小説:遊撃サバイバル7_孤軍奮闘
楠田は、北口改札の柱にもたれながら、チケットはフクちゃんからもらったと言おうとか色々いいわけを考えていた。
「こんにちは」
てっきり改札から来ると思ってそちらしか見ていなかったので、後ろから声をかけられて驚いた。
「あれ、マルちゃん、もう着いてたの?」
待ち合わせの10分前だ。
「あ、歩いてきたんで」
マルちゃんちから浜松町まで、直線でも15キロくらいある。
サバオタは体を鍛えるのが好きなものも多く、好き好んでラックサックマーチを何時間もやったりするので、そう不思議なことではない。
ラックサックマーチとは、軍隊がトレーニングのために行う、強行軍のことで、バックパックに砂袋などを積め重くし、ひたすら歩くことだ。
マルちゃんがそんなにトレーニングが好きとは知らなかった。チームでもどちらかと言えば持久力のないほうで、暑い日のゲームだとすぐへばるのだ。
「金、なくって」
照れくさそうに、ぽりぽりと頭をかく。肌寒くなったというのに、半そでで、そこからのぞく腕は以前に比べ心なしか、細くなったようにも見える。
「マルちゃん、ちゃんと食ってんの?」
「えへへ。やせたの、分かります」
元々、色白で細身ではあったが、3ヶ月会わない間に白さに磨きがかかり、ますます細くなった体躯は、寒そうに見える。
食費を切り詰めてまで貢いでんのかと突っ込みたいが、知らないことになっている手前、ぐっと堪える。
楠田にはそこまで女にのめり込む心情は理解できない。自分がどんなに綾に思いを寄せたとしても、後先考えずに仕事をやめることは出来なかったし、そもそも、休むことすらできなかった。できたのは、自分が休みの日になるべく見舞いに行く、という程度だ。
楠田はどこか醒めた自分が時々もどかしくなる。
「とりあえず、行こうか」
マルちゃんを伴って、歩き出した。
祭典は何時も通りの賑わいだった。イベント会場では、この世界では(この世界だけでは)名の知れた人物が、ライフルの構え方について指導を行い、これまたこの世界では名の知れた女の子のモデルが構える。
オタクはディテールにこだわる。こだわるからこそ、オタクと呼ばれる。
ここに集う連中はみんな「お遊び」ではない。本気で、真剣に遊ぶ人間ばかりだ。
「最近、来ないけど、なんかあったの」
直球な質問をしてしまう自分に歯噛みしつつ、楠田はマルちゃんの皿に肉を取り分けた。
「バイトまで時間あんだろ。おごるから一杯付き合えよ」と上から目線で誘えば、10歳も違うので、逆らうことはない。
あまりにもやせたマルちゃんの腕に、とりあえず、なんか食わせとかな、とオカンのような気分になる。
「え、いや、べ、べつに」
そんなにどもったら、返って、挙動不審だって、マルちゃん。
心のなかで楠田はつぶやいた。
「いや、リーダーがフクちゃんから俺に替わってから、マルちゃん出てこなくなっちゃったから、なんか不満でもあるなら聞いておこうかと思ってさ」
一応、逃げ道も用意してやる。
プライベートを話す気がないんだったら、こっちの話に逃げればいい。
「え、いや、別に、不満っていうほどのことは・・」
「そりゃ、前に比べて雰囲気は変わったような気がしますけど、あ、と言っても、俺は行ってないんで、チャットやHPのゲームの結果や感想をみてそう思っただけですけど。別に楠田さんの雰囲気がやだとかそんなことないですし」
マルちゃんは、あせって、否定する。
マルちゃんが、楠田に近寄ったことはほとんどない。打ち上げで近くの席に座ることはあるが、元々楠田は、それほど饒舌な方ではないし、そもそもオタクの連中は自分の主張を聞いて欲しくて仕方ないので、皆自分勝手にわーわー主張しまくっている。
マルちゃんはその中では、おとなしい部類だ。アニメのキャラの話になったら、止まらないこともあるが、基本は他の連中の銃談義をニコニコ聞いているイメージだ。
元々誰とも打ち解けにくいキャラだと自覚があるので(というか、怖がられるキャラだと)、おとなしくしているつもりなのだが、それが返って強面の面相とあわせて、近寄りがたくさせているのだとは、楠田は気がついていない。
「どこら辺が変わったようにみえる」
せっかくだから、改善できる点があるなら、意見は聞いておこうと思いながら、楠田はマルちゃんに尋ねた。
