労働組合と面談した

 さ、さむい!! あああああ!!! 雪すき! 雪!? 好き!! さむい!! あああああああ!!!! 寒い!!! さむい! 雪!? 雪!!! 好き!!! あああああ!!!!

 寒い!!!!!!

寒い!!

 寒い!!! 雪!!!!! 好き!!!!

 でさあ、

 原子力潜水艦は非核三原則に含まれるのかっていう話の続きだけどさ。
 そこはフィーリングじゃね。フィーリングだよな。やっぱりな。

 キリンはどっちかっていうと茶色メイン(サビ)

 関東は大雪だ。営業マンとしては、雪をバックに颯爽と営業訪問すると「好感度が上がる」感じがするので大いに利用している。大雨とか大雪の日は営業にうってつけだ。
 でもさすがに今日は「帰ったほうがいい」って言われたので帰った。全くその通りだ。信じられないぐらい色んな道路が通行止めになってたな。八王子から2時間半かけて家に戻った。

 工場の現場で働いてたときは「営業」は結構憧れの仕事だった。俺がいたところでは「1セット23.5秒」の工程を1200回ぐらい繰り返すという毎日で、なんで俺たちは頭が狂わないのかさっぱりわからなかった。いきなり「とてつもなく力が強い者」からのお達しで「0.2秒短縮することが決まった」と言われたときは全員で力を合わせて反乱を起こさないかと本気で思ったものだ。

 「おい俺(俺のこと)、1時間残業してこの設備をピカピカにしてくれ」
 「なんかあるんですか?」
 「明日、生産管理の新入社員が見にくる」

 「生産管理」というのは光り輝きすぎて俺たちには見ることができない存在で、いずれ「とてつもなく力が強い者」になる可能性を秘めた神々の御子だ。したがって設備がピカピカになっていないと強大な力で背中を粉砕される。でも一生懸命磨いて磨いて、実際に見るのは10秒とかそんなもんだった。

 健康診断で胸のX線をとるときは、一瞬だけラインから抜けて工場の外に出ることができた。それでもその間、俺の担当工程は「リリーフ」という全工程マスターした現場の超人みたいな人が回してるから、すぐに戻らないと他の人が健康診断に行けない。出入り口の自販機で缶ジュースを1本買って、ベンチで一服するのが関の山だった。その時間は天国みたいに思えたものだ。

 そうやって安らぎのひとときを過ごしていると、工場のだだっ広い駐車場が遠くに見える。見ると、同じ制服を着た人たちが営業車の前で談笑している。機械油なんか一滴も付いてないピカピカの制服だ。「あれ勤務時間中だよな!?」と何度も思った。俺たちはトイレに行くにもヒモを引っ張ってチャイムを鳴らして「リリーフ」と交代してからじゃないと行けないのだ。だ、だだだ談笑!? いいなあ、と思った。

 ちなみに、この引っ張るヒモ周りの設備のことを「アンドン」と呼ぶ。チャイムと一緒にピカピカ光るのだ。トイレに行くなど以外にも異常を知らせるときに引っ張るものだ。
 ダイハツの問題で会見してたトヨタの佐藤社長が「アンドンを鳴らしやすい現場にしていく」みたいに言ってたが、あれは「異常があったらすぐに報告しやすくする」という比喩になる。外の人にはたぶん伝わらない表現だろう。現場に向けて言ってるんだなあと思った。

 もう一個ちなみに、絶望的な仕事内容以外は、普通に楽しい職場だった。みんな親切だったし、面白い人もたくさんいた。俺が世の中に希望を失わずに済んだのはまさにあの街で出会った彼らのおかげだった。だいぶ感謝してるし、今でも仲間だと思ってる。

 この仕事を辞めるとき、トヨタ系だけあって手続きがかなり色々あった。まず上司と面談。面談といっても雑談みたいなものだ。お世話になった人だったから、かなり色々個人的な話をした。上司も異動が決まっていて、お互いにエールみたいなのを送り合った。
 次は人事・総務部と面談。ここで初めて「工場事務所」という聖域に立ち入った。現場で働いてたらまず用のない場所だ。事務所内でパソコンを眺めながら「ノビ」をしてる人を見て、「勤務時間中だよな!?」と思った。現場は立ち止まってる人間すら存在しないからだ。常に巨大な設備がけたたましく作動音を響かせてるし、その中で人間がグルグル色んな動きをしている。ドアをくぐって事務所に入ると、春の陽気が大きな窓から差し込む普通のオフィスだった。なんだこの夢みたいな場所は。

 その場で淹れてくれるコーヒーの自販機(2分ぐらいかかる)でコーヒーを買ってくれて(俺たちは0.2秒を短縮するために血と汗と涙を流している)、それを飲みながら「パワハラなどは無かったですか」とかそういう質問をされる。

 「僕の付いた上司も職場の先輩たちもみんな素晴らしい人でした」と答える。そんなことよりそのわけのわからんコーヒーの自販機を破壊しろよと言いたかったが、まあまあ、おいしいコーヒーと一緒に飲み込んだ。

 それ以外にいくつか簡単な質問と退職後の手続きの話をされて、工場事務所を後にした。

 最後は「労働組合」と面談だ。労働組合については一応説明しておこう。
 たとえば会社が超いそがしいとき、本当は200人ぐらい人員が欲しいとする。でも会社には100人しか社員がいない。そんなときどうするか。

