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二回読んだ「母影」と尾崎世界観のことなど

「何なん、この声?!」って思うも中毒に

尾崎世界観のことというか、クリープハイプを初めて認識したのは、確かCMソングとして耳にした「憂、燦々」だったと思う。

まぁ、多くの人が感じたであろう、あのサビでのハイトーンヴォイスをはじめて聞いたときは、「何なん、この声?!」って思ったし、全然好きになれなかった。

その後、よく聞くようになったのは、松尾大吾監督の映画「自分のことばかりで情けなくなるよ」を観てからと記憶している。
彼はクリープハイプのMVの監督をしていて、この作品はクリープハイプの楽曲を基に作られたものだ。

いま思えば、初めは嫌悪にも近かったのに、いつの間にかハマったこの感覚は、ブランキージェットシティの曲(ベンジーの声)を初めて聞いたときと同じだ。

生で出したり、うまく包んだりする歌詞

クリープハイプは、尾崎世界観の個性的な声と同じくらい、もしくはそれ以上に彼が書く歌詞が魅力だ。

綺麗事だけではなく、ときに醜い感情をも含んだ“生の声”として書かれた歌詞、生活感を色濃く感じさせるワードを使った歌詞、聞く者それぞれに想像する余地を与える行間のある歌詞、一筋縄では行かない独特の言語感覚で表現された歌詞。
楽曲により、男女双方の目線で描かれているのも面白いし、タイトルだけで「??」と思わせる曲も多い。

いまの30〜40代前半くらい?のミュージシャンは、日本語の表現力が素晴らしいひとが多いなと感じていて、その部門において、僕の中では、野田洋次郎(RADWIMPS)、川谷絵音(ゲスの極み乙女 / indigo la End)、尾崎世界観は同じフォルダに収まっている。
さらに、ロマンチック要素でいえば、野田>川谷>尾崎だと思っていて、これは過去のスキャンダル実績から見ても、実際にモテてる順番とも比例してるのでは?と分析している。

「母影」のはなし

芥川賞候補にもなった、クリープハイプの尾崎世界観の著作「母影」。
この本の感想を書くはずが、ずいぶんと前置きが長くなってしまった。

僕はこの本を2回読了した。
1回読み終えたあと、はじめてクリープハイプの曲を聞いたときと同じように「何なん?!」となったからだ。

発売前に、このキャッチコピーを目にしていたし、これまでの尾崎世界観の世界観に触れていた僕は、怪しくも生々しい物語を、彼なりの包み方で調理するのだろうとイメージしていた。

小学校でも友だちをつくれず、居場所のない少女は、母親の勤めるマッサージ店の片隅で息を潜めている。お客さんの「こわれたところを直している」お母さんは、日に日に苦しそうになっていく。カーテンの向こうの母親が見えない。少女は願う。「もうこれ以上お母さんの変がどこにも行かないように」。

読み始めて、最初の違和感…
「そこも?ここも?ひらがな?!」

たまに判読できずに二度読みすることも……
そう、これは小学生(たぶん2〜3年生)の女の子の視点から書かれた、主にお母さんやクラスメイトに関する話。

いわゆる起承転結的な物語をイメージすると、肩すかしをくらう。
女の子の身の回りに起こったことの気持ちがメインだし、小学生低学年の女の子に、大人が思う大事件はそうそう起こらない。(彼女にとってはまぁまぁな事件も多々あるけど)

表現の豊かさ

ほどけたクツヒモはお客さんの足から逃げてるみたいだった。
ボロいカイダンは、こげたグラタンみたいな色をしてた。
長くのびたおっぱいは、学校の水道のじゃ口にぶら下がった石けんみたいだ。
少しでも夜をへらしたいときは、まぶたのうらで小さな花火があがった。
食べものをよそう手がねむたそうだ。
音がぬれてるから、聞いてると耳もびしょびしょになった。
電車はどんどん近づいてきて、キャーッてさけびながらだんだんスピードを落としていった。
空からまっ赤な血が出てて、ところどころ白い雲がそれをふいてあげてた。それでもやっぱり痛いのか、しばらくして空から雨が落ちてきた。

子どもって、こんなこと言うよなぁって表現。
小学3年生の娘にもたまに感じる、すごいたとえだなぁって思う表現。

学校ではクラスメイトから疎外されているせいか、年齢以上に思える他者への冷静な目線があると思いきや、性に関する知識が抜けてたり、選挙ポスターをバカにして見てたりと、大人が思ってる以上に、子どもの思考は画一的じゃないし、バランスが悪く、複雑だなと思う。

以前に読んだ本に、こんな感じの一文があった。
子どものときは、みんな天才なんだよと。
子どもは出来るようになるまでやり続ける。
大人になるってことは、途中で「無理かもな?」と思って、諦めたりサボったりするようになることで、天才と言われる人は、子どものきもちを失くさずにやり続けたひと。みたいなの。

こんなきもちを、子どもと変わらぬ目線で表現できてしまう、尾崎世界観は天才だって思った。

恥ずかしいきもち

2回目に読んで気づいたのが「恥ずかしいきもち」。
作中、主人公の「私」は、ちょいちょい恥ずかしいきもちを感じる。

とってもしょっぱい私の腕
がんばって無視してるのに、ちゃんと聞いちゃう私の耳
いちばん恥ずかしいのはウンコをすること
ソーダ味の息
はじめて聞いたお母さんのヒメイがすごく女らしくて

恥ずかしいきもちは、すべて、お母さんに対してのものだ。逆にクラスメイトやお客さんに感じるのは嫌いや悲しいきもちだ。

お母さんと私、ふたりの家族。クラスメイトに疎外される私にとっては、お母さんがすべてだ。
変になったお母さん、お客さんに取られちゃうかもしれないお母さん、離れていくかもしれないお母さん、様々な場面で私は不安になる。

女の子はお母さんが大好きなんだ。
大好きだから恥ずかしい……わかる。
恋愛対象に対して感じるようなやつだ。
親に対してあったかどうかを思いだすには、歳を食いすぎた僕にはもうわからないけれど。

しかし、恥ずかしいってきもちは、いつ、どんなタイミングで芽生えるんだろう。

面影=記憶によって心に思い浮かべる顔や姿。

私にとっては、カーテン越しに見る、隣のベッドで壊れたおじさんを直すお母さんの影がおもかげ。なんだか、いろいろとつながった。

最後に

この春、高3になる長女は、クリープハイプもRADWIMPSもゲスの極み乙女もライブに行くほど好きなので、この本もホワイトデーのおまけとしてプレゼントした。

小学生の頃から、僕の好きなミュージシャンのライブやフェスに連れ出していた娘が、同じような嗜好なのは嬉しい反面、この類の男は、才能はあるけども、男(彼氏)としては、限りなく0点に近くて、クズ野郎なケースが多いのは分かっている。

なので、パパとしては、とても心配している。
そのことを本人にも伝えたけど、まだ実体験が無いであろう彼女は爆笑していた。

僕調べでは、いまのところ彼氏ができた痕跡の無い彼女に、内容的にどうかな?と思いつつも、この本を渡した。さて、「母影」を読んだ彼女は、どう感じるんだろうか?



追記:76歳の母に「母影」は、孫が好きなミュージシャンが書いた作品だと伝えたところ、ちょうど、尾崎世界観の回の情熱大陸を観たようで、母も買って読んでみるらしい。
こちらの感想も楽しみだ。


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