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傷ついた翼(5)

ながさごだいすけ

母は、1回目のワクチン注射の副作用が重かったせいで、2回目のワクチン接種に行かなかった。それが6月初めごろのことだった。4月ごろから、しきりに体調不良を訴えていた母を毎日のように見ていたわたしには、どこまでが実際にワクチンのせいなのか、正直なところよくわからなかったが、「ワクチンが、ワクチンが」とのべつ幕なし騒ぎ立てるので、わたしには、わざわざ口をはさんで気分を害するようなことはできなかった。

むしろ、専門家である薬剤師の妹と歯科医の弟とついでに彼の歯科医の奥さんに、説得してもらいたいと密かに考えていたのだが、彼らも(歯科医の奥さんは除く)わたしと同じく母の子であり、数十年にわたる長い経験から、母の意見に異議を差し挟むはずもなく、母の自由意思を尊重して、2回目のワクチン接種をまったく勧めなかった(むしろ個人の判断を尊重するという、いかにも医療関係者らしい対応に終始した)ので、そのままワクチンの話は終わった。

けれども、その後きわめてゆっくりとではあったが、母の体調も回復してきたようで、コーラスも再開し、7月に入ると、近所の奥さんに誘われたフィットネスにも通うようになった。それで、1回目のワクチンも打った、いつもの医院に7月の定期健診に行った母は、医師に勧められて、数日後に2回目のワクチン接種を予約して帰ってきたのだった。

接種の日はちょうど再開したコーラスがある日だったが、ワクチン接種は夕方だということで、問題はなかった。フィットネスのほうが、3回目を墓参りでドタキャンしてから1度も行っておらず、今度こそという感じでたまたまワクチンの翌日に予約を入れており、しきりに確認の電話が入っていたものの、はたで聞いている限りでは、特に断るようすもなく受け答えしていた。

あんなに接種を嫌がっていたはずだったのに、どうやらコーラスが再開されて、他のメンバーに話を聞いて自分だけが極端に悪かったわけでないことがわかり、体調も回復したので再びその気になったのであろうか。フィットネスを始めた影響もあるのかもしれない、とわたしは思った。だが、それにしては、フィットネスの3回目はもう何度となくキャンセルされているのだった。

ワクチン接種が終わって帰ってきた母は、今回も腕が痛いといったが、1回目のときよりはずいぶん楽そうであった。今回は痛み止めもなにも出してくれなかったので妹に聞いていた痛み止めを買ってきた、と言ったが、結局使わなかったようだった。

というわけで、めでたしめでたし、と思っていたら、翌日、母はフィットネスをキャンセルしてしまった。何故かと聞くと、「こんなに腕が痛いのに行けるわけないじゃないの」と強い口調で答えたので、わたしはなるほど、と思った。もしかして、また口実を作るためにワクチンを打ったのではないかとすら思えてきたが、さすがにそれはないだろう。だが、いろいろな思惑が重なった、そのうちのひとつである可能性は捨てきれないと思った。

しかし、敵もさるもの、どうしても体験コースは3回しないといけないようで、フィットネスクラブの受付の人からしつこく電話がかかってくる。結局翌週にまた3回目の予約を入れることになり、母もあきらめたらしく、今度こそめでたく全3回のフィットネス体験コースを修了したのだった。

その後も、近所の奥さんからはしばしば電話がかかってきていたが、あれ以来母はフィットネスにはただの一度も行っていない。そのうち奥さんからの電話もかかってこなくなった。この原稿を書いている今日は秋分の日で、2カ月が過ぎたことになる。コーラスのほうは緊急事態宣言にもかかわらず、毎週定期的に続いている。予想通りの結末だったな、と思いながら、もちろんわたしも母になぜフィットネスに行かないの、などと聞いたりはしないのだった。

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