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Fall Into The Sky

どこか小高い、開けた場所にある公園。黙々と本を読んでいる少年と、本を破り紙飛行機を折って飛ばしている女がいる。やがて少年は顔を上げ、

A)……何やってんですか?
B)見て分かりませんか?
A)大体分かりますけど、何で折ってるんですか。しかも飛ばしてるし。
B)そこに紙があるから。
A)本は折るものじゃなくて、読むものだと思いますけど。
B)だから読んでもらえるように、届けてあげてるの。
A)環境破壊じゃないですか。
B)微生物が分解してくれるから大丈夫。
A)ゴミを平気で捨ててると、真似する人が出てくるんじゃないですか。
B)ゴミを捨ててるんじゃないの、夢を飛ばしてるの。
A)はい?
B)普通、空から紙飛行機が降ってくることなんてないでしょ。
A)まぁ、ないでしょうね。
B)見付けた人はラッキー。
A)そりゃ、お札だったらラッキーですけど……。
B)夢がないね。
A)そうですか?
B)学生さん?
A)そうですけど。
B)少年よ大志を抱け。
A)諭吉に囲まれるのも一つの大志じゃないですか?
B)少年よ、大志を抱け。しかし、金を求める大志であってはならない。利己心を求める大志であってはならない。名声という、つかの間のものを求める大志であってはならない。人間としてあるべきすべてのものを求める大志を抱きたまえ。
A)続きがあるんですか。
B)そうだよー。
A)お姉さん、何してる人なんですか?
B)紙飛行機折ってる人。
A)じゃなくて、普段何してるんですか?
B)ブラブラしてる。
A)ニート。
B)じゃないよ。
A)職業は。
B)キャバ嬢。
A)……。
B)はこないだ辞めて、今は探偵。
A)……ホントですか?
B)興信所でバイトしてんの。あ、信じてないって顔してる!
A)確かに半信半疑ですね。
B)ひどーい!
A)証拠はあるんですか?
B)ないよ。
A)じゃあ信じられませんね。
B)探偵は一般人に正体明かしちゃいけないから。
A)何でですか?
B)潜入調査しにくくなるから。
A)なら言うのもダメじゃないですか?
B)だって言わないでしょ。他の人に。
A)分かりませんよ?
B)言ってもどうせ嘘だと思われるだけだよ。
A)それはありますね。
B)でしょ。……何読んでるの?
A)辞典です。
B)面白い?
A)それなりに。
B)変わってるって言われない?
A)言われますけど、お姉さんも人のこと言えないんじゃないですか?
B)アヤ。
A)?
B)アヤ。私の名前。
A)アヤさん。
B)ん。変わってるとは言われないよ。「独特の雰囲気がある」ってのはよく言われるけど。
A)それ変わってるって意味ですよ、遠回しに言われてるだけで。
B)言うね。……上にきょうだいいる?
A)いますけど、何でですか?
B)妙に遠慮がないから。
A)分かるものなんですね。
B)ちょっとはね。探偵だし。
A)じゃあ、俺がお昼何食べたか分かりますか?
B)……あんパンとカレーパンとメロンパン!
A)突っ込みませんよ。購買のサンドイッチとハムカツです。
B)そんなの分かんないよ! でもパンなのは当たったよ!
A)探偵とは言えないですね。
B)探偵は探偵でも名探偵でしょ、君が言ってんのは。
A)サクヤで良いですよ。
B)?
A)名前。荻原朔太郎の朔に志賀直哉の哉でサクヤ。
B)サッくん。
A)はい。
B)サクサク。
A)スナック菓子みたいですね。
B)ザクザク。
A)なんか痛いです。
B)ザックザク。
A)お宝掘り起こしたみたいですね、っていうか原形留めてないですよ。
B)逆さまにするとヤクサだね。
A)ザ、って濁らないと間抜けな感じがしますね。
B)でも元々は、何かの賭博で八と九と三の組み合わせのことを言うらしいから、濁らなくても良さそうだよね。
A)八と九と三の組み合わせに何かあるんですか?
