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公式戦でトラッキングデータを取得するテスト 〜四国アイランドリーグplusデータレポート(7月第3週号)

Rapsodo Stadiumのトライアルを実施

先週の記事でも触れた通り、7/7と7/9に行われた高知FDの主催試合(高知市野球場、室戸マリン球場)でRapsodo Stadiumを設置し、公式戦でトラッキングデータを取得するテストを行いました。

7~8月にかけて、四国アイランドリーグplusのリーグの事務局が主導して、4球団の主催試合でそれぞれテストをする予定です。

現時点でリーグが取得したデータは各主催球団に渡すという状況ですが、今後は野球の普及・振興や野球のデータに興味のあるファンとのコミュニケーションを深める意味で、一般に公開していくことも視野に入れています。

記事執筆前提となるリーグでの自分の役割は、下の記事をご覧ください。

なぜトラッキングデータを取得するのか?

改めて、なぜトラッキングデータを取得する取り組みをリーグ主導でやるのか?ということですが、大きく3つの意義があると考えています。

1、リーグ全体のパフォーマンス向上

今までRapsodoで測定した事は無く、自分の打球速度がどのくらい出ているのかがよく分からない状況でしたが、今日の試合前に測定出来る機会を頂き、測ることが出来ました!本当にありがとうございます🙇‍♂️

最速は158km/hでした!

ちなみに大谷翔平選手は置きティーで
178km/h出していました😇

また四国アイランドリーグでは後期シーズンから球場にRapsodoを設置するという試みが始まっています!
試合での投球や打球のデータなどが数値化出来る事は野球人生にとってとてもプラスになると思います!

高知FDの坂口大輔選手のインスタグラムより引用

1つ目はリーグ全体のチーム、選手のパフォーマンス向上の意義です。

上記は高知FDの坂口選手のインスタから引用したものですが、今回はRapsodo Stadiumの測定の合間にRapsodoのHITTING 2.0のトライアルもやっていました。

これが選手の間で注目され、多くの選手から測定したいという申し出があり、上記のようにインスタで結果をアップする選手もいました。

野球のパフォーマンスは投球や打球の速さだけで決まるものでは当然ないですが、より上位のレベルになればなるほど球速、打球速度は上がります

NPB各球団のスカウティングでも、様々な数値が使われ始めている状況なので、球速だけでなく投球の変化量や打球速度など、NPBを目指す四国アイランドリーグplusの選手たちが自身の現在地を客観的に認識することはとても意義があることだと考えています。

2、新たなパートナーシップやマーケティングへの活用

さらに、リーグが主導して行うことで、データの網羅性を高めることが出来ます。網羅的なデータは個別の選手のパフォーマンス向上だけでなく、メディアを通したコンテンツ制作など様々に利用することができるので、データの価値が高まります。

例えば、MLBはリーグで主導してGoogle Cloudをメインスポンサーにしつつ、トラッキングデータを取得しています。

リーグが主導してデータを取ることにより、世界最大規模のクラウドサービスをパートナーとして付け、Baseball savantのような一般向けにデータや映像を公開するサイトを運営することが出来ています。どのような契約になっているか詳細は知らないですが、Google Cloudからクラウド環境を提供してもらってトラッキングデータの運用を行えている状況は羨ましい限りです。

一方で、NPBの各球団にも様々なトラッキングデータが導入はされていますが、各球団が自チームの強化目的のために費用を払って導入している状況です。次の記事はトラッキングシステムの「Hark eye」の導入に関する話です。

各球団が強化目的でトラッキングシステムを導入するのは競争優位性を生むためなので、当然ながらデータを外部に公開するという方向は二の次になります。

MLBでも、もちろんリーグが全てのトラッキングシステムを導入しているわけではなく、マイナーリーグやスプリングトレーニングでの機材など球団が独自で導入している部分はありますが、リーグが主導して先端技術を活用した試みを行い、新しいファン層の開拓や企業とのパートナーシップを作っているという現状があります。

