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夢うつつ湯治日記 番外編~2泊3日 浜辺の旅 12月某日 2

 2.番外編~浜辺の旅 12月某日  1日目(2)

食事は、広い和室の大部屋。
宴会場にも使われるのだろうか、大きな床の間にカラオケセットもある。

昭和レトロな、親戚の古い家に来たような気がした。

壁にこの辺りのお祭りらしい様子の写真や大きな魚の魚拓が掲げられている。


私達を含め3組の宿泊があるのだろうか、大きな座卓が3脚、少しずつ離した置かれ、食器がセッティングされている。


既に一組、中年のおじさん3人が先客にいる。


「〇〇様ご一行」と書かれた紙のある机に座る。

女将さんとは違う女性が「お飲み物はどうされますか?」と、飲み物を書いた紙を持って聞きに来た。
食事時にお手伝いに来たらしい。

「魚ならやっぱり、日本酒よね。地酒とかありますか?」

「この辺りではないですが、県内の別のところで作っている地酒なら、これがありますよ」

「小瓶ですか。うーん、皆飲むよね?じゃあ、これを冷やで…3本!」

よりちゃんがサクサクと注文した。

しばらくすると、竹製の舟の形の大皿に盛られた刺身と日本酒が運ばれてきた。

「おお!」と一同歓声。
舟盛りはテンションがやはり上がる。

あーちゃんが「なんのお魚の…」と言い終わるより早く、女性は
「これは真鯛、あとこっちはかわはぎです。これはかわはぎの肝。
の黒鯛は、あちらの方の釣られたものでサービスです」
と説明した。

