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映画オッペンハイマーを見た。

3月の公開以来見に行ってみたかったオッペンハイマーを鑑賞してきた。
シアターは小さめ、日に2回上映で、初動が終わったあとの映画としては、まぁこんなもんだろうという上映規模だったが、この日は満席。親子3人の鑑賞に挟まれながら、最前列中央でこの3時間を超える映画を見ることとなった。

で、見終わってだが、これはなんというか、良かったとか、悪かったとか、そういう一つの決まった感想を持つことはなかったし、もちろんスカッとしたとか、逆にやたらともやもやしたとか、そういう感想を持つ映画ではなかった。あまりにも思うことが多くて、まとまりきらないが、吐き出しておこうと思う。

この映画は、オッペンハイマーという人間が核兵器の開発という事業を経て、何を見ていったかを描いている。その追体験によって、それを見た私達の中に生まれた感情が、この映画の結果として残る。クリストファー・ノーランという鬼才が描く、『核兵器の父の記憶の再生』。その体験がこの映画だったと思う。

彼の若い頃の学徒としての不安、核開発に乗り出し、実験が成功するまでの高揚、そして日本への原爆投下を経ての揺れ動く感情、カラーで描かれる彼の物語は彼の感情の動きを、音楽と映像でどんどんと流し込んでくる。

その中でも彼を取り巻く女性の描写は印象深かった。
登場から一貫して女性のセクシーさが全面に出されるジーンに対して、主妻のキティとのシーンは常に彼女の気の強さ、ある種、『怖さ』が強調されていた。
彼女はアルコールを片手にし、場面に登場するたびに子供達は執拗なまでに泣き叫んでいる。この映画を彼の人生のトレースとするならば、彼が彼女や家族といる時間の回想には、決して甘い時間はない。彼がある種理想郷として立ち上げたロスアラモスに入るその車中ですら彼の子供は泣いており、完璧な新居に対して、彼女はキッチンが無いことに不満を漏らすのだ。

ただ、オッペンハイマーという男はそのいずれにも決して不満を漏らさない。声を荒げることもない。キッチンがなければそれを用意すると言い、実験の成功という最高機密も彼女に一番に伝えている。
この不満ひとつ漏らさない、正しいと思い、行動することに対する冷静さは、世界大戦の進行によって移り変わる核開発に対する彼らの周りの状況に対しても同様であった。

話が進むほどに、オッペンハイマーとい人間の自己は薄れ、物語は加速し、2度の原爆投下と対戦の集結でピークを迎える。
そこからの話がこの映画の評価を分ける場所なのかもしれない、正直ついていくのに精一杯の内容だし、時系列もどんどんわからなくなる。ただ、この感覚すらオッペンハイマーの追体験の一貫なのだと、今は思う。
アインシュタインとの会話の後、国家から表彰されるオッペンハイマーのシーンがある。彼は彼の告発者と握手を交わすが、キティはそれでも握手を交わさない。許さないのだ。では、彼はどうだろうか。オッピーは許されたのだろうか。

この映画でスカッとすること決してないだろう。
ましてや当時の核開発や、その使用に関する是非。核の緊張を経てある今の世界に対する意見や結論もない。彼らが生んだ核兵器は、この映画が上映されている今も世界に存在し、なくなる事はない。一度手に入れた火を返す事はできず、世界は絶滅と繁栄が常に存在する状態となっている。
時が彼の周りを許す中、人類に核兵器というプロメテウスの火を与えた彼は、一人の傑物となったことにより、その後灼かれていった。
ただ、この炎は罪ゆえのものだったのだろうか。そもそも彼に罪はあったのだろうか。
許されるでもなく、許されざるでもなく、彼はただただ灼かれていった。

改めて、この映画はオッペンハイマーという人物が、核開発という人類が決して後に戻れない、一つのマイルストーンに至るまでと、その後を追体験させる映画だ。
そして、だからこそ、この映画は立場によって感想が変わりうる。かつての考え方や、今どこかで対立の渦中にいる人、そして被爆国に住む一人として、自分だけの思いが残る。
安易に素晴らしいと表現できない、ただ、すごい映画だったと思う。考えれば考えるほど、思うことが湧き出てくる。深い映画だった。深かった。これが俺の一言感想だ。

さて、これだけ深いと感じる内容。3時間にまとめたのはむしろ頑張ってまとめたんじゃないかと、本当ならいろいろな前提をつけたり、背景をつけてもよいんじゃないかと思える内容だった。(たぶんそれすると5時間とかになりそうではあるが)
だから、ひとつこの映画のハードルとして思うのは、大前提として二次大戦前の共産主義のアメリカでの広がり方や、モンロー主義の中にあるアメリカの感覚みたいなものを、ある程度知っているか、そもそもオッペンハイマーって誰なのよくらいは知らないと、全く持ってわからないまま3時間椅子に張りつけになり、おしりが痛くなるだけの映画でもあったと思う。従来のクリストファー・ノーラン作品も充分に人を選ぶと思うけど、今作は今まで以上だなと思った。

だから、今。
僕はあの上映後微妙な空気で帰っていった親子三人が、上映後にこの作品についてどんな会話をしたか。これがとてもとても気になるのだ。

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