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時代は二刀流を求めている

神戸大学の同窓会誌「凌霜」からエッセイの依頼があり、寄稿した文です。我々が若い頃とは時代が変わってきたことを感じるとともに、我々自身もアップデートしていく必要がありますよね。


山崎貴監督「ゴジラ−1,0」が邦画で初めて米国アカデミー賞の視覚効果賞を受賞しました。
 私は前職で映画制作事業を経営していましたが、運よく山崎貴さんの初監督作品「ジュブナイル」のプロデューサー陣に加わっていました。出資各社が山崎貴さんという才能を世に送り出そうと集まり、初監督作品としては異例の3億5000万円もの製作費で監督デビュー。
あれから24年、山崎貴監督はVFXの第一人者となり、ついに世界で評価されるところまで登り詰めたわけです。

私が2000年に設立したIMJエンタテインメント(現C&Iエンタテインメント)も、2021年濱口竜介監督によって、村上春樹の短編小説『ドライブ・マイ・カー』を映画化し、第74回カンヌ国際映画賞で日本映画初となる脚本賞を含む3部門を受賞し、第94回アカデミー賞で作品賞・脚色賞を含む4部門でノミネートされ、国際長編映画賞を受賞しました。私自身は2009年に経営を退きましたが、その後を引き継いでくれた社長が良質の作品作りと興行的成功という経営バランスをうまく舵取りし、この栄誉に結びつけてくれました。これは設立から21年目の快挙でした。

私にとって、何かの誕生に立ち会い、年月が経ち、その芽が大きく成長し、花開く瞬間を見ることはこの上ない喜びです。

ところでここ数年、進学校で有名な灘高校の社会の授業にゲスト講師で呼ばれています。
テーマは「文系・理系はナンセンス。多毛作な生き方を考える」。
文理選択の時期に、あまりよく考えず「何となく医者」とか「理系の方が潰しがきく」みたいな理由で進路を選ぶのではなく、少し視野を広げる刺激を与えて欲しいというお題でお受けしています。
授業冒頭の自己紹介でウケるのが、私の大学受験話。
高校3年で理系クラスに入り工学部建築学科を志望し、共通一次試験が終わった直後の1月。受験に関係ない古典の授業中、寝ている生徒を叱りながら古典の先生がこう仰いました。

「理系に進む人も文系科目をしっかり勉強しないといけない。その逆も然り。文系科目が出来た方が逆に理系の中で活躍できる」

なるほど。自分の場合、理数系が得意な人々の中にいるより、理数系が苦手な人々の中にいる方が差別化できて良いかもな。
翌日、私は文転を決意し、2月1ヶ月間文系科目を勉強しなおし、神戸大学経済学部に入学することになりました。

就職してから16年後、上述したように私は映画制作会社を経営していましたが、同時にIT事業も経営し株式上場。ネットバブルがはじけた直後の黎明期、ウェブインテグレーション事業は国内最大手にまで成長しました。事業経営でソフトとハードの二刀流を実践していたのです。
IT事業のウェブサイトのバックエンドを動かすシステムは論理中心の理系ど真ん中。フロントエンドはデザインや操作性を含めた感情中心の文系ど真ん中。
ともすると相反する性質の事業を統合しながら、ひとつのプラットフォームを作り上げていく作業です。当然、社内もまるで人種や言語が違うようなタイプが協同・共創していくことが求められます。このマネジメントの際、今振り返ると私が文理二刀流だったことが少し活きていたような気がします。
そう思って調べてみると、アップルの創業者スティーブ・ジョブスは、高校時代にヒューレットパッカード(HP)のインターンでコンピューターの知識を積み重ねた後、リード大学哲学科で人文学の素養を育てたようです。

フェイスブックの創立者マーク・ザッカーバーグはコンピューターの神童でしたが、ハーバード大学では心理学を主要専攻に選んでいますし、テスラのイーロン・マスクは、ペンシルバニア大学で物理学と経済学を専攻しています。

世間は大谷翔平選手の二刀流で話題持ちきりですが、学問やビジネスでも二刀流が求められる時代になってきているのではないでしょうか。この時代に文系や理系という括りは、もはや必要ないのでしょう。

大谷翔平選手以外にも、ラグビーワールドカップで活躍した福岡堅樹さんは引退後に医学部に入学したり、「キセキ」などのヒット曲で有名なアーティストのGReeeeNも歯科医との両立人生を送っています。

私が言及するまでもなく、P.F .ドラッカーは「断絶の時代」の中で、
「知識の探究と教育は、その利用から切り離されていた。大学の学部、学科、科目、学位にいたるまで、高等教育全体が専門別に組織されていた。マネジメントにいうところの市場志向、用途志向ではなく製品志向だった。が、今日ようやく知識とその探究が専門分野別ではなく利用分野別に組織されるようになり、知識が自らを最終目的とするものから、何らかの成果をもたらすための手段に移行した。その結果、学際研究は急速に進みつつある。
いくつかの分野の境界領域をまたがる知識が必要となってくるのだ」と書いています。
 
 学問もビジネスも二刀流が求められ、マルチキャリア、多毛作な人生を生きる人がどんどん増えていくでしょう。
 私自身も24年間のビジネスという第一ステージを卒業後、政治の世界に転身し、神戸市長選や兵庫県議会議員、地方自治体の参与など第二ステージが15年目になります。数年前から第三ステージの教育界へ軸足を移しながら、未来を担う世代の役に立てるよう活動を始めたところです。

私が好きな英国の宗教詩人による詩に次のような一小節があります。
「天空に大きな円を描きなさい。その円はあなたの代で 完成することはできないかもしれない。でもあなたはその円の弧になることができる」
私が今トップを務める企業や団体も20年後にどうなっているか、まったく想像できません。が、おそらく私は第一線を退いて、誰かにバトンを渡し、その成長を育み、見守り続けていると思います。

「過去が咲いている今、未来の蕾でいっぱいです」
そんな気持ちで毎日を楽しんでいきたいと思っています。

楽しんでもらえる、ちょっとした生きるヒントになる、新しいスタイルを試してみる、そんな記事をこれからも書いていきたいと思っています。景色を楽しみながら歩くサポーターだい募集です!よろしくお願いします!