このように、最先端技術の導入とデータの網羅的な取得、整理はパフォーマンス向上だけではない価値を生む可能性を秘めています。

3、野球界含めた社会で活躍する人材の育成

先ほど紹介した坂口選手のインスタのコメントを再掲しますが、下記のような記載がありました。

「試合での投球や打球のデータなどが数値化出来る事は野球人生にとってとてもプラスになると思います!」

【再掲】高知FDの坂口大輔選手のインスタグラムより引用

野球選手が自身のパフォーマンスを数値化して把握し、数値目標を定めてPDCAサイクルを回す作業をすることが当たり前になると、野球を一所懸命やることそのものが、主体的に数値目標を定めて仕事を回せる人材を生むことに繋がると考えています。旧来の体育会系の良さを持ちつつ、今の社会が欲している主体性の高い人材になれると思います。

先月、四国アイランドリーグplusの選手向けの企業説明会の場で「データ活用に興味を持つことが社会で生きていく上でどう活きるか?」という講義をしたときのポイントとなるスライドが次の2枚です。

四国アイランドリーグplusの選手向け企業説明会でのスライド1
「自身でクリアすべき数値(KPI)を設定して、目標を達成しましょう」という話。
四国アイランドリーグplusの選手向け企業説明会でのスライド2

ChatGPTなど生成系のAIが一般向けに出始めてきた2023年。どうやるか?という「how」の答えは今後ますます自動で出てくる時代になっていくでしょう。その中で、むしろ重要度が上がるのは何がしたいか?なぜしたいか?という「what」「why」があることだと考えています。

明確に目標を持っている野球選手はwhatやwhyを持っている人材なので、彼らが数値目標を設定し、クリアしていくという習慣を身につけたなら、社会で活躍するリーダーになれると考えています。

トラッキングシステムをリーグとしてトライアルをしている3つ目の意義はまさにここで、野球選手が社会のリーダーになっていくための仕掛けを作りたいという意図があります。

なぜRapsodo Stadiumを導入しているのか?

次に、なぜ今回Rapsodo Stadiumをトライアル導入しているか?という点について少し触れておきたいと思います。

1、トライアル導入ができること

まずこれは大きいのですが、四国アイランドリーグplusにトラッキングデータ取得を進めるための個別の予算があるわけではないので、できる限り両者のリソースを持ち出して、お互いにトライアルとして導入できることがとても重要でした。

2、JWLでのトライアルの実績

去年のジャパンウインターリーグ(JWL)というトライアウトリーグでリモートでスカウティングができる仕組みのひとつとしてトライアルの実績があったこと、当時のRapsodo Stadiumnoデータを見て「ある程度使える精度」と感じたことも導入のポイントです。

2022年のJWLでのトライアルの様子

個人的に昨年末に沖縄に向かい、特に別に誰から頼まれてもいないのですが、JWLの代表の鷲崎さんからRapsodo Stadiumのデータをもらって使える状態に整理し(打者や投手のタグ付けが2割程度正確ではなかったので試合動画を30時間くらいかけて見直して、5000行のデータを直した)、下記のような170ページに渡るレポートを2月末に作っていた、という経緯があります。

せっかく良い取り組みがあるのに、データが整理されずに放置されるのはもったいないので、報告資料をまとめてみました。

JWLでのRapspdo Stadiumのレポート表紙
JWLでのRapspdo Stadiumのレポートの趣旨
JWLでのRapspdo Stadiumのリモートスカウティングのレビュー
JWLでのRapspdo Stadiumの投球変化量とリリース角度のデータの散布図。
色は赤いと球速が速く、青いと遅い。
JWLでのRapspdo Stadiumのコース別打球速度の平均

詳細は書けないのですが、過去の自分の経験を踏まえると地方の4球場でキャリブレーションをやる運用をした上で、変化量の分布が正しそうなデータに落ち着いているのはすごいと感じました。

