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「時刻表」

ながさごだいすけ

中島みゆきの『時刻表』を聞くたびに思い出すのは、電車の時刻表ではなくて、なぜかフェリーの時刻表である。

それはたぶん「今夜中に行って来れる海はどこだろう」と歌っているせいなのだけれど、海に行くからといってフェリーに乗る必要なんてふつうはない。みゆきが歌っている時刻表は、海にいける電車の時刻表なのは明らかである。

それを、なんとなく大阪南港から出発する四国行のフェリーに重ね合わせてしまったのは、切実な思いでそのフェリーに乗ったという記憶がどこかにあるためなのは明らかだった。

もっとも、わたし自身、もうずいぶん長い間フェリーに乗っていない。最後に乗ったのはドーバー海峡だったろうか。少し前に、ふと思い出して検索してみたら、その昔、わたしが何度か利用したことのあるその四国行きのフェリーはもうかなり前に廃止されていた。

わたしが実際に使ったのは30年以上も前のことなのだから無理もない話である。その間に、四国には橋がいくつもかかって、わざわざフェリーを使う必要などなくなってしまっていたのだし、飛行機ならもっと昔からずっとあったのだから、もうフェリーで一晩かけて行く人などほとんどいなかったのだろう。

その頃、巷では『悲しい色やね』という歌がはやっていて、その中に「大阪の海は悲しい色やね」という歌詞が出てくる。この歌もフェリーとは関係ないのだが、なんとなく、その悲しい色の海が大阪南港の海に思えてしかたなかったのは、いつも真っ暗な夜の海だったからというだけのことなのだろうけれど。

わたしはただ現実から逃げるために、大阪南港で午後9時発のフェリーに乗ったのだったのであって、なにかを期待していたわけではなかった(と思う)。

2等の雑魚寝がなつかしい。

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