 経営者としては100人の社員を2倍働かせることが出来ればミッションクリアだ。毎日8時間ずつ残業をさせよう。社員は文句を言うとクビになるので文句を言わず働く。万事解決。ピース。

 だがそんなことしてるとマジで死人が出るので、社員は団結して経営者と対立する組織を作る。これが「労働組合」だ。たまにストライキとかすると経営者はビビってちゃんと人員を増やしたり福利厚生を充実させたりする。いいことずくめだ。

 色々な歴史的経緯があって、伝統ある業界では基本的に労働組合が強い。そして組合が強い業界は基本的にいわゆる「ホワイト」っぽい労働環境になる。伝統ある大企業だとなんかのんびりして仕事できそうなイメージがあるのはこうしたことも関係している。

 で、その労働組合のお出ましだ。俺は会ったことはなかった。俺も社員だから当然組合員だったはずなんだが、労働組合という組織は現場にあんまり興味が無いという不思議な現象が起きるのはまったくミステリーだ。そのへんは置いとこう。深く突っ込むとややこしいことになるから。
 工場の敷地内の、ちょっと離れたところに一軒家みたいな建物が建っていた。そこが組合の建屋である。案内された通りにチャイムを押す。

 返事がない。

 もう一度チャイムを押す。

 返事はない。俺がこの時間にここに来ることは伝えてあるはずなんだが。何かの手違いか?

 ノックをしてドアを押す。開いた。

 ここが「労働組合」か。中の様子を説明する前に、もう一回おさらいしておこう。

 まず現場。ガシャンガシャン! カキンカキン! ゴウンゴウン! と何かのけたたましい音がずーっとしている中で、せわしなく人間が動き回っている。設備も人間も止まったら終わりだ。ラインが止まると最悪の場合、トヨタ自動車様などにご迷惑をおかけすることになる。被害額によっては現場の責任者がどこか知らない遠くの場所に行くことになる場合もある。

 続いて工場事務所。爽やかな春の日差しの差し込むオフィス。いわゆる「オフィス」を想像してもらいたい。のんびりと仕事が進められていて、コーヒーを飲んだり談笑したりも散見される。楽しそうな職場だな。

 そして組合事務所。中は普通の部屋みたいになっていた。テーブルがあり、流しがあり、奥に部屋がある。ここまではなるほどって感じなんだが、問題は雰囲気だった。どんな雰囲気だったか。

 そうだな、春、春の山奥にある観光地のお寺を想像してもらいたい。小川のせせらぎがどこからか聞こえる。さらさらさ、さらさらさ。暖かな風が静かに頬を撫でる。遠くでは小鳥のさえずり。
 川の上にはやぐらが組まれていて、名物の「くず餅」を食べるスペースがある。森のざわめきをゆっくりと眺めながら、ほっと一息。苦い抹茶を飲み干す。ああ、遠くに来たなあ。

 という空気が流れていた。なんだこの職場は。時の流れが遅すぎる。さっきまであんなにせわしない場所にいたのに、一体なんなんだここは! 頭がおかしくなりそうだ。

 と、テーブルの奥に人の気配を感じる。見ると「なんにもしてない人」がいる。組合の職員か? チャイム鳴らしたよな? 「なんにもしてない人」は俺に気づくと、引き続きなんにもしなかった。

 「あの、すいません」
 「はい?」
 「いや、あの、退職の手続きで来た俺です」
 「ああ」

 「で?」みたいな。いやいや、お前なんだよ。マジでなんなんだよ。え、給料発生してる人なんだよな? なんかしろよ。

 「○○さーん」

 「なんにもしてない人」は奥にいる別の「なんにもしてなかった人」を呼んだ。虚無Aと虚無Bと呼ぼう。虚無Bは奥からゆっくり出てきて、別の奥の部屋の椅子に座ってるよう指示してきた。

 5分ほど何も起きなかったのだが、待っていると虚無Bがペライチのプリントを持ってきた。大した内容は無かった気がする。住所とか転居先とか書く欄があって、要はなんか「お知らせ」とかを送る先を記入するだけだろう。記入して虚無Bに渡した。

 「じゃあ、おわりです」

 終わり!? お前ら労働組合なんだよな? 現場の声とか興味無いのか? 今から退職する人間がここにいるんだぞ。もしかしたら不満とか色々吸い上げられるかもしれないだろ。聞きもしないのか!? 「おつかれさまでした」

 なんなんだこいつら。虚無Aは最後までなんにもしてなかった。

 どうやってこの仕事にありついたんだろうな。すごいよな。俺はまた現場に戻り23.3秒でラインを回しながら、さっき見た信じられない光景を忘れられずにいた。

 世の中には色んな仕事がある。この話を友人にするたびに、「それはそれでキツいのでは」という反応をされる。たしかにそうかもしれない。だが、あの小川のせせらぎを感じるような雰囲気の部屋の中で、俺も何もせずに座っている状態を思い浮かべると、キツいはずはないと思う。山奥の観光地に行ったときに「職場みたいだな」と思うのがちょっともったいないだけだ。

 まああんまりイジるとややこしいことになりそうだからこのへんで終わりにしようか。

 今となっては良い思い出である。

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