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『聴けずのワカバ』(キャリコン資格取得編)-71~75(5月第1週)アップデート版

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あらすじと作者コメント

登場人物の相関図とキャラクター解説

ロープレ30回の根拠

 「全く、受験生の皆さんの貴重な時間を使って、今更何をくだらないことを言っているのですか。『ロープレ最低30回』はもはやこの試験の通説でしょう」
 
 「それが通説と言われているのはわかっている。しかし、その根拠を一度も聞いたことがないのだが、誰もが納得のいく説明をできるのかという話だ」
 通説を持ち出す代表にイチジョウが論理的な回答を求めた。

 「説明?バカバカしい。根拠はそれで皆さん合格しているからですよ。これは今に始まったことではなくて、長い間培われてきた我々の知見、言うなら過去から受け継がれてきた伝統です。そんなことも知らないただの受験生に何が分かるというのですか」
 この時点でイチジョウをまだ受験生だと思っている代表がたしなめる。

 「知見?伝統?受験生に真摯に答えてこなかった負の側面を拡大解釈すればそうかもしれない。でもそれってただの結果論じゃないのか」

 「結果論?はあ、本当にあなたには、ほとほと呆れますね。それこそ拡大解釈じゃないですか。もうあなたと話ししていても埒が明きません。参加していただいている受験生にも迷惑なので、ご退出願えますか!」
 力強く退出を促す代表にイチジョウが資格保持者に問いかける。

 「ここにいる資格保持者に聞きたい。さっきからずっと黙っているが、あんた達も何か言いたいことがあるんじゃないのか。結果論という話はフィードバックしているあんた達にも言っているんだぜ」
 イチジョウが周囲を見渡すとスネオが怒りをぶつける。

 「さっきから大人しく聞いてりゃあ、あることないこと言いやがって。代表がいるからずっと黙ってたけどな、何が結果論だ。俺たちのことをバカにしてるのか!」
 
 「では聞こう。お前がさっき受験生にフィードバックの時に言っていた『聞いてるだけじゃダメだ。なんべん言ったら分かるんだ!もっと無理やりにでもいいから展開させろ』というのは何を根拠に言っていたんだ」

 「はあ、それは当然のことだからな」

 「ほお、今度は否定しないんだな。そんなことは言っていないと」

 「何だ!また揚げ足取るつもりかよ!展開させるのは当然だと言ってるんだ」

 「だから、その根拠を聞いているんだが、どうやらなさそうだな」

 「バカか、てめえは!根拠は俺がそれで合格したからだよ!それ以外何が必要だっていうんだ」

 「やはりそうか。元試験委員がいるから、もっとマシな回答が返ってくると思ったが、そのレベルか」

 「なんだと!もう一度言ってみろ!!」
 激昂するスネオを無視して、イチジョウがもう一度代表へ問いかける。 

「どうやらこの程度の資格保持者にフィードバックを受けているようなら、ここに参加している受験生は不憫でしょうがない。元試験委員さんのノウハウは何も教えていないのか。俺はただ、そこまで力説できる根拠を知りたいだけなんだが」
 イチジョウが代表へ詰め寄るのをみたサオトメが慌てて割って入る。

 「イチジョウさん、気持ちは分かるが、代表もこの勉強会に全て関わっているわけではない。あくまでも彼はこの勉強会の取りまとめはしているが、実質私が資格保持者の面倒も見ているというのが現状だ。だから私から少し説明させて欲しい」
 サオトメの悲痛な言葉にイチジョウは耳を傾けた。

 「たとえば、30回ロープレしないと合格が難しいというのは、ある程度根拠はある。それはこのような理由からだ」
 そういうとサオトメはホワイトボードに根拠を書き始めた。

 ・実技試験の学習期間をおよそ3か月(約13週)とする
 ・毎週1回勉強会に参加し、ロープレを2回行う
 =13週xロープレ2回→26回を四捨五入して約30回

 「もちろん受験生によって、学習期間もロープレの回数も全然違うが、平均値をとって、ある程度数値化できる回数が30回ということだ。この話はあくまで私が考えた持論になるが、概ね一般論としてもこのような見解だと考えている」
 サオトメが根拠を提示したが、ワカバがふと言葉をもらす。

 「でも、結局合格するかどうかは分からないんじゃ・・・」
 それを聞いたイチジョウがすかさずフォローする。

 「まあ、確かに合格者との関連性が示されていないから、ただ受験生がどの程度ロープレするのかという数値しかないが、何もないよりは・・・ね、サオトメさん」

 「そ、そうだね、ココノエが言うことも分からんでもないが、実際はロープレの回数と合格者の人数に相関性があるかは不明なのだよ」
 苦し紛れのサオトメの発言にまたしてもワカバが核心をつく。

