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バレエ感想「ラ・バヤデール」世界バレエフェスティバル全幕特別プロ2024


世界バレエフェスティバル全幕特別プロ「ラ・バヤデール」(マカロワ版)を鑑賞しました。
今回はオリガ・スミルノワの全幕をどうしても見たくてチケットを買いましたが、素晴らしかったです。踊りで感情を伝える本物のバレエを見て心から感動しましたし、これまで下品でつまらない「ラ・バヤデール」に散財してきたことを後悔しています。その分の予算を今回もっと注ぎ込んで、もっと良い席で見ればよかったと悔しい思いでいっぱいです。

踊りで感情を伝えるオリガ・スミルノワの素晴らしさ

スミルノワは高潔で気品に溢れており、それでいて荘厳で、異次元の存在でした。ニキヤの揺れ動く感情を表情ではなく、踊りで表現しており、踊りで魅せるということを体現していると感じました。

例えば1幕の寺院でソロルと会って愛しい人に会えた時の喜びの表現については、もちろん笑顔も見せていましたが、内面から湧き上がる様子を表現していました。寺院の炎にソロルが愛を誓った時は、ソロルが愛おしくて嬉しくてたまらない様子を伝えており、ニキヤの一途さを感じました。
ガムザッティと喧嘩をしてナイフを向けてしまうシーンではハッと我に帰り、震えながら恐れをなしている様子はその前の恋する乙女とは別の人格のようであり、見応えがありました。

個人的に最も美しいと思ったのがガムザッティとソロルの結婚式で舞を踊るシーンです。ニキヤの深い悲しみと絶望を全身で表現しており、特にポールドブラが音楽と一体化して雄弁であり、彼女の踊っている姿を見れば誰もが彼女の悲しみに心を打たれると思いました。
マカロワ版では影の王国の後にソロルとガムザッティの結婚式のシーンがありますが、そこではソロルにだけ見えるニキヤの亡霊が登場します。スミルノワのニキヤはまさに六条の御息所の生き霊のような、自分を裏切ったソロルが生きていることを許さないような怖さがあり、絶対にあの世に道連れにするという女の怨念は凄まじい迫力がその踊りの力強さから伝わってきました。

長くなりましたがスミルノワの素晴らしい点はワガノワ仕込みの美しい踊りだけでなく、これらの感情表現を全て踊りを通して伝える点であり、久々に表情ではなく踊りで魅せてくれる「本物のバレエ」を見れて心打たれました。
スミルノワの踊りからは自分の踊りに満足せず、常に高みを目指している彼女の強さと追求心も感じ、ぜひ今後も舞台を見続けたいと思いました。

ヴィクター・カイシェタのソロルについて

今回の舞台について、正直に私の感想を言うと「期待したほどでは無かった」です。ただし先に言うとカイシェタは周りに比べて別格の存在であり、恵まれたスタイルから繰り出される数々の踊りは本当に美しかったです。それなのになぜ期待したほどで無かったと思ったかというと、あまりにもスミルノワがニキヤに魂を込めて踊っており、その荘厳さに追いつけていないと感じたからです。
カイシェタが悪いのではなく、スミルノワが凄過ぎたと言うのが本音です。
まだ若いので荒削りであり、スミルノワのような荘厳さを出すためにはまだまだ経験が必要だと思いましたが、逆にいうと舞台経験を積めば大きく成長するという確固たる将来性を感じました。

カイシェタはワイルドな雰囲気があり、ソロルという役柄によく合っていると思いました。ニキヤに対しては心からの愛を誓っているように見えますが、良い意味で軽いです😂
きっとニキヤ意外にも可愛い子がいたらすぐに愛の言葉を囁きそうな軽さがあり、そういう意味ではガムザッティに鞍替えしても全く違和感が無かったです。血気盛んな若者そのものであり、久々にこれだけ活力にみなぎるソロルを見たなと思いました。

ただし私は今日のカイシェタは緊張からなのか、まだ本来の力を出しきれていないのでは無いかと感じました。なぜなら動きをセーブしていたような気がしたからです。彼ならではの快活さや伸びやかさが期待したほど出ていなかったなと思いました。もし今後彼が経験を積んで、表現面/技術面ともにいつか本気の舞台を見れたらどんなに素晴らしいだろうと思います。

それにしてもカイシェタは美しいです。高身長に加え、手足の長さ、つま先の美しさなど、まさにバレエのために生まれてきたという出立ちです。正直今日は本調子では無さそうでしたが、そこにいる誰よりも美しく人目を引いていました。バレエとは彼のようなスタイルを持つ人間のための芸術なんだなと感じましたし、どんなに努力しても生まれ持ったスタイルには勝てないという残酷さも感じました。
そして出立が美しいだけでなく、要所要所のポーズがカチッと決まっており、ふとカイシェタと同時期にベルリン国立バレエ学校で学ばれていた小川尚宏さんを思い出しました。何を踊っても静止画のように目に残る美しさがあります。

印象に残った東京バレエ団のダンサー達について

ガムザッティの伝田陽美さんについては今まで私が見た舞台ではキャラクテールの役柄を踊っていることが多く、最初にキャスティングを見た時は「なぜプリンシパルもいるのにあえて彼女に差配するのだろう?」と思っていました。
しかし実際に今日舞台を拝見して、もしかして東京バレエ団で一番テクニックが強いダンサーかもしれないという印象を受けました。東京バレエ団には上手な方が多いですが、スミルノワと対峙できるだけの力強さや迫力を持つのは彼女しかいないでしょう。正直踊りの迫力に比べて表情の使い方はあまり魅力を感じませんでしたが、それを上回る高い技術力を持ったダンサーだと感じましたし、もっとクラシックを踊らせてあげればいいのにと思いました。

