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『聴けずのワカバ』(キャリコン資格取得編)-66~70(4月第5週)アップデート版

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あらすじと作者コメント

登場人物の相関図とキャラクター解説

サンクコスト効果

 「確かにこの試験は、合格率が高いようにみえるので、誰でも簡単に合格できると勘違いしてしまう受験生もいるかもしれない。でも、実態を明らかにせず、ここに通えば必ず合格できるようなミスリードをしているんじゃないのか」
 イチジョウがサオトメをフォローするように代表へ問いかけた。それに対して代表はこう答える。
 
 「今度はミスリードですか・・・。どれだけ手を変え品を変え誹謗中傷すればすむのでしょうか。呆れてものも言えませんよ」
 代表が誹謗中傷を叫ぶ中、イチジョウはまた会場にいる受験生に問いかける。

 「この中で本当はここの勉強会に参加することが負担になっているというものもいるんじゃないか。もっといえば受験すること自体、苦しいと思っているものもいるんじゃないか。みな、どうだろう」
 イチジョウがそう問いかけるとまた皆うつむいてしまった。ただ、首を横に振るものもいなかったのだが、その様子を見た代表がすかさずこう言う。

 「そんなことを思っている受験生などいませんよ。もし仮にそんなことを思っている不届き者がいたとしたら、ここに二度と来なければいい話でしょう。本当にあなたの発言はただの言いがかりに過ぎませんよ」
 それを聞いたサオトメがまた口をはさむ。

 「確かに代表のおっしゃる通りではあります」

 「おっしゃる通り『では』?それは何か含みがある言い方ですね、サオトメくん」

 「はい、今までずっと黙っていましたが、彼らの気持ちを考えたら、お伝えせねばなるまいと思って」

 「一体、誰に、何を、伝えるというのかね」

 「イチジョウさん、薄々気づいているとは思うが、ここにいる全員が自分で望んできているわけではないんだ」
 サオトメがそういうとイチジョウはうなずき、周囲を見渡した。

 「先ほど代表からも話があったようにここの勉強会は、元試験委員という肩書きを活かして、集客しているのは事実です。そして、その知識と経験をあてにして参加している受験生が大半なのだが、ひとつ問題があってね」
 サオトメが問題という言葉を出したことに憤慨した代表は思わず本音をもらしてしまう。

 「問題があるという認識をしているあなたの思考の方が問題です。まさか私がここの勉強会から離脱する受験生に圧力をかけているとでも言いたいとですか。全くあなたはどちらの味方なのですか。思い違いも甚だしいですよ!」
 圧力という言葉を聞いてイチジョウがすかさず代表を問い詰める。

 「今、圧力という言葉が出たが、そんなことは一切していないというのだな」

 「まあ、答えるまでもありませんが、もちろんその通りですよ。ただし」

 「ただし?なんだ」

 「私も元試験員とはいえ、今でも試験員を続けている知り合いはたくさんいますからねえ。でもそれは単なる客観的な事実です。それよりも私が受験生に対して、圧力をかけたという証拠でもあるんでしょうか」
 確かに証拠はないのかもしれないが、限りなくクロに近い。そのことは分かっているが、これ以上代表を追い詰めるのは難しそうだ。周囲も半ばあきらめかけているのを見て、イチジョウがまた語り始める。

「昔、俺がまだ養成講座に通ってた頃、同期のひとりが突然受験するのを辞めると言い出したんだ」
 ふいに自分の過去を語り始めたイチジョウに驚いたワカバはこう思った。

 (今?それ今話すことなの?)
 全体の流れに逆らうかのようにイチジョウは言葉を続けた。

 「そいつはとても明るくてクラスでもムードメーカー的な存在だった。同期の誰もがそいつだけは絶対に一度で合格すると思っていたくらいだった。でも受験申請をした後に自分は受けないと突然言い出したんだ」
 会場にいる受験生も資格保持者も皆、固唾を飲んで聞き入っていた。何故ならここにいる誰しもが同期や自らが当事者になる可能性がある話だからだ。

 「もちろん理由を聞いた。でも今はどうしても答えられないという。家庭の事情で試験を受けるよりも、もっと大事なことがあるのだという。俺たちは何かできることはないか、受験と同時並行で進めることができないのか、話し合いもしたが、彼女の意思が変わることはなかった。その話し合いのあと、彼女が勉強会に訪れることはなかった。そして、俺たちが受験した試験でも彼女を見かけることもなかった」
 皆が真剣な表情でイチジョウの話を聞いている中、代表が言葉を投げかけた。
 
 「ここにいる皆さんの貴重な時間を使って、この場を独占し、一体何を言いたいというのかね。本当に迷惑千万とはまさにこのことですね」
 代表がいうことも一理あるが、サオトメがぼそっとつぶやいた。

