『葬送のフリーレン』とその音楽に魅せられて(TEXT by H. Honda)

 ブログからnoteに移行して最初の記事がクラシック音楽ネタじゃないのかい、という感じではあるのですが、どうしても書いておきたくなったので、少しだけ。アニメ『葬送のフリーレン』、どハマりしました。第1クールの放送が終わった2023年末にAmazon prime videoでようやく履修完了したのですが……いや、これほど泣ける作品とは……。第1話「冒険の終わり」からほぼ毎話号泣でした。

『葬送のフリーレン』

 『葬送のフリーレン』は、山田鐘人原作、アベツカサ作画による漫画(小学館、少年サンデーコミックス)のアニメ化作品で、2023年9月29日の「金曜ロードショー」枠での第1~4話一挙放送を皮切りに、12月22日放送の第16話「長寿友達」までが放送されています(第2クールは2024年1月5日より)。

 本作の面白いところは、RPG作品などでよく描かれる「勇者vs魔王」の戦いではなく、魔王を打倒したあとの勇者一行の物語が描かれている点です。その勇者パーティーのうちのひとり、魔法使いのフリーレンには、ともに旅した他の3人とは異なるところがありました。人間の勇者ヒンメルと僧侶ハイター、そしてドワーフのアイゼンとは違い、彼女は1000年以上の時を生きたエルフだったのです。文字通り桁違いの時間を生きるフリーレンの時間感覚は、やはり人間のそれとはかなりずれていて(10年の旅を「短い」と感じていたり)。そして人間の「感情」というものについてもいまひとつピンとこない彼女は、年老いて天寿を全うしたヒンメルの葬儀でも表情を変えません。

「だって私、この人のこと何も知らないし」
「たった10年、一緒に旅しただけだし」

しかし、ヒンメルの棺が埋葬されていくのを目の当たりにした彼女の瞳から、涙がこぼれます。

「人間の寿命は短いってわかっていたのに、なんでもっと知ろうと思わなかったんだろう」

頬を伝う涙の理由を知りたい――そう思った彼女は「人間」を知るべく、ひとり街を離れ、かつてヒンメルたちとともに歩んだ道をたどる旅に出かけていきます。

YOASOBI《勇者》

 まずは、そんな物語の冒頭で流れるオープニング・テーマ、YOASOBI《勇者》が(毎度のことながら)本当によく練り上げられた楽曲で素晴らしい……。

 YOASOBIは先日の紅白歌合戦での演出が話題を呼んだ《アイドル》(アニメ『推しの子』OP)をはじめ、様々なアニメの主題歌を手掛けており、その作品に寄り添った音楽づくりでファンをうならせているわけですが、この《勇者》もやはり凄い。さながら古の詩のように丁寧に韻を踏みながら、作品の物語とフリーレンの心の動きを巧みに描き出した歌詞。YOASOBIにしては珍しく転調のない(長い時を経ても変わらず残るフリーレンの「記憶」や勇者が遺した「軌跡」、あるいは長く続く旅路を描いた?)曲ながら、2番以降を単なる1番の歌詞違いにとどめるのではなく、音楽的にも様々な変化を加えていく凝った構成(ざっくり全体の構造を見ると、[導入:A]~[1番:ABC]~[2番:A’B’]~[3番:A”C’][大サビ:C]~[D])。もう、この曲そのものが作品の中身をこの上なく見事に歌い上げてしまっているので、上で書いたあらすじなど不要だったかもしれません。

Evan Callの音楽

 そして、Evan Call(エバン・コール)さんによる劇伴がまたとてもとてもよいのです……。筆者が映像作品にハマるときは、大抵耳から得る情報、つまり声優の声質や音楽から入っていく場合がほとんどなのですが、そこはさすがエバンさん、バークリー音楽大学でフィルム・スコアリングを学び、これまでにアニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』など数々の作品で音楽を担当した経験を活かして、本作でも素晴らしい音楽を書かれています。脱帽です。

