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妹夫婦(2) ~メール~

母はよほど気になったらしく、滅多に打たないメールを妹に出した。「様子が変だったので、心配しています。お返事待ってます。」

ところが、1日経っても2日経っても返事が返ってこない。

(返事できないくらい面倒な状況になっているな)とわたしは思ったが、そんなことを母にいうわけにはいかない。

「そんなに気になるなら電話したら?」

母が家に電話すると、妹はすぐに出たが、「ああ忘れてた、ごめんなさい、すぐ書きます」と言って切れてしまった。

それですぐに帰って来たメールには「遅くなってすみませんでした。とくになにもありません」とだけ書かれていた。

母の気持ちがわからない妹ではないので、これは要するに、説明し始めたら母さんが余計に心配するのでもう聞かないでくれ、ということなのだとわたしは思った。さいわい母も同じように理解したらしく、あとはもうなにもいわなかった。

その後の連絡がないまま一月が過ぎ、二月十一日に妹が婿殿と二人で現れた。婿殿はずいぶん疲れた様子だったが、年齢のせいかと思ってなにも聞かずにいた。義父は一応退院したと言ったように思うが、妹夫婦はいつものように事情をハッキリと説明しなかった。しかたなく、帰った後で母と二人で、「つまりお義父さんは退院されたみたい? とりあえず安心みたい?」と確認し合ったほどである。ハッキリ言わないこと自体が何かの符牒だとは少なくともそのときのわたしは(そして多分母も)思いもしなかった。いつものことだと思ったからである。

だが、そうではなかったのだ(と思う)。その符牒にわたしたちが気付けなかっただけなのだ(と思う)。

「あらやだ、アイ子からメールが入ってる」と母が突然言い出したのは、妹夫婦が来てから五日後の二月十六日のことだった。

いつものように居間でTVを見ているとき、なにげなく見たケータイにメールの着信ランプが点いているのに気がついたのである。二時間前に着信していたのにそれまで気付かないでいたのだった。

メールには『岸森のお父さんが亡くなりました。お通夜は〇月〇日午後〇時、葬儀は〇月〇日〇時。場所は〇〇です。』とだけ書かれていた。

「なんでメールなの?」と思わずわたしは言った。

しかも、亡くなった日時も場所も死因も書かれていない。ビジネスレターを写したにしても簡素に過ぎる文面の意図がよくわからない。一般的な葬儀の案内状でももう少し詳しく書くのではないだろうか。単にiPhoneで文字を打つのが面倒だったから、というのはいかにもありそうなことだった。でも、なぜメールでなく電話をしてこないのだろうか。

「すぐ電話した方がいいよ」とわたしは母に言った。

ところが、母も母で、ケータイのメールを見ながらなのに、「アイ子の電話番号がわからないの」という。台所に行かないと書いたものがないわ、と言いながら立ち上がろうとするので、

「ケータイ持ってるじゃん」とわたしが言うと、

「これにはアイ子のケータイしか入ってないの」と母は答える。

「ケータイで良いじゃない? なにが問題なの?」

「家に電話して、もしいたら出ればそれで良いから。いなかったら留守電にでも」と母はわけのわからないことを言う。「だって迷惑でしょ?」

どうやら妹が普段の生活を母に話したがらないのは、母の妹に接する態度にも問題がありそうだ、とその瞬間思ったが、とにかく今はそんなことを言っているときではないと思い、

「ケータイにして、もし出られない状況ならあとでかけ直してくるでしょ。留守電があるかもしれないし」とわたし。

「でも、迷惑じゃないかしら」と母。

「迷惑だったら、切っているかもしれないし、マナーモードにしているかもしれないけど、とにかくかけたら良いんだよ」とわたしは、話しながらだんだんいらいらしてくる。この状況で、だれが母親からケータイへの電話を迷惑がるというのだろう?

「でもアイ子のケータイの番号が分からないわ」と母はさらにわからないことを言う。

(いや、ケータイのショートメールいま受け取って読んでるじゃん)と思ったが、もうそれを説明するのも面倒臭くなって、母の手からケータイを奪い取ると、メールの差出人の電話番号画面に移動して通話ボタンを押し、母に「かけたから」と言いながら手渡した。

妹はすぐに電話に出た。やはり病院に行く途中だったらしいが、それで話は通じた。何の問題もなかったと思う。母が、妹に気を使っているのか、それとも単に機械オンチなだけなのか、まだ答えは出ていない。

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母が住む実家で週末ごとに過ごす日々。 母との大切な時間を綴る。