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はじめての上司 キャリア・カウンセリング/キャリア開発のための人事制度講座(34)

 私の専攻した学部ではとてもなじみの深い人にコンラート・ローレンツがいます。
 動物行動学者であり、鳥類を中心に、さまざまな動物との付き合いを通じて分かった生態を描いた「ソロモンの指環」(日高敏隆訳、早川書房)は読みやすくてお勧めです(いまでは文庫になっているんですね)。
 ファーブル昆虫記みたいなおもしろさがあります。

 さて、ローレンツさんといえばすぐに思い出すのがガンの子マルティナのお話ですね。
 水面に顔を出したおじさんが、水鳥とキスをしている写真を見たことはありませんか?
 列をなして泳いでいる写真を見たことはありませんか?
 あの人がローレンツさんです。

 マルティナはハイイロガンの子どもです。
 詳しいことはソロモンの指環を読んでいただいた方がよほど面白いのですが、生まれたばかりの雛は水の中にいたかのようにびっしょり濡れた感じがします。
 人間の赤ちゃんは羊水の中にいることもあって、その延長でつい、卵の中には白身があるからそれで濡れているのかなぁと思っていましたが、これはそうではないのですね。
 濡れているように見えるのは羽毛を包んでいる皮膜だそうで、この皮膜であのふわふわの羽毛がぴったりとまとめられているので、濡れているように見えるのだそうです。
 狭い卵の中で上手に羽毛を格納しておくための自然の知恵なんですね。
 孵った後、この皮膜を軽く逆なですると簡単に細かくちりぢりになって、中から金色を帯びた灰緑色の羽毛が現れ、ほぼ2倍の大きさのふわふわの雛になるというわけです。

★おかぁさんは誰?

 さて、ローレンツさんはハイイロガンの卵を孵すにあたって、シチメンチョウの親に卵を温めさせていたのですが、一部を孵卵器で孵しました。
 孵化したときのこと、ある雛は、孵化する様子をのぞき込んでいるローレンツをじっと見ていました。
 じっ~と見つめていました。
 ところが、ローレンツさんがちょっと動いて何かしゃべった途端に、この緊張関係が崩れ、雛がローレンツさんに挨拶を始めました。
 「おか~さ~ん」
 そう、ローレンツさんがちょっと動いて、声を出したがために、この雛はローレンツさんをお母さんだと思いこんでしまったのでした。
 それ以降、マルティナと名付けられたこの雛は、シチメンチョウがお母さんだと思っている兄弟姉妹たちとは別に、ローレンツお母さんとの暮らしが始まるのです。
 この暮らしぶりもなかなか大変なのですが・・・。

 ハイイロガンにとって(というより多くの鳥類の雛にとって)、お母さんとは最初に声をかけてくる動くものな訳です。
 自然界では親鳥が卵を温めているはずですから、妥当な判断基準ですね。
 まさか孵卵器の前でおじさんが見守っているとは思わないでしょうから。

 初めて話しかけてくる動くものがローレンツさんだったマルティナはその後、家族同様に育てられました(実はローレンツさんはハイイロガンの言葉をしゃべることができます。マルティナが「ヴィヴィヴィ?(訳:私はここよ。おかぁさんいる?)」となくと「ガガガ(訳:ここにいるわよ)」とこたえるのだそうです。マルティナは夜中でも数時間おきに聞いてくるので、ローレンツさんも数時間を気に「ガガガ」。そういえば人間の赤ちゃんも小さい頃は数時間おきに泣きますよね。このときにお母さん(お父さん)が抱いてあげたり、億敗を挙げたりというのは本当に大切なことなんでしょうね。それにしても、ガンの子どもたちと話ができるとは。いいなぁ~、うらやましい)

★最初の上司

 ところで、同じような現象を私は新入社員でもよく観察しました。
 新入社員って、最初の上司の影響をとても強く受けるようです。
 上司だけでなくて先輩やその職場の雰囲気ということもありますが、そうしたものに対しても多くの場合、上司、つまり管理職が影響をもたらしています。
 ですから、上司の影響といっても良いのではないかと思います。

 いい加減な上司だといい加減な社員になる-というように似てくるという場合もありますが、上司が高圧的であったがために、新入社員研修の頃は快活だったのが1年後のフォロー研修で集まってもらったときには、妙に投げやり、無気力になっていたということもあります。
 社会人の経験のない新入社員にとって、最初の上司は親鳥に近い存在なのです。
 なので、人事で配属を決めるとき、この人にだけは部下をつけたくないという人のところへは、求められても新入社員を配属しなかったりしました。
 その人の一生を左右するようになるのですから。

 こうした理由から、適性のない人を管理職にとどめておくことについては大いに反対です。
 
「そんなことをいっても、彼はこれまで組織に貢献してきてくれたのだから」
「部下がいないのでは対外的に格好にならないではないか」
「業績を上げているのだから」
「そのうち彼も気づくだろうから」

 いろいろ理由はつけられますが、多くの場合、逆です。

 当然、誰もが最初は素人の管理職です。
 生まれながらの管理職-というわけではないでしょうけれど、初めての時からそつなくこなせるという人はそう多くはないと思います。
 だから初めのうちは大目に見ることも必要かもしれません
 しかし、適性のない人をそのまま管理職にとどめておくことのマイナスの影響は多大なものがあります。
 ましてやより上位の管理職ということになるとなおさらです。
 年齢や社内での経歴を重視するよりも、最も適格な人に任せることを徹底すべきです。

 それにマネジャーとしてよりもプレーヤーとして活躍してもらった方が、本人のためでもあったりします。
 このめるまがの第5号でお伝えしたように、ピーターの法則というのもありますしね。

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