初めてのフェリー(10)喰人鬼の噴水
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初めてのフェリー(10)喰人鬼の噴水

わたしと妹の初めての海外旅行が、母たちの廻った経路を忠実に辿るものだったのならば、どうしてバーゼルでなくベルンに行ったかと思うかもしれない。わたしも永らくその理由を忘れていたが、このエッセイを書き進めるうちに思い出した。わたしには、どうしてもベルンに行きたい切実な理由があったのである。なにが切実なのかかなり疑問だけれども、そこは思春期にありがちな過剰な思い入れというやつであろう。

ツアーとは言っても、ロンドン発着の航空券だけのツアーで、残りの日程は完全なフリープランだったのだから、どこに行ってもよかったが、当時はまだ学生で、欧州など次にいつ来られるかわからない状況だったので、なるべく多くの国を回ろうと考えた。でも、スポンサーの母が嫌だと思う国に行くことはできない。イタリア、スペインなど南欧は治安がいかにも悪そうだったので最初から選択肢に入っていなかった。東欧諸国は、当時まだ共産圏でそう簡単には入国できず、これも最初から問題外であった。北欧は逆に治安が良すぎて魅力に欠けていた(大学出たての餓鬼の視点なので勘弁してほしい)。

ドイツも、たぶん母の感覚では準東欧諸国なのであった。なんといっても東ドイツがあったし、東欧諸国と国境を接していたからである。もしかしたら母の記憶の中には、敗戦国としての貧しいドイツが、占領下日本の記憶とダブってみえているのかもしれなかった。そんな母の下で育った子供たちがいつのまにか同じような感覚をもつのは避けられないことだろう。ドイツはいつしか怖い国として、わたしのなかに定着していた。もちろんゲーテ、ヘッセ、マン、ハイネ、ケストナーなどの作品が好きで、高校時代からドイツ語を独学していたわたしは、どうせならドイツにも行きたかったが、スイスで妥協した。スイスもドイツ語圏のひとつだったからである。

実は、わたしはスイスに行ったらかならず行ってみたい場所があった。それが、ベルンの旧市街にあるという「喰人鬼の噴水」だった。そこは、中学以来の憧れの場所として、わたしの心の片隅にずっと存在していたのだった。

それは立原えりかの『喰人鬼の噴水』に出てくる噴水で、『立原えりか作品集』の書き下ろしの最終巻(第7巻)として1973年5月に出版されたそれを読んで以来、ずっと心に残っていたのだった。そこに行かなければならない、という強い想いが作品を貫いていたからである。

物語は、30年の時を経て(元)少女が、「スカンジナビア航空七〇一便、コペンハーゲン行き」に乗り、さらに「コペンハーゲンからパリへ、パリからジュネーブへ、さらにベルンへ、わたしは運ばれて行く」(『喰人鬼の噴水』p.18)ところから始まる。はっきりとは書かれていないが、少女がいるのは日本で、これから北回り航路で欧州へ行こうというのである。

30年前、その少女が15歳のときにおきた一角獣との不思議な出会いが、そこでは語られている。プロローグで、彼女は、30年ぶりに約束の場所へと出かけていき、最後のエピローグで、やっとベルンに到着するのであるが、その喰人鬼の噴水がベルンに実在することを、わたしはなぜか最初から片時も疑っていなかった。物語の中の30年前といえば、明らかに戦争の前かその間の出来事ということになる。戦争のことは物語には出てこないけれど、当時の読者はいやでも戦争のことを思い出さないわけにはいかなかっただろう。戦争があったからこそ、30年も過ぎてやっとスイスに行けたのだと考えるのがまだまだ自然な時代であった。

何十年たっても、そこに行かなければいけない、という強い想いは、行けるかどうかもわからない欧州への憧れといっしょになって、いつしか幼かったわたしの心の中にひっそりと住み着いていたのだった。

もちろん、それは物語への単なる憧れに過ぎない。わたしは、常にそのことを強く意識していたわけでもなく、多分すっかり忘れてしまっていただろうと思う。それが、思いがけず欧州に行けることになって、ガイドブックを観ているうちに、ずっと昔に恋焦がれた喰人鬼の噴水に再開し、「行かなければならない」と思い込んでしまった。戦争があっても、30年たっても、そこに行かなければならない。そこは約束の地なのだと思い込んだ(繰り返すが、大学出たての餓鬼の視点なので勘弁してほしい)。

写真で見たベルンの旧市街の美しい街並みに魅了された、ということも少なからずあったに違いない。実際、ベルンの旧市街の街並みは圧巻で、教会の塔の上から見下ろす町並みは、メルヘンの世界そのままであった(ドイツのメルヘン街道にもこんなにきれいな街並みはない)。町の中央にあるこの教会の塔には、トランクを抱えて徒歩で登ったのである。荷物預り所をみつけることができなかったからだ。それでも美しいことに変わりはなかった。むしろ、苦労しただけ、美しさが増したような気がした。

もっとも、それに比べると、あんなにあこがれていたはずの喰人鬼の噴水のほうは、いささか拍子抜けするものだった。たぶんわたしは、トレビの泉のようなものを想像していたのだと思う。そこまでいかなくても、日本でも公園にある噴水にはプールのように大きなものが多い。まさか神社の手水社のようなものだとはまったく思ってもいなかったのだった。夜中に彼女とふたりきりでずぶぬれになる「甘い生活」のようなわけにはいかなかったのは、言うまでもない(当時フェリーニは観ていなかったけれど)。

考えれみれば、それでも(相手が妹であることを除けば)ずいぶんロマンチックな情景ではあったのだが、意表を突かれたショックのほうが大きかったようである。それきり「喰人鬼の噴水」のことは忘れてしまい、そもそもなんでベルンに行こうと思ったのかすら思い出せなかったのである。

ちなみに、森鴎外が訳したアンデルセンの『即興詩人』にも噴水(ローマの「ピアツツア、バルベリイニ」(バルベリーニ広場)にあるトリトンの噴水)のことが出てくる。こちらもなぜか実在するものとはなから信じ込んでいた気がする。そこを訪ねるのは、もう少し後のことになる。

噴水には不思議な力があるようだ。

(喰人鬼の噴水は、 http://wadaphoto.jp/kikou/suis23.htm でクローズアップの写真を見つけた。彫刻はそれなりに迫力があるが、歩道にあって噴水というよりは壊れた水道みたいである。)


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母が住む実家で週末ごとに過ごす日々。 母との大切な時間を綴る。