もう1人、パダクシオンや影のコールドで出演されていた榊優美枝さんはにこやかで、下品さがなく、パッと目がいくダンサーだなと感じました。媚びるような下品さを出すダンサーが多い日本バレエ界において「下品でない」というのは大きなアドバンテージかと思います。今後榊さんがどう迫力や劇性を身に付けていくのか、とても楽しみです。

スミルノワ/カイシェタを見て感じた日本バレエ界の課題

これは特定のバレエ団を指しているのではなく、ここ1年ほど日本のバレエ団を見てきた私の、あくまでも素人考えです!

最近は日本のバレエ団では技術不足を補うためか、大げさな表情を作って誤魔化そうとするダンサーが多く、やり過ぎて下品になっていることがほとんどです。しかしスミルノワの舞台を見ると決して大げさな表現は無く、愛する気持ち、怒り、悲しみなど全てが彼女の踊りを通して伝わってきます。具体的な説明は難しいのですが、踊り自体が雄弁なのです。踊りで感情を表現するためには才能だけでなく、厳しい訓練、舞台に立ち続けて自分の芸を磨き続けることが必要です。

ここ最近下品な顔芸に溢れているつまらない「ラ・バヤデール」を見過ぎたせいで辟易していましたが、スミルノワのバヤデールを見て、私が見たかったのは彼女のように「踊りで感情を伝えてくれるバレエ」だと再認識しました。いつか日本にもスミルノワのように顔芸では無く踊りで雄弁に語ってくれるバレリーナが現れてほしいと思います。そのためにもまずは顔芸で技術不足を補うのではなく、踊りで表現するための技術力を上げていくことが急務と考えます。

ヴィクター・カイシェタは高身長で手足の長い、まさに「バレエのために生まれてきた」体型を持っています。しかし日本人の99%は彼のような体型を持っていません。スタイル抜群のバレエダンサーの中でもカイシェタの隣に並んで見劣りしない日本人ダンサーは森本晃介さんくらいだと思います。高身長と顔の小ささを持つ日本人ダンサーは他にもいるでしょう。ですがそれに加えて海外での徹底した教育を受け、西洋人のようなまっすぐな足を持つのは現在日本のバレエダンサーの中でも森本さんだけであり、普通のダンサーならカイシェタのような人の隣で踊ると見劣りしてしまうでしょう。
ただし私がここで言いたいのは悪口では無く、スタイルの差は変えようが無いもので、そこを今後どうカバーしていくか日本人ダンサーは考える必要があるということです。

例えば世界中で尊敬され今でも彼らを目指す人が止まないルドルフ・ヌレエフは決してスタイルが良いとは言えません。ですが上品で格調高く、悲しみや喜びなどの表現は時代を超えていつも私たちの心を打ちます。
ミハイル・バリシニコフも身長が低く、スタイルは良く無いです。しかし彼は誰も持ってないような超絶技巧と華やかさを持っています。またアルブレヒトの後悔など踊りを通して感情を伝えることにも長けており、永遠のレジェンドの1人です。
ではヌレエフやバリシニコフが、彼らよりスタイルのいいカイシェタの隣で踊ったら見劣りするか?あり得ないと思いますし、下手したらカイシェタの方が見劣りするでしょう。

何が言いたいかというと日本人ダンサーはヌレエフやバリシニコフのようにスタイルや見た目の美しさを超えた部分の輝きを増強して勝負していくべきですし、その部分で世界に渡り合えるような人材を輩出しないと日本バレエ界は競争に勝っていけないと思います。確かにカイシェタのような美しいダンサーにはパッと目が行きます。私はTwitterをやっていますが先ほど名前を挙げた森本晃介さんのファンは結構多く、よく応援コメントを見かけます。やはり人間は美しいダンサーが好きなんだなと思いますし、それは当然かと思います。
ですが全員が全員カイシェタのようなスタイルを持っていない以上、ただ無闇にバレエの技術を磨くだけでなく、ヌレエフやバリシニコフのようにスタイルを超えた輝きをどう舞台で見せていけるのか、日本のバレエダンサーにはぜひ考えてほしいと思います。
ただ綺麗なダンサーは、いつかもっと綺麗なダンサーが来たら飽きられます。でもヌレエフやバリシニコフのような随一の輝きがあれば、誰もそのダンサーの見た目を気にしなくなるはずです。

余談

ちなみに今日の客席は世界バレエフェスティバルに出場するダンサー達も見にきており、私が見た限りだとパリ・オペラ座エトワールのジェルマン・ルーヴェ、オニール八菜さん、そしてダニイル・シムキンが客席にいました。
私が見えなかったサイドには、ロベルト・ボッレ、アレッサンドラ・フェリ、ドロテ・ジルベール、そしてマリアネラ・ヌニェスもいたという情報があり、スミルノワのニキヤはそれだけの大スター達がこぞって見にくるくらい高名なんだと思いました。

ちなみにジェルマン・ルーヴェはなんと昨日放送されたパリ五輪開会式にパフォーマーとして出場!客席で見かけた時は「え!?昨日オリンピック出てたよね!?どゆこと!?」と驚きましたが、やはり本人だったみたいです。ダンサーの体力すごい・・・!


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