「う~ん、どこっていうか・・・・なんとなく雰囲気が。福田さんだったときの方が、気軽な感じはしました。あ、別に楠田さんになって重苦しくなった、とかそういう意味じゃないんですけど」
マルちゃんはどういえばいいか分からないらしく、あわあわとあわてる。
楠田に福田の気軽な雰囲気を出すことは不可能だ。ちょっと眉をしかめる。
「あ、えっとえっと。でも、俺、今の雰囲気も結構好きですよ」
「あの、趣きがあるっていうか、本気っぽい感じがして。やっぱり楠田さんの雰囲気が重厚だからですかね。万人に開けてる感じはないけど、その分、濃厚っていうか」
重厚とか濃厚とか、言いたいことはよくわからんが、伝えたいことは分かる。
しばし考え込んでいると、マルちゃんが微笑んだ。
「楠田さんも福田さんも優しいですよね」
楠田は驚いて顔を上げた。
マルちゃんははにかんだように笑った。
「楠田さん、福田さんから聞いたから今日、誘ってくれたんでしょ」
やべ、バレバレだよ。
「福田さんからのメールに返信してないけど、『くっすーを頼れ』ってすごい書いてあったし」
あの、バカ。なにがそれとなくだ。
楠田は苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せて生ビールをあおった。
「あ、いや、なんつうか。余計なお世話だとは思ったんだけどさ」頭を掻きながらこうなったら正直に言ったほうがいいだろうと観念した。
ふくちゃんがすげえ心配してて。
マルちゃんは再びはにかんだように笑った。
「大丈夫です」
いや古今東西、こういう状況で聞く大丈夫ほど大丈夫じゃないものもないし、とは言いづらい。
「わかってるんです」
なんというか考え、眉間をさすりながら俯いた楠田にマルちゃんが話を続けた。
「大丈夫です。わかってるです。だいたい」
楠田は思わず顔を上げてマルちゃんを見た。
「彼女が女子高生じゃないってことも、僕より年上だってことも」
楠田は目を見開いた。ま、マルちゃん・・・声にならない。
「プライベートの話は、どこまで本当なのか分からないけど、たぶんお母さんいないのは本当だと思う。あと、居場所がない、ってのも」
マルちゃんはあくまで照れくさそうに笑う。気持ち分かるんです。居場所が欲しくてうそついちゃう気持ちが。
「たぶん、福田さんは僕がだまされて貢がされてるって思っているみたいだけど、ちがうんです。彼女のおかげで僕は自分の居場所が見つかった気がしたんです」
しかも、あしながおじさんなんて、かっこよくないですか?物語で言ったら、準主役です。
楠田は声が詰まるような感じがした。なにいってんだよ。マルちゃんだって、マルちゃんの人生の主役じゃん、なんて陳腐すぎて言えやしない。
全て、とは言わないが、バーチャルの世界にどっぷりつかる人間は多かれ少なかれ居場所を求めているのは、自分が一番良く知っている。遊びではまるならいい、どっぷりつかって抜けらられなくなる人間は、往々にしてリアル世界で居場所を見つけられないのだ。今いる立ち居地が自分の場所だという確証が持てないのだ。
ネトゲ廃人などという言葉が叫ばれて久しいが、その際たるもので、リアルの世界で自分の存在価値を見つけられないから、バーチャルに救いを求めるのだ。
バーチャルとは所詮「仮想」なのだと知りながら。
あしながおじさん、はエセ女子高生がマルちゃんに与えたリアルの居場所だったのだ。
しかも、準主役。必要不可欠。
「ごめん」
俺たちがやろうとしていることは、マルちゃんにとってのリアルの居場所を叩き壊すことなのだ、そう思い至ったら、自然と頭が下がった。
「え、やだやだ。謝らないでくださいよ」
マルちゃんが焦って中腰になった。
「楠田さんや福田さんが僕を心配してくれたんだって分かってます。すごい、うれしかったんです」焦るあまりジョッキを倒しそうになって、更に焦るマルちゃん。
「僕、そんな風に誰かに心配してもらったの、東京にきてから初めてでした」
ようやく落ち着いたのか、少しこぼれたビールをおしぼりで拭きながらマルちゃんが言った。
マルちゃんは秋田の出身だ。抜けるような白さはさすが秋田美人!と思わせる。