B)足すと二十で無得点になっちゃうらしいよ。そっから無法者、ヤクザのことを言うようになったんだって。
A)よく知ってますね。
B)キャバは裏にそーゆー人たち控えてたりするからね。
A)見たことあるんですか?
B)私は見てないけど、何回かうちの店にも来てたみたいだよ。
A)へー。
B)良い名前だね。
A)そういう話聞いた後だと微妙ですね……。
B)良いじゃん強そうで。
A)逆さまだから弱いかもしれないですよ。
B)ドンマイ。
A)意味が分からないです。
B)本好きなの?
A)そうですね。
B)普段どんなの読むの?
A)色々読みますよ。気になった本は片っ端から読んでいくんで。
B)辞典も。
A)これは、まぁ、語彙を増やすために。
B)勉強熱心だね。
A)そんなことないですよ。
B)私が熱心じゃなかっただけかな。
A)勉強嫌いだったんですか?
B)うん。ずーっと机に座ってカリカリやってるの、性に合わないんだよね。何度窓から飛び出したくなったことか。
A)ドアではなく。
B)なんか別の世界に行けそうじゃない?
A)例えば。
B)窓に映った教室に私一人だけがぽつんと座ってるとか、気付いたらクラスの皆の首から上がないとか、実は自分達は水槽に閉じ込められている魚のようなもので、窓がパーンと割れたら濁流が雪崩れ込んで来るんじゃないかとか。
A)ホラーじみてますね。
B)そう?
A)でも好きですよ、そういうの。
B)ありがと。
A)俺、一応作家志望なんで。
B)そうなんだ!?
A)親には内緒ですけどね。友達に言っても馬鹿にされるだけだし。
B)夢があるって良いことだと思うけど。
A)アヤさんには夢ってありますか?
B)あるよー。
A)何ですか?
B)内緒。
A)狡くないですか? 俺には喋らせといて自分は喋らないって。
B)サッくんが勝手に喋ったんでしょ、私は強制してないよ。
A)そういえばアヤさんって、どうしてキャバ嬢になったんですか?
B)誘われたから。そろそろ次の仕事探さなきゃなーと思ってた頃だから丁度いいやって。
A)なんか適当ですね。
B)若い時しかできない仕事だし、どんなもんかなーっていう好奇心もあって。
A)好奇心は猫を殺すと言いますが。
B)別に殺されちゃっても良いし。
A)それは向こう見ず過ぎませんか。
B)そうかなぁ。
A)そうですよ。
B)……エベレストに登るのってさ、下手すると死ぬよね。
A)死にますね。
B)それでも登る人は向こう見ず?
A)向こう見ずなんじゃないですか。
B)しっかりしてるね。
A)アヤさんがしっかりしてないだけです。紙飛行機飛ばしてるし。
B)紙飛行機は関係ないでしょ。
A)俺、最後に紙飛行機作ったの、小学校のときですよ。
B)私が小学生レベルだって言いたいの?
A)そんなこと言ってませんけど。え、アヤさんって小学生レベルなんですか? そんなことないですよね?
B)サッくん酷い。
A)酷くないですよ。
B)そういやサッちゃんはね、って始まる曲なかったっけ。……何?
A)いえ、発想が子どもだなーと。
B)年取ると子供還りするって言うでしょ。
A)そうなるには早過ぎませんか?
B)ザクザク来るね。
A)そうですか?
B)流石ザッくん。
A)リュックサックみたいですね。
B)やっぱサッくんだね。
A)そうですね。
B)サッくんはさ、
A)はい。
B)彼女いるの?
A)……いましたよ。
B)どんな子?
A)非行少女でしたね。学校サボって遊びに行って、門限破って家に帰るような。
B)えーっ。
A)自由で気紛れで身勝手で、どうしようもない人でしたけど……眩しかったんですよね。自分の好きなように生きているところが。
B)意外。……でも良いね、そういうの。
A)そうですか?