コース別の結果も割と正しそうで、これは実用性があるのでは?と感じていました。

3、運用しやすい仕組みであること

上の映像はRapsodo Stadiumの設置、運用の詳細です。

他のNPBに導入されているトラッキングシステムと比べても、簡易的な運用で設置できることが分かります。

まあ、実際は試合前日に設置できた方が良いこと、試合当日のみで設置およびキャリブレーションをするのはリスクはあるなということは今回分かりましたが、試合開始5時間前くらい前に球場に入って、そこから設置できる手軽さがありました。

今回テストを行った室戸マリン球場(筆者撮影)
今回テストを行った高知市野球場(筆者撮影)

4、技術面で拡張性があること

神宮球場に設置されているトラックマンを柱の後ろから見た風景(筆者撮影)

また、光学式(カメラの映像を解析してデータを取得する)のシステムであることも、今後の拡張性の高さを感じています。

MLBではリーグ主導で試合のデータを取るトラッキングのシステムが過去15年で大きく2度リプレイスされています。

2008〜2014年:Pitch f/x(光学式)

2015~2019年:Trackman(レーダー式)+Tracab(光学式)

2020年〜:Hawk eye(光学式)

このように、ざっくりいうと「光学式 → レーダー → 光学式」という変遷になっています。

上のような記事でも度々報じられている通り、NPBでも現在はTrackmanとHawk eyeのどちらかは入っていると言われていますが、レーダー式のTrackmanはボールに関してのデータを正確に取る点では有用な一方、選手の動作を解析するなど、カメラではないと取れないデータは取得できません。

また、データだけでなく高解像度の映像を残すことができるのも、光学式のシステムのメリットです。

ボール部分のデータの取得率や精度はTrackmanがある程度高いという認識ですが、光学式のシステムの今後の拡張性も捨てがたく、今回はリーグではRapsodo Stadiumを試している、という状況です。

データ取得の精度および今後の展望

どの程度の取得率、精度だったか?

ここまで、リーグでトラッキングデータを取得する取り組みをなぜ、どのように始めているのかという話を書いてきました。

実際取得してみると、アプリの不具合や牽制球を取ってしまうなどのシステムの問題もあり、1球ごとの映像の取得率は67%、球速や変化量データの取得率は51%でした。アプリが問題なく起動されているときに限ると、1球ごとの映像の取得率は85%、球速や変化量データの取得率は64%と取得率にまだまだ課題はあります

ただ、2試合目の室戸マリン球場での計測では別で測っていたスピードガンとRapsodo Stadiumの球速差は平均-0.2km/h、球速差の標準偏差は0.8と小さく、何を正解とするかにもよりますが良い精度になっていました。

変化量のグラフも想定していたような結果になっており、取得率は良くないけれども、取得できたデータ自体はある程度の精度があったと感じています。

「ワンソース・マルチユース」ができる状態にする

 そのため今後は、既存のシステムに依存することなく、データや映像のワンソース・マルチユース化を進め、そのうえで球団に必要な情報を一元管理できる情報管理システムの構築が進むと須山氏。この情報管理システムでは成績、メディカル、査定などの球団の選手情報はもちろん、スカウト対象選手まで一元管理が可能になるということです。

【IT×スポーツ】 第2弾 「プロ野球界におけるIT活用の現在と未来」イベント開催レポートから一部引用

上は少し前の記事ですが、球団では選手の情報を取得、整理し多方面で使える状態にする取り組みが主流となっているという話です。

これを「ワンソース・マルチユース」という言い方をしており、まさに今やっている取り組みはリーグ主導で「ワンソース・マルチユース」を実現させるための取り組みを始めているという話になると思います。

プロの選手の情報は興行主からすると、売り物となるプロダクトそのものの情報と言えます。その情報を整理し、多方面で活用できるようにしておくことは、商品の品質管理という観点からみても重要なことで、決して野球の強化だけの用途にとどまる話ではありません。

今季から始めている1球ごとのスタッツデータの活用環境を整えることと、今回始めたトラッキングデータの取得、整理の取り組みを通して、リーグがデータを用いて社会的な価値を創出できる存在となれるように、今後も施策を出し続けていきたいと考えています。

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