子供の頃はオタクのご多聞にもれず、いじめられっこだった。か弱い小動物を思わせる(白ウサギみたいな)ところが、嗜虐を誘ったのだろう。いじめた側に悪意はなくても、いじめられた側は一生の傷を残す。無口な美形とくれば、女子もほって置かず、男からはますますいじめられ、女からはいじられて、すっかり人間不信。
しかもちょっと特殊な趣味を理解できる友達もおらず。高校まではひっそりと暮らしていた。そして高校卒業とともに上京し、某アニメ学園へ。周りは自分と似たような趣味の人間ばかり。聞けば同じような境遇、性格のものもいて、ようやく打解けた。・・・と思えば、そこでマルちゃんの美形な顔が災いした。腐女子の嗜好どんぴしゃな色白細面の儚げな美男子。酔った勢いで押し倒されたことも一度や二度ではない。何度か般若のような顔の女性に襲われそうになって、ようやく悟った。泣いて怯えるよりも、女性がドンビキする性質を前面に出す方が得策だと。つまり、2次元キャラにしか萌えない!と。僕、ドジっ子キャラ萌えなんです!そういって、ドジっ子のすばらしさについてとうとうと語れば、同種の趣味の人間以外は大抵引く。
女性の引き度合いたるや、凄まじい勢いだ。アキバに生息するオタクはこれほど女性に嫌悪されているのか、と驚く。
とにかくそうしてようやくマルちゃんは平穏を手に入れた。
二次元の世界は淋しいけれど、危険はない。孤独に耐えさえすれば、痛い目にはあわない。
アニメから主人公のもつ銃に興味を持つようになり、ネットサーフィンをしているうちに、福田のHPへたどり着いた。チャットルームをのぞけばサバオタたちがゲームについて語ったり、銃の自慢をしたりしていた。個性的で楽しそうだった。長いことロムっていたマルちゃんはある日オズオズと銃について質問をしてみた。またあのいじめっ子みたいな人たちだったらどうしようという気もしたが、所詮、これもバーチャル、と思えば勇気が出た。
すごい勢いでレスがあった。教えたがりばかりかと引きかけたが、福田が間をとりなした。
彼ほどチャットと実物が変わらない人も珍しい。のん気な口調そのままのフレンドリーなチャットだった。少し会話を交わしただけで「会ってみたいな」と思わせる人だった。
時々そのチャットルームに顔を出すようになった。銃についてもサバイバルゲームについても知識のない自分をばかにするものはおらず、とても居心地が良かった。一つ質問すると質問以上の答えが10も返ってくるのには閉口したが、それでも自分の投げたボールを打ち返す人がいるのだと思うとうれしかった。そんな折、福田から「サバゲやるから見においでよ~」とお誘いがあった。とりあえず動きやすい格好と好きな銃を持っておいで。やってみたければ試してみればいいし、とりあえず見てから決めればいいからさあ。とのんびりした口調で言われ、誘いに応じた。20名近くいただろうか。バーチャルなんだけど、リアル、とでも言えばいいのだろうか。良く考えれば、観客のいない演技みたいなものだ。でも大の大人が大真面目に演じる。なんだろうこの不可思議な世界は。という印象を持った。
「試してみる?」福田が声をかけた。ルールを簡単に説明してくれ、まあ気軽にやってみなよ~と入れてくれた。恐らく、その場にいる全員がものすごく手加減してくれていたのだと思う。なのに、一発もあたらないどころか、ルール通りでいけば、あっという間に場外へ追いやられている状態だった。
たぶん側から見たら戦場に立っているカカシみたいなものだっただろう。後ろから狙われないように壁や木を背にするとか、草むらに隠れるとか考えもせず、ただその場に銃を持って立ってるだけ。後から考えると皆恐ろしく紳士で、誰もそんなマルちゃんを狙ったりはしなかった。
そして後ろから腕をつかまれ茂みに押し倒された。昔の恐怖がフラッシュバックして固まっていたが、低い声で「大丈夫か」と声をかけられた。楠田だった。
とりあえず弾が当たんないように、茂みから敵を狙った方がいいよ。
そう言われて初めて、教える為にわざわざ近づいてきてくれたんだ、と分かった。強面だが、いい人らしい。
それが、楠田の印象だった。
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