見出し画像

上司が壊れていく キャリア・カウンセリング/キャリア開発のための人事講座(5)

★ 上司が機能しない!?

「うちの課長は自分のことばかり考えていて部下のことなんか全然気にしていないんですよ。
 このところ残業続きでくたくたなんです。このところといったってもう1年近くになりますかね。休みたいと思うんですけどね、休みづらくて・・・。
 えっ、課長ですか? 課長もね、残業続きですよ。これで課長が暇そうにしているんなら、私も切れちゃいますけどね、課長は課長でこれまた忙しそうなんですよ。
 責任感は人一倍強い方ですからね。課員の仕事はすべて把握していますし、口も出しますよ。自分でも仕事を抱えていますからね。
 『君たちだけに苦労させるわけにはいかない。管理職といってもプレイイング・マネジャーだから』って。
 よくもまぁ、そんなに仕事をするなぁと思いますよ。それだけに一方的に責めるのもなんだかなと思っているんです。でもね、休みづらいですよ・・・。自分のことを考えるとね・・・、休まないともたないし、それに課長がほとんどの仕事に手を出してしまうので、このままここにいて自分の能力がのびないんじゃないかと思うんですよ」

 仕事熱心な上司のようです。かなり忙しい職場の雰囲気も伝わってきます。口で言うだけではなくて、自らが率先して仕事をしているんですね。でも、部下としては物足りないというか、もっと何とかしてほしいと思っている。何でこんなことに・・・。
 今回のお題は「無能化する上司」です。

★ 上司は「無能化」する!?

 上司は限りなく無能になるものだと看破した人がいます。ピーターの法則といいます。正確に言うと

「階層社会にあっては、その構成員は(各自の器量に応じて)それぞれ無能のレベルに達する傾向がある」~「ピーターの法則」(ダイヤモンド社)より~

 能力があれば昇進します。昇進すればより高度な能力が求められます。ピーター氏がいうには、昇進してはより高度な能力が求められる結果、徐々に限界に近づいてきます。そうして限界を迎えたとき、つまり現在の職務レベルを卒業して次のポストへ至った時点で、臨界点を迎えて昇進がストップします。臨界点を越えていますから、自然、能力もぱんぱんです。その人にもっともあったところで昇進が止まるのではなく、その一つ上で昇進が止まるのです。しかも、ぱんぱんの状態で長くいると疲弊します。こうして上司は無能レベルになって初めて昇進が止まり、そこにいることにより無能の程度が深まっていくというわけです。
 ピーターの法則で挙げている事例として、優秀なエンジニアがあります。そのエンジニアは仕事上の優れたスキルが認められて管理職に登用されます。ところが、彼が管理職になってからというもの現場に混乱が生じます。管理職になったその彼が、部門のマネジメントよりももとの現場の業務を優先し続けたためです。全体をコントロールする人がいないためある人は手持ちぶさたですることがなく、ある人はそんな上司をフォローするために忙しくてしょうがない。当然、決裁業務も進みません。優秀さを見込んで昇進させたその人が昇進したことによりあたかも無能になったかのように見えるのです。
 この方の上司も、このピーターの法則を証明するケースなのかもしれません。

★こんな私が悪いのか、させたあなたが悪いのか?

 ピーターの法則が発生するのは「本人の努力不足」なのでしょうか、それともそのような人事を決めた組織の責任なのでしょうか? 本人の努力不足説に立てば、「無能レベルになったのであれば、早く辞めさせればいいじゃないか」ということになります。確かにその通りなんですよね。うまくいかないなら辞めてもらえばよい。
 ところが話はそう簡単ではないのです。
 ピーターの法則の解説を読んで気づいている方もいらっしゃると思うのですが、暗黙の前提として「人間は変わらない」というものがあるようです。でも実際はそんなことはありませんよね。いつでも人間は成長することができます。このことをうまく言い当てた日本の人事のことわざ(?)に「地位が人を作る」というものがあります。そのポジションになるとそれらしい発想や能力、行動特性を身につけるようになるというものです。
 私も実際に何人も目にしてきました(ただ、残念なことに勘違いして、変な行動特性を身につける人もいます。ポジションが高くなった途端に態度が大きくなる人。これも地位が人を作っているわけです。残念ながら、これは人の側に問題があるようです。交流分析的にいうと人生脚本に問題が・・・おっと、これ以上深入りするとめるまがの発行容量を超えてしまう・・・)。その人にその役割を任せた側としては、変わってくれるのではないかと期待している部分も大きいわけです。やらせてみないと分からないという側面もありますからねぇ(ポジションが高くなった途端に高飛車になるというのもさせてみて初めて分かることですし・・・)。つまり、本人の努力不足とも組織の責任とも言い難いところがあるわけです。特に本人の成長ということを信じれば信じるほどに・・・。

