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「まだ早いよ」

気が付いたらオープンカーのような何かに乗せられ時代劇映画で見かけるような古い町のような場所を走っていた。
その乗り物は現代的な見た目ではなく木製のリアカーに近い見た目だ。速度も遅い歩いた方が早いと思う程だ。道は砂と砂利で出来ていて両側はこれまた時代劇映画でよく見かける平民が住んでいそうな家が連なっている。

「お前さん、お前さん」
後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。一緒に乗っていた90代近いお婆さんの声だった。
乗り物や町並みに似合わず着ている服は、とても現代的だ。シャツにズボン、靴も履いている。ただしお出かけ出来るような服装にも関わらず鞄は見当たらず手ぶらだった。

振り向いた私は気が付いた。この乗り物には、このお婆さんと私と7、80代のお爺さんとお婆さんの4人しか乗っていない。あと2、3人は乗れそうなスペースが不自然に空いている。

「早く降りなさい。」彼女は私に近付き顔は外に向けながら声を潜め聞き取れるか聞き取れないか程の小さな声で私に忠告をしてきた。
「はぁ」何も分からない私が思わず言葉を漏らす。

「何かあったかい?」
前に居たご老人夫婦のお爺さんが振り向き私達へ問いかけた。
「いえ、特に何もありません。不思議な場所ですね」
私は本能的に何か隠さなければならないと思った。それと同時にこのご老人夫婦との会話には気を付けなければならないと、そんな不思議な気持ちになった。

「ポポポ。でも、いい場所じゃよ。ポポ」不思議な笑い声と共にお婆さんまでもが振り向いた。
「けてけてけ。ほら見てみぃ」お爺さんの笑い方も不思議すぎる。

お爺さんが目を向けた先へ目を見やった。時代劇の平民がいかにも住んでいます。といった建物から子供からご老人まで幅広い世代の方々が出てきた。不思議な事に赤ちゃんは、1、2人いるかいないかだ。子供の数も少ない。10~30代の人も少ない。
着ている服も麻の袋をそのまま被りました。といった服装や一緒に乗っていたお婆さんと同じ様に現代的な服装の人、着物の人、裸足の人、破れた軍服の人、何日も袋を洗わなかった様な服を着ている人、時代の統一感もない服装。

買い物に来たのか中身の入っていない籠バックを片手にこちらを伺うように見ている女性。辺りにお店らしい場所はない。
手ぶらな人が多い中でよくこの人の事は覚えている。

ゴムボールと共に子供が飛び出してきた。
「ポポ様!けて様!新しい人ですか?」
この不思議な乗り物に乗っていたご老人夫婦へ声をかけてきた。どうやらこの2人案内人のようだ。

「ポポポ、そうじゃよ。」
「けてけてけ、おいお前さん、1番後ろに乗っているお前さんじゃよ。」
90代近いお婆さんが首を傾げる
「そうそう、お前さん。ここで降りなさい。」
お婆さんが降りていく。その顔は心配そうに私を見上げる。
「ポポポ、そんな心配しなくてもこの子も直ぐにここに連れてくるぞ。ポポ」
「けてけてけ、まだ時期じゃないだけじゃ」

けて様、ポポ様と私の3人が乗った不思議な乗り物は道を進んでいく。
遠くまで来たのか町からそこまで離れてはいないのか結界のような場所を抜けてから町人1人見かけなくなった。
「けてけてけ、ここじゃよ。」お爺さんの声と共に降りる。
そこは、山道の入口だった。

暗い道、不気味な木々。
一本道のこの道をひたすら歩く。ポポ様もけて様もこの道に入ってから歩くのが早い。とても、歳を召した方のスピードでは無い。気が付いたら、はぐれていた。道もいつの間にか外れたのか舗装されていた道では無く私は獣道を歩いていた。
歩いていると鳥居が見えた。普段から神社に挨拶へ行く私は、何も考えずに鳥居を潜り神様への挨拶をしに行った。

挨拶を終え帰ろうと踵を返した時、1人の美しい人に呼び止められた。
本能的に神様かそれに近しい人なのだと思った。着ているものは豪華では無くどちらかというと素朴なのに神々しい美しさが隠せていない。どこか冷たい眼差しと近付き辛い雰囲気がある。
「おい、もうすぐ雨が降る。ここで雨宿りしていきなさい。」
「ありがとうございます。でも、早く道に戻らないといけないんです。」
「…そうか。でも、雨が降ったら道が塞がる。ここで雨が上がるまで待て」
「分かりました。では、お言葉に甘えて…
ありがとうございます。」
2人で本殿で腰をかけてただ雨が降っているのを眺めた。不思議な事に境内は雨が降っていない。外は大雨と言っていいのか。と疑問に思うほどの大雨だった。少し怖かった。神社は高台にあるので雨で溺れる心配もない。ただ、町はここよりもずっと下にある。それだけが気がかりだ。
「何も心配することは無い。」美しい人はそれだけ言うと外へ目を向ける。