「え!」
「すごい」
「良いんですか」

先客の3人組のおじさんの一人が笑いながら手を挙げた。

「ありがとうございます。すごい」

「新鮮だよ!食べてみて!」

すっかりビールで酔っているおじさんは、ニコニコしながら言った。


「黒鯛! 黒鯛ってチヌって呼ばれる魚ですよね?」
さすがあーちゃんは詳しい。

よりちゃんはすかさず、お膳を運んできた女性に、
「すみません、ビールを1本、こちらのツケであちらに差し上げて下さい」
と言った。

よりちゃん、さすがである。

「これからどんどんお料理持ってきますから、先にお刺身召し上がっていて下さいね」

そう行って女性は奥に戻った。

「ちょっと待って。食べる前に写真撮らせて!」
「私も!まずは写真で記録したいから」

よりちゃんとあーちゃんは、デジカメで写真を料理の写真を数枚撮った。

そして、やっと料理にありつける。

「まずは乾杯!」

刺身と日本酒はやはり合う。

「かわはぎのお刺身! 食べてみたかったの」

「よくぞ、日本人に生まれけり!って感じ」

「というか、よくぞお酒が飲める身体で生まれけりだわ」

かわはぎの刺身が、甘くて柔らかくて美味しい。

黒鯛も旨味が強い。

お酒が進む。

「黒鯛って、真鯛と味が違うのね」

「なんか、真鯛の刺身が珍しくない味になっちゃうね。ものすごく美味しいんだけど」

「贅沢な舌になっちゃう~」


「美味しい!美味しい!」と言いながらも、
よりちゃんもあーちゃんもどこか冷静に味わいながら、メモに何か書き込む。

さすがどちらも研究家である。


「黒鯛、旨いだろう? ビール、ありがとうな!」

おじさんたちが声をかけてきた。

「こちらこそありがとうございます!」
「黒鯛、初めて食べました。すごい美味しいです」

「この辺りでよく釣りをされるんですか?」
よりちゃんがおじさんたちに聞く。

「うん、シーズンに1回は来るね。釣り、興味あるの?」
とおじさんの一人。

「いえ、釣りは分からないのですが・・・。この辺りで見どころとかご存じかなと思って」
とよりちゃん。

「そうねぇ。俺たちもあまり観光はしないからなぁ。でも、景色は良いよね」

そこへ今度は女将さんが料理を運んできた。

「お待ちどうさま!キンメダイの塩煮です。うちは甘醤油味の煮つけでなくて、塩煮なんですよ」

「魚の塩煮!沖縄ではマース煮という料理があるし、イタリア料理でアクアパッツァが塩で味付けした煮魚なのよね」

あ~ちゃんが語る。

「塩煮、美味しい~。私、甘い醤油の煮つけよりこっちの方が好き。あの味だと魚の味が分からないよね」

「新鮮な魚だからこそ、味が分かる塩煮よね」

女将さんとお手伝いの女性が代わる代わる料理を運んでくる。

「食べきれるかなぁ。胃袋2つ欲しいよね(笑)」

「この辺りのことは、やっぱり女将さんが詳しいよ。おかみ、お嬢さん達が、この辺りの見どころ知りたいって。」
おじさんは、先のよりちゃんの質問を女将さんに振った。

「今、お忙しそうだから、あとでお時間のある時にでも、教えて下さい」
とよりちゃん。

「明日の朝でも良いかしら?」

「はい!」

料理は引き続いて、海藻と野菜の酢の物、根菜の煮物、地元野菜のサラダが運ばれてきた。

あーちゃんが食べながら、何かメモを取る。
「味を忘れないうちに書き留めてるの」

「味を表現するって難しいでしょう?」
よりちゃんは感心したように言う。

食べ終わったおじさんたちが、部屋を出るために私たちの卓のそばを通った時、
一人のおじさんが、
「それ、マグロの子だよ」
と小鉢の料理を指して言った。

「マグロの子?! 子供のマグロ??」

「いや、マグロの卵だよ。ここいら辺りでよく食べらるの。うまいよ」

「へええ!」

あーちゃんがすかさずメモる。


「じゃあ、お先にね」「明日も釣りで早いから、俺らもう寝るわ」

おじさん達は食堂を後にした。


「マグロもいろいろいるけど、何マグロの卵だろう?あとで女将さんに訊いてみようっと」
メモを取りながらあーちゃんが独りごちる。

「マグロの卵!巨大なタラコみたい」

「魚卵は好き嫌いがあるけれど、私は好きだわ」

地元で食べられる料理や、釣り人に好まれるような魚料理。
初めて食べるものばかりだけど、美味しい。

「通の味はやっぱり良いよね。ただ一般の人には受けるかどうかなんだよねー。
でも好きな人は好きだし、マスコミに取り上げられるとブームにはなるけどねぇ」

よりちゃんが、考えながら言うが、口に料理を運ぶ手は止まらない。。

「魚の臭みが気にならないね」

と私が言うと、あーちゃんが

「新鮮なのが一番の要因だと思うけれど、調理法も良いのよね、きっと。
煮る方法かしら…」

とほとんど独り言のようにぶつぶつ言いながらメモを取る。