★ 慣性の法則

 しかし、考えておかなければならない点があります。「うちの上司、ありゃ使えないね」といわれつつ、本人は一生懸命職務を全うしようとしている。上司の上司は「今が限界かもしれないが、あいつはあいつなりに一生懸命やっているんだから」と、放置する。結局誰もが不満、不全感を感じながら過ごしていくことになってしまいます。これって健全な姿でしょうか? そもそも一生懸命やっている本人にとって本当に幸せなことでしょうか? このままその人の行動変容を待つのも妥当な方法かもしれませんが、本人のためにも、他の人に交替してもらうということも考えなければならないのです。
 我々にはどうしても変化を嫌う傾向があります。ニュートンの「運動第2法則」のようなもので「慣性」が働くのです。できれば、今までやりなれていたことをやっていたいと思います。何たってその方が安心できますから(これも「無能化」を促進する要因の一つかもしれません)。でも役割が、求められる仕事の内容が変わればそれに応じて変えなければならない部分もあります。
 管理職になるのであれば、今までのように現場の仕事ばかりをやっているわけにはいきません。むしろより多くの部下に対して、自分と同じくらいのスキルを持つよう、自分がやるよりも時間がかかって質も落ちるかもしれないけれど、やらせて指導しなければならないのです。自らの手を下して仕事を進めることと部下を通して仕事を進めることには大きな違いがあります。部下を通して仕事を進めるという新しい能力も身につけねばなりません。管理職を任命する時点で組織はそうしたことを意識させておくこと、また当の本人もこれまでの延長線上ではないということを認識する必要があります。
 実は管理職って何なの、どんな役割をするの?−ということを曖昧にしたまま管理職にさせている組織、なっている人は多く見られます(少なくとも「新任管理職研修」くらいはやって、こうした点を明らかにした方が、本人も部下も助かるんですけどねぇ)。そうしたこともやっておいて、また管理職になった後も「一生懸命やっているから」と放っておくのではなくて、上司、あるいは人事サイドから本人にきちんとフィードバックし、行動変容を促すこともやる。最近よく耳にする360度評価もそのための有力なツールです。それでも、どうしても変わらない、変えられないのなら、やっている本人も「求められていることに応えられない」という不全感を感じるのですから、他の人と代わってみるということについて考えることが必要です。

★ キャリア・カウンセリングの出番

 ただ、その時に一方的に交替させてしまうというのは良策ではありません。管理職には向いていなくても担当者としては力量を持っているのです(だから昇進したわけでしょ?)。担当者として活躍してもらえれば良いのです。このとき、キャリア・カウンセラーの果たす役割は大きいです。交替を説得するための「カウンセリング」という意味では決してありません。交替ということをすんなり受け入れられる人は少ないです。何で俺が! きちんとやっているではないか! という思いもあるでしょう。そうした気持ちの整理をしたり、あるいは自分がやりたいことは、本当はどういうことなのかに気づいたりするのを支援するカウンセリングです。
 結果として「それでも管理職をやっていきたい」ということだったら、そのためにはこれまで以上の努力が必要なことを理解してもらい、具体的に一歩を踏み出すことを支援することになるでしょう。担当者に戻るということであれば、「納得して」元の業務に戻ってもらえばよいのです。
 自分の本音に気づくためのカウンセリングです。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?