 とくに、映像を貰ってから尺に合わせて作曲するフィルム・スコアリング方式で書かれた第1~4話の音楽は圧巻の出来。中でも、YouTube「TOHO animation チャンネル」の動画「『葬送のフリーレン』ラジオ風番組「トークの魔法」第5回」(2023年12月20日公開)で、ヒンメル役の岡本信彦さんから「印象に残ったシーン」を問われた際に、エバンさんが挙げた「2度目のエーラ流星」の場面(アニメ第1話、12分手前~14分20秒頃、〈One Last Adventure〉)の美しさは筆舌に尽くしがたいものがあります。ヒンメルの台詞に被らないようダイナミクスに配慮しながら、夜空を埋め尽くす流星群の美しさと自然の雄大さをオーケストラの強奏でスケール大きく歌い上げ、そしてヒンメルの「きれいだ」という呟きとともに、独奏ヴァイオリンが「消えゆく流星」と「勇者の命の終わり」を描く一連の流れは、第1話屈指の見どころ/聴きどころでしょう。

 そして、個人的に第1話で最も沁みたのは、その後の旅立ちの場面。ヒンメルの埋葬が終わった後、ハイターが一足先に馬車で出発する場面(第1話、17分頃)から音楽〈Departures〉がスタート。「私はもっと人間を知ろうと思う」と宣言したフリーレンが、アイゼンに「じゃあまたね」と別れを告げ、かつて王都へ凱旋する際に通った道を今度はひとりで歩み出していくところ(18分20秒)で、音楽は弦楽合奏による「メイン・テーマ」の調べに。このあたたかくもどこか切ない調べは、たくさんの「やさしさ」に満ちたこの作品の雰囲気にぴったりです。

 この場面でも流れる「メイン・テーマ」や、村の祭りの音楽〈A Well-Earned Celebration〉などが、どこか『ロード・オブ・ザ・リング』のホビットの村の場面の音楽を髣髴とさせるのも興味深いところ。『葬送のフリーレン』の物語には、ロールプレイングゲームでしばしばみられる「お約束」がうまく盛り込まれており(ミミックがいたり、ドラゴンが出てきたり、何気ないお使いのような依頼が大きな事件へつながっていったり……)、それが読者(視聴者)の過去の経験とうまく共鳴することで、独特の納得感や既視感、なつかしさのようなものを呼び起こすところがあるように感じるのですが、エバンさんが意識していたかどうかはさておき、その音楽の表現もまた(エルフの登場する冒険物語である)名画のそれとどこか類似しているように感じられるのです。音楽的な側面での「お約束」がうまく反映されている……とまで書くとさすがに言いすぎかな、とは思うのですけれども。

 中世フィドルやレベックなどの古楽器や民族楽器の使用をはじめ、随所にこだわりが見られる点も、エバンさんの劇伴の魅力のひとつ。こうした古楽器は、長い時を生きたエルフ、フリーレンを描くために用いたとのことですが(上記「トークの魔法」動画参照)、これがまた良い味を出しています。

 他方、ヒンメルの葬儀の音楽〈Farewell, My Friend〉はじつに美しい無伴奏合唱で幕を開けますが、この楽曲をはじめ「オーケストラとコーラスはハンガリーまで行って、数日間、納得できるまで録音」したとのこと(『TVアニメ「葬送のフリーレン」公式スターティングガイド』、小学館、2023年、51頁)。流石にそれは、ずるすぎるでしょ。YouTube、Spotify等で配信されているサウンドトラックで音だけ聴いても納得、いや感動の仕上がりです。〈Zoltraak〉などアップテンポの曲も本当にカッコいい。

 まもなく、1月5日から第2クールの放送もスタートするということで、この先の物語をどんな音楽が彩るのか、今から楽しみでなりません。

TEXT by H. Honda

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