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暗い日曜日

 俺のアルトの朝顔の中に小人が棲み着いとったんや。とハナザカリくんは説明した。

 その日、と言うのは問題のライブがあった日、僕がこの目で見たこと、だけをお伝えしよう。

 セッティングの細部が微妙に気に入らないのか、ドラマー氏はシンバルスタンドをやや手前に引き寄せたり元に戻したり、椅子の高さを上げたり下げたり、何とも落ち着きがなく、ベーシストは広げた譜面から卑猥なチェキが滑り落ちたのをワッワッワッ何すんねんと言いながら拾って内ポケットにしまったり。1stセットは和やかと言うか、何だか締まらない感じでスタート。する筈だったが、マウスピースを咥えたサックス奏者 花盛唱吹は、ピアノのイントロが終わっても一向に音を出さない。

 最初のうちはまばらな笑いが起こったりしていたが、だんだん不穏な空気がハコ全体に漂いはじめ。

 おい、どないしたんや。ジャケットにエロ写真を隠し持つベーシストが声を掛けても、その日のハナザカリくんはマウスピースを咥えたまま微動だにしなかった。

 業を煮やしたピアニストがテーマのメロディを奏ではじめると、見た目クァルテットのトリオはスタンダードナンバーを何曲か演奏し、拍手ももらいながら、何とか無事1セット目のステージを終えた。

 ベーシストが写真を落とさなかった点を除くと、2セット目もほぼ同じ展開だった。が、客の視線に耐えられなくなったのか、2曲目の2コーラス目でハナザカリくんは、その日初めての音を出した。出したのは良いんだけど、サックスの朝顔の部分からは音といっしょに、音符の形をした煤のようなものが舞い上がった。

 以上。僕が見たのはそれだけ。それだけだが、一つ付け加えるなら、ハナザカリくんが盛大に舞い上げた音符形のまっくろくろすけは見える者にしか見えないらしい。

 訳がわからない? 僕も同じだったよ。ともかく、ハナザカリくんに話を聴くことができた。聴いたことだけをお伝えしよう。

 ハナザカリくんが言うには、暫く前からサキソホンの朝顔の部分に棲み着いていた小人たちは、その日、ジャズクラブが営業をはじめる時刻になっても全員ぐっすり眠ったままだったので、疲れている彼らを起こすのは忍びなかったのだと。

 何でそんな疲れとったん/何でも/何で誤魔化す/小人にだって個人情報はあるやろ。

 で、ここからは僕の仮説または妄想みたいなものだと思って軽く流してほしい。信じる信じないは自由だし、見える人と見えない人がいるように、わかる人とわからない人がいるのはどうしようもないことだから。

 ハナザカリくんは、あの日、実は1セット目の冒頭からちゃんと吹いていたそうだ。僕には聴こえなかったけど、本人曰くそういう吹き方をしたのだと。リニアに進行する時間は、ここで二つに分かれたと言える。

 一方の世界≒時間の中では、ハナザカリくんが構えた楽器の中で、小人たちが眠っている。

 もう一方の世界≒時間の中では、ハナザカリくんが演奏する楽器の朝顔の部分から、音符に扮した小人たちが未知の世界へ飛び立つ。

 前者の世界では、小人≒音符は何の不服もなく楽譜という二次元世界に定着されているが、後者の世界において、音符≒煤は、それが読める人にも読めない人にも平等にシェアされる。

 ハナザカリくんが描いたイメージは、だいたいそんな感じだったんじゃないか。今回は果たせなかったけど、それでも、かなり惜しいところまで行ったと思う。


 話しながら僕は、朝顔の中の小人が世界を育てるのか、城崎出身の小人が朝顔を育てるのか、すっかりわからなくなっていた。




 

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