 「私もイチジョウさんの気持ちが分かるよ」
 その言葉を受けて、イチジョウが質問をぶつける。

 「分かるっていうのは?」
 サオトメが答える。

 「同期のみんなはその彼女の気持を受け止めたんじゃないのかな。言い方を変えれば、最終的に彼女の意思決定を尊重した」

 「そうです。今でもその判断に後悔はない」
 イチジョウが自分の気持ちを伝えると今度はサオトメが自分の気持ちを語りだした。

 「幸い私の養成講習の同期には受験を辞めようなんてものはいなかった。でも自分もロープレの練習がうまくいかずに、何度も受験を諦めかけたことがある。それでも同期に励まされ、これまで何度か受験したが、ようやく合格にこぎつけた。今はあの時、諦めなくて本当に良かったと思っている」
 イチジョウが頷きながら、聞いていると代表がまた口をはさんできた。

 「今日のサオトメくんは明らかにおかしいですね。今の話が我々の勉強会の方針と何か関係があるのですか?」

 「はい、大いに関係があります。これまで私は受験を辞めようなんて考える受験生はいないという前提で勉強会を運営していました。だから、今どれだけ苦しい思いをしても、自分の経験から諦めずに最後まで取り組めば努力は叶うものだと伝えていました。しかし」

 「しかし、何だというのです」
 サオトメの言葉に含みを感じた代表がまた釘を刺すかのように言葉をはさんできた。

「しかし、これまで参加者の中には受験を本気で諦めることを相談されたこともありました。でも、途中で受験を諦めた時に、もし今後また受験したいと思っても試験には不利になるかもしれないからと、引き止めていました」
 サオトメの悲痛な叫びに代表が詰め寄る

 「一体、何が不利になるというのです。まるで我々が受験生に対して、圧力をかけているみたいじゃありませんか」
 
 「もちろん、私にそんなつもりは一切ありませんでした。でも過去にこの勉強会から去った受験生がその後、苦労しているという話を何度も聞いていました。代表を疑うような邪推な真似はしたくありませんが」

 「サオトメくん!それが邪推というものですよ。何度も言いますが、私が圧力をかけたという証拠はあるんですか!さあ、おっしゃりなさい!」
 感情的になった代表に対して、サオトメが真摯に答える。

 「いえ、証拠はありません。それにそんなことは考えたくもありません。ただ、私がお伝えしたかったのは、相談してくれた受験生に本当の気持ちを聴けていたのだろうかということです。勉強会の都合や私の考えを押し付けていなかったのだろうか、と今更ながら自問自答しています・・・」

 「なんですか、結局自分が悪かったというセンチメンタリズムですか。そんなことを言ったところで、あなたが私を疑い、私を裏切ったという事実は変わりませんよ。どう落とし前をつけてくれるんですか!」
 激昂する代表に下を向き言葉が出ないサオトメを見て、イチジョウが声をかける。

 「サオトメさん、あんたの気持ちはよく分かるよ。俺だって辞めるって相談された時、引き止めるのが最善策だと思ってたよ。でも、理由によっては相手の気持ちや考えを尊重することが大事じゃないかと思い直した。だから、そのあと彼女の話をしっかり傾聴して、最終的には辞めるという選択肢を否定することはなかった。むしろ今の自分が何か出来ることはないかと尋ねたぐらいだ」
 サオトメを労い、共感する態度を示したイチジョウに対して、代表が水を差す。

 「はあ、結局あなた達は自分のことしか考えていない。本当に受験生のことを考えているんですか。考えてもみなさい、これまで受験生がどれだけの努力をしてきたかを。途中で投げ出してしまったら、全てが無駄になってしまうのですよ。それを尊重して背中を押すのが悪いというのですか!」
 正論をぶつける代表にサオトメが疑問をぶつける。

 「サンクコスト効果ですか」

 「コンコルド効果ともいうな」
 イチジョウがすかさず答えると、ここまで全く出番のなかった主人公のワカバが、空気も読まずに無知をさらけ出す。

 「何それ?昔のコンビニ?鳥の名前?」

サンクコスト効果とは、広辞苑の第七版で『①事業に投下した資金のうち、事業の撤退または縮小によって回収できない費用。②ある問題について複数の解決策が提案されたとして、どの解決策を採用しても金額が変化しない原価。無関連原価。埋没原価。埋没費用。』のことをいう」
 サオトメの得意分野のため、一応ワカバに答えたが、イチジョウが補足する。

 「ちなみにコンコルド効果ってのも同じような意味だが、イギリスとフランスが共同開発した世界初の超音速ジェット旅客機コンコルドの商業的失敗を由来としている」
 したり顔の二人をみてワカバは大人げないなと思いつつ、知ったかぶりをした。

