明日、その秋の収穫祭りで、公民館の体操教室の発表会があるから行くんだけれど、
その中学生たちの劇は明日もやるのかしら?」

と中田さんの奥さん。

「明日もあると聞きましたよ。今日と同じで昼過ぎから上演みたいです」

と私が答えると、アロマに詳しい女性も

「私は明日帰るんだけど、帰る前に私もそれを見ようかしら。猫好きとしては、猫の案山子も見たいし」

と嬉しそうに言った。

その後、猫談義やらアロマ談義やらで、話が盛り上がり、中田さん夫妻の体操教室の話題も加わり、
賑やかに楽しく夕食が進み、きのこと大根のお汁も思わず3杯もお替りをした。

「私も明日帰るのですが、もう朝のうちに出ないといけないので、もう明日は収穫祭りは行けないのですが。
でも、ここのお宿は料理も美味しいし、お風呂も良いし来れて良かったです」

「それ、せつさんに言うとせつさん喜ぶわよ。私たちもここ数年来、よくここに滞在するんですよ。
そういう人、多いし、あなたもまた来たら良いですよ」

「私も2回目ですし、リピーターになりつつあります。薬湯というかアロマのお風呂楽しみですし。
仕事の休みをみつけて来ようと思ってます」

「そうですね! 私もまた時間作って、ここにまた戻って来たいです」

そんな話をしながら、後片付けをして、部屋に戻った。


最後の夕食は、思いの他、楽しい時間を過ごせた。
そういえば、私自身も、いつの間にか知らない人と話をしている。

そういえば、手の荒れも足にあった小さな傷も治っている。
ここに来るまでにあったしつこい肩こりも、忘れるくらい軽くなっている。
温泉効果はもちろんだが、仕事や日常から離れて心がゆったりしたせいだろう。
スマホを見るのを減らして目が疲れなくなったことも大きいだろう。

持ち歩いて少しヨレヨレになった、「お散歩マップ」を、部屋の小さなテーブルの上に広げた。
たまたま訪れたこの土地だけど、数日歩き回ったり、土地の人と話をするうちに、興味を持つようになった。
しかも私は、昔話や伝説が好きらしいことを、今回気づいた。

そして頂いた菊の苗から、まったく興味のなかった植物育てにもちょっと興味が出てきている。

疲れを取るために温泉に癒されに来たのだけど、それ以上に何か世界が広がった気がする。

寝る前に、もう一度浴室に行って、お湯に浸かって温まった。
大きい湯船の湯の、ほのかな硫黄の香り。

また来たいな。

部屋に戻り、ほかほかと温まった身体で布団に入いり、本を少し読んだ後、眠りについた。


(つづく)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?