研究熱心な2人を前に、私はひたすら食べて「美味しい!」を言う係に徹している形だ。

「魚料理は日本酒が進んで困るねぇ~」

「いわゆる観光客受けはしないかもしれないけれど、地元に受け継がれてきた美味しさだし、私は文化を感じるのよ」

「よりちゃんは、そこを知りたいのね」

「そうなの。そこにシーズとニーズがあるからね」

ニーズとシーズかぁ。すごいこと考えてるんだなぁ。
私はいつも単に、「景色きれい!」「これ美味しい!」しかないもんなぁ。

2人の話に感心しながら、サラダを食べる。野菜も瑞々しい。

「根菜も葉物野菜も、この辺りの畑で採れたものだって言ってたね」

「サラダにポテトサラダが添えられるのはどこもお約束ね~」

「でもポテトサラダを食べると、ビールが飲みたくなるわぁ」

「はいはい!マゴチとキスのフライね。揚げたてだから熱々を食べてね。その抹茶塩をつけて食べてね」
女将さんが入ってきて、皿を並べながら言った。

フライを見て、よりちゃんは「やっぱりビールよ!」と、すかさずビールを追加注文した。

「最後にご飯とお味噌汁を出すので、その時は声をかけて下さいね」
そう言いながら、女将さんは奥に戻った。

「磯ものの魚介類は、供給量が安定しないせいか、
地元でないと食べられないよね。地元でだけ消費する魚もあるし」

マゴチとキスのフライは、どちらも白身魚だけど、味が少し違う。
たくさん食べた後のフライは重いかと思ったが、軽く揚げられているので、パクパク食べられた。

食堂は玄関脇だが、その玄関の引き戸を開ける音がして「遅くなりましたー。今着きましたー」という男性の声が聞こえてきた。

女将さんが出たらしく、
「すみません、道に迷ちゃって、灯台がある方まで行っちゃって」
「あらまあ、あんな遠いとこまで。もう食事も用意できていますよ」
「先に風呂でも良いですか? バイクだったから身体冷えちゃって」
という会話が聞こえてきた。
もう一組の宿泊客らしい。


「いやあ、いっぱい食べたわ~。もう入らない」

「お酒、ちょっと飲み過ぎたかも、私」

「食べきれないと思ったけど、なんとか食べられたわ。お魚はお肉と違って軽いよね」

「ご飯は食べられないけれど、お味噌汁は頂きたいよね」
三人の意見が一致し、お味噌汁だけお願いした。

お味噌汁は、ワカメとアサリの味噌汁だった。
よく効いただしの香りが鼻に抜け、口に広がり、満腹の胃に柔らかに沁み渡った。


「ごちそうさまでした!」「すっごく美味しかったです~」

部屋に戻る前に、厨房に声をかけた。

厨房では後から来たお客さんの料理を用意している女将さんが、「はーい!良かった」と手を揚げながら答えた。

狭い階段を上がり、二階の部屋に戻った。
布団を敷き、ほぼ寝る支度をして、各々自由にくつろげるのは、
やはり長年気心の知れた友人だからだ。

私はぼんやりテレビを見ていたが、
よりちゃんもあーちゃんも、部屋の卓にノートパソコンを置き、座って一心に何かを打ち込んでいる。

「ごめんね。今日の出来事や気になったことをメモしているの」

「私も、食べた料理の写真と味を、覚えているうちに簡単に整理したくて」

「テレビの音、うるさい?」

気になって聞いてみたが、二人とも
「全然、気にならないよ」 「大した事やってないから大丈夫~」
というので、そのままテレビを見ていた。

番組は、どこかのお祭りを少々面白おかしく伝えていた。
地元の人らしいおじさんが、朴訥と由来を説明している。
どこかのお寺の和尚さんらしい人が、一般的な仏教の説明とからめて話している。

それを見ながら、私は夕食の時にいた宴会場の壁を飾っていた写真を思い出した。
色とりどりの旗がはためいていたっけ。
沢山の漁船もあったな。
この土地でずっと伝わるお祭りなんだろうなぁ。

ふと気になって、スマホでこの付近の伝統行事のようなものがないか検索してみたが、
よい検索ワードも思いつかず、従って大した情報も見つからない。

検索はやめて、布団に入っって、テレビをまた見続けた。

「明日の午前中は、この辺りの道を散策するよ~。知られざる散歩道の開拓したいの」

今回の旅の企画運営係のよりちゃんが、ノートパソコンをしまいながら言うと、

「了解。今日明日といっぱい食べるから、少しは運動したいし、良いね」
打ち込み作業が終わって寝る体制に入ったあーちゃんが、布団に潜り込みながら言った。

「明日も晴れると良いね」
私はそう言って、今日見た景色を思い起こしていた。

高台とそこから見える海の光と、遠くの山々を瞼に浮かべているうちに、
2人より早く、私はうとうとと眠ってしまったようだった。


(つづく)

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