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小説:遊撃サバイバル4_無理難題

「ところで、マルちゃんのことなんだけど」

福田は突然マジメな顔になって話を変えた。マルちゃんとはラーメンではない。サバゲ仲間の1人だ。

ここ3ヶ月、ゲームに顔を出していない。リーダーが代わったのが嫌なのかと、楠田は気になりつつもほっておいた。仕方がない。福田の人柄が気に入って集まっていたヤツもいるだろうし、強制するものでもない。

福田が立ち上げているHPのチャットルームにも顔を出していないようだ。

福田の代わりに楠田がリーダに立つにあたって、福田や宮崎と相談し、責任をみんなで分担する方針に変えた。

ただ気軽く参加して遊べさえすればいい、という人間は、大きなところがやっているイベントに参加すればいいわけだし、このチームに残りたいのなら、なんらかの責任を持たせる、と言ったところ、数名がやめ、現在16名。

チームの名前は福田に敬意を表し、命名権を与えたことを、楠田は後から悔いた。

チーム・フクスケ。どっかの靴下メーカーかよ、という名にされてしまった。

「第二候補は、フクタロウだけど、どっちがいい?」と聞かれて、その二択に楠田は頭を抱えた。

ちなみに福田のフルネームは福田裕介 という。縮めればフクスケだ。なぜか誰もが「ふくちゃん」か「ふくさん」と呼ぶので、フクスケと呼ばれてみたかったらしい。人間、何事も思う通りにはいかないものだ。

子供の頃はユウちゃんと呼ばれていたらしい。あのガタイで「ユウちゃん」・・・・子供の頃は小さかったのだ、ということは、楠田の頭には思い浮かばない。

一斉連絡を取ったり告知や結果報告をしたりは、どこかのソーシャルサイトに乗っかった方が運営は楽だったのかもしれないが、あえてHP。パスワードがないと書き込めない方法にした。これはもともと福田が立ち上げていたものを、置き土産においていってくれ、費用は年会費からまかない、メンテナンスは、ネットオタクのフジやん、藤原がやってくれている。

ミリオタがサバオタとは限らないが、サバオタの人間は、ほぼミリオタでもあり、当たり前だが、ガンマニアであることが多い。オタク気質というものはあちこちに発揮されるらしく、映画オタク(戦争映画オンリー)、ネットオタク、アニメオタクを兼ねている者も多い。

マルちゃんはアニメオタク。アニオタの25歳フリーターだ。某有名アニメ専門学校を出て、やたら絵の上手いコンビニ店員に納まっている。法学部を卒業した人間が全て法曹界で生きているわけではないし、教育学部を卒業した人間が全て先生になるわけでもない。アニメ専門学校を卒業してコンビニ店員になったところとて、何ら不思議はない。

色白細面の整った顔立ちで、だまっていれば女にもててもおかしくないが、口を開くとアニメの主人公にどれほど萌えるかを弾丸のように話し出すので(ちなみにマルちゃんの好きな銃はアニメの主人公の愛用銃だ)、隠し通すことは不可能に近い。現実にあんなロリ顔で、スタイル抜群な、ドジっ子はいないと、彼が早く気がつくことを楠田は切に祈っている。っていうか、あんなドジっ子、現実にいたら、迷惑極まりないと思う。ドジっ子とは、アニメの主人公の設定のことだ。要領が悪く、ドジばかり踏む。

なにかっちゃ、すぐ泣くし、ありえないほど切羽詰った状態で、ありえないドジを踏むし。俺の部下だったら、鉄拳制裁の上、袋詰めして粗大ゴミに出す、ってくらい、ろくでもないドジばかりだ。

あれを、ドジっ子という言葉で済まされてたまるか。彼女のおかげで、仲間はすでに何人も犠牲になっている。

普通に考えりゃ、あんなヤツと一緒には戦えないと思うのだが、なぜか脇役たちは彼女と共に戦うことに喜びを見出し、彼女のドジのせいでドンドン死んでいく。ある意味、究極の魔性の女だ。