 「じゃあ、合格するためにロープレ30回って根拠ないんじゃ・・・」

 「また、振り出しに戻ったよ!ややこしくなるから、親方は黙っとけ!」
 イチジョウはもはやどちらの立場か分からないが、少なくともサオトメとは連携しようとしているようだ。そして、すっかり話題がそれてしまった代表にイチジョウが再度質問を投げかける。

「念のため確認するが、あんたがこの勉強会の代表、つまり責任者ってことでいいんだよな」

 「今更なんですか。当然ですよ。責任者でもあり、管理監督者ですから、この勉強会に不要な人材は私の意思で排除することもできる。つまり今、皆さんの学習の妨げになっているあなたを追い出すことも可能だということですよ!」
 イチジョウと代表のやり取りに違和感を覚えるワカバ。

 (うーん、よく考えてみたら、ここまで何度も同じようなやり取りが続いてるんだよなー。なんだろう、おっさんにしては珍しい。もっと血も涙もない合理主義者だと思ってたから、こんな繰り返しになるような無駄な応答するの何かおかしいなー)
 ワカバの心配というか、考察を横目に代表が周囲を見渡しながら、受験生に牽制する。

 「この勉強会に参加している常連の受験生の方には今更言うまでもありませんが、皆さんが継続して参加できるかどうかは、私の一存で決まっている。この中にまさか私に逆らおうなどという愚かな人間はいないと思いますが・・・、ん、でもそういえば、先ほど資格保持者の誹謗中傷に対して、手を上げた受験生が何人かいましたね。えーと、誰でしたっけ?」
 代表はその受験生を探し、キッと睨みつけるように目を合わせた。そうするとその受験生は驚き、口を塞ぎながら会場の扉を開け、逃げるように小走りで退出した。

 (ああ、さっき手を上げてくれた人だ。よほど居づらかったのかな。おっさんのことかばおうとしてくれたのに、何だか申し訳ない。かと言ってここで追いかけられるような雰囲気でもないし・・・困った)
 ワカバだけでなく、イチジョウやサオトメも退出した受験生を気にかけていたが、当事者でもある二人も会場を出ることはままならなかった。

 「そうやってこれまでも受験生を威圧してきたのか」
 イチジョウが代表を責め立てる。

 「威圧?もう先ほどから何度目ですか、このやり取り。もうあなたにお答えすることは何もありません。受験生の皆さんの迷惑です。おかえりなさい!」
 客観的にみれば代表の言う通り、今日初めて参加した勉強会で多くの受験生の時間を奪っているともいえるこの状況。いくら先に喧嘩をふっかけてきたのが、あちら側だとしてもイチジョウが不利な状況であることに変わりはない。そろそろ潮時ではないかと誰もが思っていたその頃、先ほど退出した受験生がエレベーターを降り、ビルの一階のエントランスで泣きながら、ひとり悲しそうにうつむいていた。

 すると自動ドアが開き、ビルに入ってきた白髪のご老人がその受験生を心配して声をかけてきた。

 「どうかされましたか?」

あのお方

 「は、はい・・・、す、すみません、だ、大丈夫です・・・」
 明らかに涙ぐんでおり、声もうわずっている。そんな受験生に白髪のご老人が優しく声をかける。

 「ゴメンなさいね。急に声をかけてしまって。あなたを見て心配になったものでね。ちょうど孫と同じ年ぐらいだから、気になってしまって」
 どこの誰かは分からないが、とても丁寧に語りかける雰囲気に安心し、受験生は今の気持ちを語り始める。

 「す、すみません、わたしこのビルのある勉強会に参加してたんですけど、怖い目にあってしまって・・・」

 「そうだったんですか、怖い目にあわれたんですね。無理はしなくていいけれど怖い目というのは・・・」

 「は、はい、わたしいつもその勉強会では言われるがままでずっと自分を抑えて我慢してたんですけど、今日初めて勇気を出して気持ちを押し出してみたんです・・・」

 「勇気を出して気持ちを押し出したんだね」

 「そうなんです!そうしたら、その勉強会の代表って人に恫喝されてしまって・・・」

 「・・・恫喝ですか・・・そう思われたんですね。言える範囲で構わないけど、どんなことを言われたんですか」

 「はい・・・・」
 白髪のご老人が受験生の思いを傾聴している最中、会場では未だ代表とイチジョウの睨み合いが続いていた。そして、冷静なサオトメが周囲を見渡している。

 (イチジョウさんの言い分も分かるが、今日のところは潮時かもしれない。会場にいる資格保持者も受験生も残り時間が気になり始めているようだ。それに、ここまでのやり取りですっかり失念していたが、今日はあのお方がいらっしゃるはず。時間的にはいついらっしゃってもおかしくはない。それまでに何とかこの事態を収束させておかないと)
 そんなサオトメの思いも知らずにワカバが忘れていたことをまた口走ってしまう。

