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ひとりで幼稚園に通ったこと

ながさごだいすけ

幼稚園にひとりで通っていた記憶がある。家の向いにあったというような話ではなく、電車で15分、バスに乗り換えて20分の、5-6歳の子供に通わせるにはちょっと遠いと思える場所に幼稚園はあった。でも、間違いなくひとりで通っていた。ひとりで満員電車に乗っていた記憶があるし、母もそうだと言っていた。

自分でやっていたのだから、もちろん可能であるのだが、にわかには信じ難いという気がする。というのは、わたしの息子が幼稚園の時、彼をひとりで幼稚園まで行かせることができたかというと、そんなことは絶対に不可能だったと思えるからである。

それで、なぜそんなことが可能だったのだろうと考えているうちに、いろいろ思いだしてきた。

まず、当たり前のことだが、最初はひとりで通ってはいなかった。わたしは二年保育(当時は一年か二年で、三年保育はなかったと思う)だったので、ある時点から、ひとりで通うようになったということになる。

だが、それがいつだったのか、母に聞いても覚えていないと言う。わたしが今でも覚えている通学の記憶は、満員電車の中でドアの窓ガラスからみた外の風景と、乗換え駅でみんなとバスに乗るところ、あとは帰り路で自転車にぶつかった(怪我をしたのでぶつかった瞬間を鮮明に覚えている。おそらく道の反対側にいたと思しい母の方へ道をわたろうとした瞬間、背後からきた自転車の前輪に耳のあたりがぶつかったのだった)ことの3つだけで、ひとりで通った期間の長さなどまったく思いだせない。

母が昔から良く話していたのは、わたしは、年長になったときに入ってきた同じ町に住む同級生の女の子と、ふたりで通うようになっていたが、あるとき帰りの電車でわたしだけが降りてきて彼女が降りて来なかったために親たちはパニックになったというエピソードである。速やかに電車に連絡が行き、彼女は隣の駅で降ろされたので事なきを得たという。

だが、わたし自身はそのことをまったく覚えていないのである。そういわれると彼女の顔を思い出すが、彼女はその後小学校や中学校で何度か同じクラスになっていたし、やはり同じ幼稚園の同窓生ということでなんとなく親しくしていたから思いだすだけのことだろう。

それにしても、二人で仲好く電車に乗ったのなら、なんでわたしはひとりで降りたのだろう。なんとなくおぼろげに覚えているのは、彼女がもっとずっと先に住んでいる友達のところに行くと言ったので、わたしがひとりで降りたということだ。そうだったような気もするし、そうでなかった気もする。

今回、思い切って母に聞いてみたが、母もわたしがひとりで通うことになった理由は覚えていなかった。たぶん、乗換え駅まで急行で一駅であり、駅で降りたら10人ほどの同級生とその親がバス停で待っているから、大丈夫ということだったのではないだろうか。同級生の親の中には母の女学校の同級生もいたので安心できたということもあったかもしれない。

そもそも、わたしがなんでそんな遠くの幼稚園に通うことになったのかも、母は覚えていなかった。その幼稚園は母の女学校のそばにあり、だからなのだろうとわたしは漠然と考えていたのだが、そんなことはまったくなかったと母は言下に否定したのである。

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