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小説:遊撃サバイバル3_油断大敵

なんだって、男同士で、こんなところに・・・と楠田は再び思った。渋谷に少し前に出来たらしい、半個室ばかりのイタリアン。

照明は落とし気味で、テーブルの上でろうそくが揺れている。

これ、男同士で来る店か?メニューを眺めてもそう思う。

そもそもメニュー名が洒落すぎてて、説明文を読まないと何のことやらさっぱり分からない。

オルトラーナとかモルタデッラって、書かれて、皆何のことか分かってのか。そもそもこの半個室に案内されるまでに通った半個室は女の子同士か、カップル。あとは合コンらしきグループ。男同士なんて絶対俺たちだけだ。居心地が悪いったらない。

「・・・なんで、この店なわけ?」

「会社の子がすっごい美味しいって教えてくれてさあ」

福田はまったく居心地が悪くないらしい。

なぜだろう、公務員の連中は自分の勤めている団体を「会社」というヤツが多い。わざわざ「会社」と言わなかったとしても、「ウチでは・・」という言い方をする。「うちの署」というのなんて、ドラマくらいだ。

福田は嬉々として、オレ、クワトロフォルマッジオがいい~などと言いながらメニューを眺めていた。

普段はビールのあとは焼酎ばかりで、それ以外を飲もうとしたことがない。カクテルなんかとは無縁のムサイ職場で、ワインを飲む機会などあるわけがない。

どうせワインなんか、ブドウジュースみたいな味だろうよと馬鹿にしてたが、飲んでみると、意外と美味しい。

「へえ、旨いな、これ」ボトルで頼んでワインを持ち上げてラベルを見る。

イタリアワインということ以外はどうせ良くわからんが。

「そうだろ、そうだろ、くっすーももっと世界を広げた方がいいって」福田は自慢げだ。

確かに、料理も旨い。駅のガード下ほど安いわけではないが、意外なほどコストパフォーマンスもいい。

「やっぱ女の子はいい店知ってるよねえ」福田はモグモグとプロシュートを食いながら感心する。

女性の方が情報収集能力に長けているのか、それとも食い意地が張っているのか、こういうことは断然女性の方が詳しい。

男は一度行きつけになったら同じ赤ちょうちんにばかり行って満足しているが、女は新しい店ができたら試してみるからだろう。

クワトロフォルマッジオとはなんじゃいと思いながらも、確かに食ってみれば、旨いと納得なので、楠田も同意する。

「そうだな。同じ給与でなんで女ばっかり旨いものが食えるのか、不思議だけどな」

それは、日々飲んだくれる男と、日頃は節約してたまに美味しい物を食べようとする女の違いだが、当面二人がそれに気付くことはない。

「うまくやってんじゃん」

ただのから揚げにしかみえんが、食うとなんやら色々いい香りがして、複雑な味で、なるほどこれを『から揚げ』とは言いたくないのは店のこだわりなんだな、と納得しながら、楠田は肉から福田へ目を移した。

「ああ、ふくちゃんのおかげだよ。いまんところ、なんもないしな」

「いやあ、絶対くっすーなら上手くできると思ったんだよね」

福田はニコニコ笑いながら人を乗せるのが上手い。

いや、マジだって。福田が食うと、から揚げにしか見えない、なんたらいうお洒落な食いもんを食いながら言いつのった。

「くっすーほんとは面倒見がいいし、自分勝手なヤツがいても切れないで、輪に戻すし、意見が対立しても上手く調整するし、なんだってそんなに上に立ちたがらないのか不思議なくらいだよ」

「オレのは、『岡目八目』なんだよ」

「は、なんだって」

「他人ごとだから良く見える、ってこと。自分が上に立ったらその重圧で俯瞰して見ることはできないんだよ。だからオレは、上にいっても、参謀止まり」

その点、ふくちゃんは、トップに立つ器だよ。とは、言わない。

福田に全部食われる前に、と急いで高そうなプロシュートとかいう生ハムを楠田は口に放り込む。

「くっすーって、人の美点は直ぐ見つけるくせに、自分には点、からいなあ。なにもそんなにシビアに自分を評価しなくてもいいじゃん。オレなんか、『オレって結構すごくない~』と思いながら生きてんだけど」

「すっげえ言いたくないけど、ふくちゃんは、結構すごいよ」ちょっと声がふてくされるのはご勘弁。

「仕事でやれって言われたならともかく、プライベートであそこまで人間観察しないし、普通聞いても忘れるって。しかもなんだよあのマメな収支決算表は」

言いたくないけど、確かにすごいよ。オレはだめだな。人にそこまで関心ない。

楠田はちょっと眉間に皺を寄せた。そうだ、自分と福田との一番の違いは、人に対して関心を持っているか、否かかもしれない。自分のことで手一杯で、他人にそこまで興味が持てないのが、自分の器の小ささな気がする。

こいつは、やっぱり、器がでかいんだな。

・・・ガタイもでかいし、態度もデカイ、声もデカイ。器が大きくても当たり前か。

モグモグとなんとかいうピッツアを食いながらグラスに手を伸ばしふと福田の視線に気がついて顔を上げた。

「なんだよ」

「オレ、くっすーにほめられた?くっすー、オレのこと認めてる?」

なんだかウルウル、という感じで前のめりになる福田にちょっとびびる。

なんか、うれしい~。そんなにニコヤカに喜ぶな。こっちは結構嫉妬心でドロドロしてんのに。てかお前、黙ってから揚げみんな食うな。

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