数分が過ぎた。
雨が上がった。鳥居から見下ろした山道はすっかり水で覆われていてまるで湖のようだった。所々に山の頭だけ見える。言葉で表せない程とても美しい光景が広がっていた。
「凄く綺麗…こんな景色初めて見ました!」
嬉しくなって振り返った。
「ありがとうございます。美しい景色が見れて…言葉に言い表せないけど、この光景を見せてくれて感謝しています!本当にありがとうございます!」
「…」美しい人は微笑んだ気がした。

「ポポポ」「てけてけ」けて様とポポ様の笑い声が聞こえた。振り向いたら2人が鳥居の外に立っている。
「ポポポここにおったのか」
「なんではぐれてしまったのかい?けてけてけ」
「ポポしょうが無い。早くこちらへおいで。」

「こちらへ」
美しい人の声と共に気が付いたら美しい人の斜め後ろに移動していた。

「ここは、お前らが来る場所では無い。去れ」
とても冷たい表情と声だった。
ポポ様とけて様は恨めしそうな顔でこちらを見つめていたが少しして消えた。

「…娘、助けられるのは多分今回だけだ。次は無理だろう。信用できる者についていけ」


…。……。………、
気が付いた。
また、不思議な乗り物に乗っている。
前には、ポポ様とけて様もいる。
私とポポ様けて様の3人以外は誰も乗っていない。2人共怖い顔をしている。最初に会った頃と違って無言だ。空気が重い。
町の人も心配そうにこちらを見ている。
乗り物もある程度のスピードを出している。どこか急いでいる様だ。
結界の縁に来た。やはり、町の人はそこから外へは出れないらしい。縁に何人もの人が心配そうに私を見ている。

山道へ来た。
「きちんと、着いてきなさい。」硬い声だった。
入っていこうとした時、前回と違って後ろから腕を掴まれた。
「っ!?」
驚いて振り向いた先には、かっこいい青年が人差し指を口に当てて静かにしろと合図している。腕を引かれるがままに山道横の誰も気が付かないような道へ連れていかれる。
知っている人のような懐かしい様な気持ちになって大人しく着いて行った。

「あの2人に着いていかなくて良かった。」
少し歩いてから青年が声をかけてきた。
「離れずに着いてこいって言われたんですけどね」思わず苦笑をもらした。
「いや、着いていかなくて正解だよ。」
「貴方は誰ですか?」
「町に籠を持っていた女の人がいたでしょ?その人が教えてくれたんだ。」
いまいち会話が噛み合ってない気がする…
「あの人ですか。ありがとうございます?」

「家族は好き?」突然、世間話が始まった。
「好きですよ。この間手相を見て貰ったら占い師から御先祖様に凄く守られてるって言われたんです。だから、御先祖様に守ってもらえてる私が家族を守ろうって思ってる程には好きですよ。一緒に住んでいる人だけでなく守ってくれている御先祖様も好きです。」
「…そうか。」涙声だった。

「着いたよ。」青年の声と共に案内された場所は池の上にある木製の橋だった。
水面との距離が極端に近く直接水に着いているかの様な橋だ。手すりは無い。

「ここをずっと歩いていきなさい。僕はここから先には進めないから。沢山言いたいことはあるけど、これだけ。」
一呼吸おいて青年が話し始めた。
「君が沢山笑って泣いて怒って、とにかく沢山の思い出を作って満足したな、もういいかなと思ったらここへ来なさい。でも、今はまだ早い。さあ、行きなさい。また、来世で会おう。」

背を軽く押され私は歩き出した。
「ありがとう!会えて嬉しかった!」
これだけは伝えておかないといけないと思った。
周りの景色が白く染まっていく、青年をもう一度振り返った時よく知っているお爺さんの姿に見えた。

ああ、帰るんだ。

強い白い光が段々と黒く染まっていく。
いきなり空気が入った様にッハ。と飛び起きた。心臓のドキドキが止まらない。

目覚める直前
「ポポポ」「てけてけけ」と
ポポ様とけて様の笑い声が不気味に耳に残った

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