 「そういえば、あの言った言わないの件ってどうなったんだっけ」
 確かに既に退出した資格保持者と現在も留まっているスネオが受験生にひどいことを言っていたというイチジョウの主張に対して、まだ結論が出ていない。その時、イチジョウの意見に賛同し、最初に手を上げてくれた受験生は先ほど退出してしまった。もうひとりの受験生はバツが悪そうに先ほどからずっと下を向いたままだ。

 「親方、よく覚えていたな。俺もこれからそのことをまたテーブルに上げようと思っていたんだよ」
 サオトメは思った。これ以上、長引かせるのは辞めてくれと。この状況であのお方がいらっしゃったら、どのように説明すればいいのかと困り果てていた。
 
 そんな時、会場の扉が開いた。

真打ち登場

 「ああ、ふ、フタツギ先生、ご無沙汰しております。か、会場までご足労いただきありがとうございます」
 サオトメが先ほど受験生の話を聴いていた白髪のご老人を慌てて出迎える。

 「サオトメさん、こちらこそ随分ご無沙汰してまして、あれから変わりはありませんかね」
 フタツギが会場を見渡す。
 
 「フタツギ先生、大丈夫です。何もありません。本当に大丈夫です」

 「何も『ありません』?」

 「は、はい、あ、変わりはないということです。本当に本当に大丈夫ですから」
 慌てるサオトメを静止するかのように代表がかけよる。

 「フタツギ先生、ご無沙汰しております。このような遅い時間にしかも駅から遠い場所、事前に仰っていただければ向かいに行かせましたのに」

 「ムグルマさん、ご無沙汰しております。前は、ああ、ヤシロさんの勉強会にお邪魔した時だったかな。お元気そうで何よりです。しかし、本日私が来ることを知らなかったご様子ですが・・・」
 ムグルマ(代表)がサオトメに耳打ちして確認する。
 
 「代表、お伝えできず申し訳ありません。私の方にご連絡があったのですが、お伝えするタイミングがなくて」

 「今更そんなことはどうでもいい。どうしてフタツギ先生が本日いらっしゃるのですか?確か今、出版の準備で大変お忙しいと聞いておりましたが」

 「いや、私も急な連絡だったもので、正直言うと驚いたんです。お越しいただいた理由までは分かりませんでした」
 ムグルマとサオトメがやや揉めているところ、イチジョウがフタツギに声をかけた。

 「フタツギさん、お久しぶりです。会場、分かりにくかったでしょ」
 親しげに話すイチジョウに驚く二人。

 「いや、でもイチジョウくんの補足情報があったから、迷わず来ることができたよ。ありがとう」
 イチジョウとフタツギの関係性を知らないワカバも不思議に思った。

 (あれっ、あのいかにもどこかの偉い先生っぽい人とおっさん知り合いなのかな)

 「イチジョウくんがこの勉強会に参加すると聞いたから、私も久しぶりに会いたくなってね。仕事が終わったあとに急遽来てみたんだよ」
 イチジョウに会いたいという話を聞いて、気になったムグルマが確認する。

 「フタツギ先生、この男と知り合いなのですか?」

 「この『男』?」
 
 「いえいえ、イチジョウ、さ、さんと初めてではなさそうですよね」

 「まあ、昔から付き合いでね。少し前にイチジョウくんから連絡もらって、私もここの勉強会に最近、来られてなかったから、いい機会だと思ってね」

 「そ、そうでしたか、そういうことなら安心しました」

 「『安心』というのは?」

 「いえいえ、特に何もありません。私もフタツギ先生にお会いするのも久しぶりですし、勉強会のご報告もできて良かったと思っています」
 先ほどの威圧的な態度とは裏腹に借りてきた猫のようになっているムグルマ(代表)をみて、ワカバがまた本音をもらす。

 「さっきと全然、違うじゃん。あっ!」
 余計なことを言ってしまったと思ったワカバにフタツギが応答する。

 「『全然』というのは?」

 「いやあ、何ていうんですかね。あれですよ、全然っていうのは全然ていうか、全然じゃないというか・・・」
 端的な鋭い質問にしどろもどろになるワカバ。

 (この人、めちゃめちゃ雰囲気は優しそうなのに、質問が鋭利な刃物みたいに鋭いんだよなー。ばさーっといかれるというか・・・)

 「『ばさー』っていうのは?」

 (うわあ、危ない、心の声システムも出来るのこの人?ホント一体、何者なのー、まいった。おっさんヘルプ)
 とワカバはイチジョウに助けを求めた。

 「別に親方が焦る必要はないだろう。確かにフタツギさんの質問は・・・まあ、その辺はいいとして」

 「イチジョウくん、質問はのあとの『・・・』(妙な間)は何だね」
 フタツギのおちゃめな一面が垣間見られたところで、今度はムグルマに質問する。

 「ムグルマくん、ひとつ確認してもいいかな」

次回の更新は2023/5/8予定です。

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