マルちゃんはそんな彼女にメロメロだったはずだ。

「最近、マルちゃん、女の子に入れ揚げちゃって、バイト代、全部つぎ込んでんだって」

そんなの前からだろうよ。あのなんとかいうアニメのDVDからフィギュア、下敷きやクリアファイル、携帯ストラップなんて全種類、使用分と保存分で50は下らないはずだ。

いったい毎月いくら使ってんだと聞いてみたいが、恐ろしくて聞けない、という感じだった。

楠田が、今更、という顔をしたのが分かったのだろう。

「ちげーよ。現実の女だって」

福田はフォークでトマトを突き刺した。

「ええ?マルちゃん、現実の女に目を向けたの?」近くにいるものだけが、この驚きを共有できる。

絶対、一生、二次元の世界で生きていくものだと思っていた。

「それも、女子高生」

なに~!!犯罪だろうよ、それ。

「ジョ、ジョシコウセイ!?」

声が裏返る上に、大きくなる。

何だよそれ、ウラヤマシイ。

あ、いやいや、つい、ホンネが出てしまう。

そんなこと言っている場合ではない。

「マルちゃんが、女子高生なんかに、相手にしてもらえるのか」

オタクの連中は基本的に聞こえよく言えば「無邪気な少年の心」を持っている。

まあ、だからオタクになんてなるのだろうが。疑うことを知らず、往々にして直ぐ騙される。

現実の女に、しかも東京育ちの女子高生なんかに対抗できるとは到底思えない。

「あ~そんなコメントしづらいことを聞かんでくれよ」福田はあごをさすりながら唸る。

「なんでもシブヤでナンパされたらしい」

シブヤ!ナンパ!なんの符号なんだそれは。

どう聞いても、「エンジョコウサイ」フラグなんだが、それ。

「いや、マルちゃんはナンパされたとは言ってないよ。正確には『シブヤを歩いている時に、歌手を夢見ている女の子からあしながおじさんになってくれませんかと言われた』らしい」

相手見て、設定かえてんのかな。あしながおじさんにグッとくる「無邪気な少年」の心をもった男は結構いるかもしれない。

「んで、マルちゃんは・・?」

「彼女の夢は僕の夢だ!って言ってる」

おいおいおい。ちょろすぎるだろう。

「なんでも彼女は、お母さんを早くに亡くし、父親とまだ幼い弟の三人暮らし。家事はすべて彼女がやっている為、バイトする時間もなく、父親の稼ぎも良くないので、友達と一緒に遊びに行くこともできず、学校ではいじめられてて居場所がなくて、歌を歌うことだけが生きがいなんだと」

うわ、陳腐な設定だな。普通騙されないだろうよ。

「だから、援助交際するような女子高生とは違う。彼女は髪を染めたりもしない、本当に純粋な子なんだ。僕が彼女のあしながおじさんになって、彼女の夢をかなえてあげるんです、ってメールが来て、それ以来音沙汰なし」

福田はため息をつきながら話を締めくくった。

う~ん。コメントしようがない。楠田は軽く首をまわした。

「あ~。一度落ちるところまで落ちたら、自分で浮上してくんじゃないかな」

なるべく係わらず、穏便に済ませたい。触らぬ神にたたりなし。くさいものには蓋をしろ、だ。

「あのねえ、俺たちオタクは、落ちるところまで落ちたら、絶対浮上しないよ、そんくらいわかってるでしょ」

それが、オタクの心意気ってもんだ。と福田は意味が分からんところで威張る。

「じゃあ落ちても本望だろうよ」

楠田はあくまでも他人事だ。相手が頼ってこなくても、親身になって相手を心配する福田に対して、楠田は相手が助けを求めない限りは、相手のパーソナルスペースに踏み込まない。