 「あー、そっちの意味ね。そうそう、そうだった。うっかりしてなー」
 そう答えるワカバを無視して、イチジョウが会場の受験生に三度問いかける。

 「もしかしたら、この会場にいる受験生の中にも本当はもう受験を諦めようと考えているものもいるんじゃないか。もちろん今、答えなくてもいい。どんな理由であれ、最終的に受験するかしないか、それを決めるのは自分自身だということを忘れないで欲しい」
 イチジョウの受験生を思いやる言葉に何人かは小さくうなずいて聞いていた。そして、その様子を見たサオトメが言葉をつなげる。

 「受験生の皆さん、これまで本当に申し訳なかった。皆さんの背中を押すつもりが、逆にプレッシャーをかけることになっていたかもしれない。悪気はなかったが、結果的に追い詰めていたのであれば、改めて謝罪しよう」
 受験生に頭を下げようとするサオトメを静止するかのように代表が割って入ってきた。

 「謝罪?そんなものは不要です。何度も言いますが、我々は常に受験生のことを第一に考えてきた。それを今日初めてこの勉強会に参加したどこの馬の骨とも分からないような横暴な人間に言われる筋合いもない」

 「代表、イチジョウさんは関係ありません。あくまでも私が気づきを得るきっかけをもらっただけです。私なりにいろいろ考えましたが、彼の主張は概ね正しいといえます。もちろん正解、不正解がない世界での話ですが」
 イチジョウを肯定し、これまでの勉強会のあり方を否定するとも言えるサオトメの発言に業を煮やした代表が怒りをぶつける。

 「今更なんですか!正解、不正解がないですと!正解なら、あるじゃないですか!」
 代表の無責任と感じる言葉にイチジョウが疑問をぶつける。

 「正解だと?元々、ロープレには正解がないと言われているのに一体何が正解だというんだ」

 「何度言わせるんですか、私は元試験委員なのですよ。私の発言が正解であり、絶対なのですよ。そんなことも分かっていないんですか、あなたは!」
 恫喝気味に声を荒らげる代表にワカバがまた空気も読まずに言葉を発する。

 「たとえば?」

正解はあるのか

 あまりにも無邪気な質問をするワカバに呆れ顔で代表が答える。
 「あなたこれまでの話を聞いていたのですか。何度も私が元試験委員だと言っていたでしょう。つまり試験に関する詳しい情報を持っているのです。
そして、この勉強会ではその情報を元にフィードバックをしている。それが正解だとは思わないのですか?」

 「いや、それってズルじゃないですか・・・」
 予想もしていなかったあまりに直球なワカバの返答に固まる代表。しかし、ワカバの言わんとすることも理解できるため、イチジョウが変わりに場をつなぐ。

 「確かに公平性にかける観点もあるかもしれないが、罰則がない以上、そこは責められない。倫理や道徳的には問題があるだろうが、残念ながら誰もさばくことはできない」
 しかしイチジョウの大仰な解釈に代表が感情をあらわにする。

 「全く何度言わせるんですか!何を根拠に倫理や道徳を持ち出しているのですか!我々のような勉強会に対して、受験団体が公式な見解を出しているのですか!それに試験制度に載っているのだから、私の発言が絶対なのですよ!つまり私自身が正解と言ってもいい」

 「じゃあ、どうして合格できない人がいるのかなー」
 ワカバがまた本質をつくような言葉をもらしてしまった。確かに矛盾が生じている。そのことについて、代表が語りだす。

 「いくら私が正解を提示したとしても、出来ない人間もいるのです。多様性という言葉を知らないんですか、あなたは!」

 「いや、多様性って使い方、間違っていると思いますけど・・・」
 代表がこれまで周囲を言いくるめてきた無理筋のロジックが全く通用しないワカバに業を煮やしている。そんな代表にサオトメがワカバをフォローする。

 「ココノエも空気読めてないし、勉強不足なところは否めない」
 
 (えっ!全然フォローになってない!)

 「しかし、ココノエが疑問に思うのも仕方ない。私自身も代表の教えを乞うて受験生に正解だと言い続けてきたのだから。やれ、事実確認はダメだとか、ジョブカードぐらい提示しないと展開したとは言えないとか・・・。しまいにはロープレは最低30回はやらないと絶対に合格できないとまで言っていたよ」
 反省も込めたサオトメの素直な言葉にイチジョウが補足する。

 「俺も今までいろんな資格保持者に聞いた話だな。特にロープレ30回ってのは根拠がなさすぎて何も言えない。考えてみたら、どうして20回でもなく、50回でもなく、30回なのだろうと。おかしなことをさもかし正解だと言い切ることで受験生の意見を封じてきたのだろう」
 さすがに3人がかりで詰められた代表が持論を語りだす。

次回の更新は2023/5/1予定です。

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