「だって、自分が惚れこんでる女の悪口言われても、いい迷惑だろうよ。いいじゃんか、あしながおじさんやるってのが、マルちゃんの意志なら、口挟む余地なしだって」

楠田は、ちょっとやけくそ気味に「All right!」と言いながら、から揚げを頬張る。
ちなみにから揚げはほとんどを福田に食われたので再注文した。

援助交際だったら、相手が未成年だと犯罪になるが、彼女の夢をかなえるためにサポートする、っていう話になると、それは犯罪ではない。スポンサードとでも言うのだろうか。警察が介入する余地などない。

「マルちゃんって、その子とやっちゃったの」

「いや、マルちゃん曰く『彼女はデビュー前の身だから、身を慎まないと、デビュー後に男と一緒のプリクラなんかが出てきてあらぬ疑いをかけられたら可哀想だ』と、プリクラもとってなければ、手もつないでないらしい」

「マジでか!?じゃ、貢ぐだけ?」本気かよ、マルちゃん・・・ある意味あっぱれすぎて、言葉もない。

「彼女の感性を豊かにする為に、コンサートやら映画やらに連れてってるんだって。あと、一流になるには良い物を身につけたほうが良いってんで、ブランド物買ったりとか」

もう、何をどこから突っ込んでいいのか、分からない。あしながおじさんってのは、裕福な金持ちが余った金で自分の好みに女の子を育てるっていう、源氏物語の海外版だろうよ。生活に困るあしながおじさんなんて、聞いたことがない。

他人事だと思っていた楠田も頭を抱えた。

「で?」

楠田の質問に福田が首をかしげた。

「なんだよ、『で?』って」

「それを、俺に話して、どうしろっていうんだよ、フクちゃんは」

福田がうれしそうに笑う。

「やっぱり、くっすーって、いいヤツだよね。なんだかんだいって、絶対手を貸してくれるし」

「俺は基本的には、人は人、自分は自分、で、他人事にはあんまり口は挟まないよ。フクちゃんみたいにいちいちそれぞれが大丈夫かなんて、心配しないし。人にそこまで興味ない」

またまた、照れちゃって。福田がニシシとやな笑い方をする。

「相手をほっておけるのって、優しい証拠だよね。俺には、その優しさはない。全部俺の監視下に置いちゃう。だから下が育たない。これが俺の最大の欠点」

なるほど、福田は自分の欠点をよく理解している。能力のあるやつが陥りがちな、「全部自分がやっちゃった方が上手くいく」ってヤツだ。

自分の欠点を自分で分析できるのも、能力の高い証拠だ。

「なんか、策はあるの」

今日は、これ以上ほめるつもりはないので、楠田は福田の自嘲はスルーして話を戻す。

「なんにも。くっすー、どうすれば、いいと思う」

「俺に、そんな意見を求めるな。俺は「ほっとく」派だ」

「とりあえず、その女の子のこと、調べてみたらと思ってんだけど」

「それ、へたすりゃストーカーでこっちがしょっ引かれるぞ」

「だって、どっかで歌ってんだって話だし。ちょっとその辺詳しい子に話聞きゃ、直ぐわかるんじゃないかな」

福田が楠田を期待したような目で見る。

「それか。ふくちゃんが、俺にやらせようとしていることは・・・・」

そりゃシブヤ管轄の知り合いがいないわけじゃないけど。う~ん。犯罪でもないのに、仕事仲間に情報を求めるのは気がひける。

「とりあえず、悪い子じゃない、って分かれば、それでいいからさ」

頼むよ~あの辺に知り合いいなくてさ。福田は多少申し訳なさそうな顔をする。

「悪い子だとしても、小物だったら、情報上がってこないよ」

警察が押さえているのは、あくまで裏社会で顔の通る大物だけだ。小物で情報が上がってくるのは、常習犯だけ。痴情のもつれなのか、ギブ&テイクのビジネスなのか、なんて警察は関知しない。貢がせることは犯罪でも何でもないのだ。

女子高生でなんらかの情報があるとしたら、よっぽどのツワモノだ。

久闊を叙して、気分よく帰るつもりが、思わぬ宿題に、酔いが醒める楠田だった。


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