B)打算がなさそうで。
A)打算、あるんですか?
B)あるよ。……女の子ってさ、凄い打算的なんだよね。
A)そうなんですか?
B)うん、大人になると特にそう。だから疲れちゃって、打算的じゃないものが欲しくなるんだよね。自分は打算的な癖にさ。……だからペットが必要とされるんだろうね、今の時代。繋がってるのに孤独だよね。
A)……何かあったんですか?
B)んー。……友達がね、友達じゃなくなっちゃったの。寂しかったなぁ。良いけど……良くないけど。
A)どっちなんですか。
B)良くないけど、仕方ないかなって感じ。私にできることなんて限られてるし。だからこうやって紙飛行機飛ばしてるんだけど。
A)いや、その繋がりはおかしいです。
B)おかしくないよ、ちゃんと繋がってるよ。
A)そうですか?
B)そうだよ。だからサッくんも折ると良いよ。
A)いえ、遠慮しておきます。
B)何で?
A)飛ばすんですよね?
B)……じゃ、亀折って。私鶴折るから。
A)何でですか。
B)鶴と亀は一緒じゃなきゃ可哀想でしょ。
A)なら鶴が良いんですけど。亀折り方分かんないんで。
B)だって鶴、飛んじゃうよ?
A)飛ばさなければ良いじゃないですか。っていうか紙飛行機みたいには飛びませんよ。
B)紙飛行機に鶴を乗せればヒューっと。
A)そもそも飛ばしちゃ駄目ですってば。
B)えー、つまんない。
A)やっぱ子どもと話してるみたいですね。
B)それ、馬鹿にしてる?
A)少し。でも良いと思いますよ。
B)良いんだ?
A)良いと思いますよー。
B)棒読み!
A)良いと思いますよ!
B)嘘っぽい! ……何折ってんの?
A)何でしょーね。……こーゆーの、懐かしいですね。
B)そう?
A)幼稚園とか、小学校の頃を思い出します。
B)綾取りとかしなかった?
A)あー、女子の間で流行ってましたね。
B)綾取りって、占いに使われる地域もあるらしいよ。
A)へー。もしかして、アヤさんのアヤって綾取りの綾ですか?
B)半分当たり、半分外れ。
A)どういうことですか?
B)苗字のアヤは綾取りの綾で、名前のアヤは色彩の彩の字。綾瀬彩芽って言うの、私。
A)アヤメさん。
B)でもいつもアヤとかアーヤとか呼ばれてるから。
A)確かにそっちの方が呼びやすいですね。
B)でしょ。読書は良いの?
A)本を読むのはいつでもできますけど、人と話すのはそうもいきませんから。
B)そっか。で、何で作家になりたいの?
A)んー。単純ですけど、書くのが好きだから、ですかね。
B)いつから書き始めたの?
A)中一のときですね。授業中思い付いたのをノートにメモして、家に帰ったらパソコンで打って。今もそんな感じです。
B)発表してる?
A)文集にはちょっと載せてますけど。
B)どんなの書くの?
A)色々書きますよ、今探っているところなんで。でもその時ハマッてる本には影響されますね。
B)辞典にも?
A)それはまあ。適当に開いたページに載っていた言葉をタイトルにして書くとか。あ、最近試してるのはリポグラムって奴で、使う文字に制限かけて書くんですよ。
B)制限?
A)例えば、カ行を使わないで書くとか。
B)それ難しくない?
A)そりゃ難しいですよ。でもなかなか面白いです。
B)カ行入ってるよ。
A)……丁度良いセンテンスを選ぶのは大変ですよ。でもやってみると案外ハマります。
B)おおー。
A)疲れるのでこれ以上はやりません。
B)残念。
A)今のも綾取りですね。
B)ん?
A)言葉の綾取り。
B)ああ。……関係ないけど鳥居って、大昔は三本足だったって知ってる?
A)唐突ですね。え、何で二本になっちゃったんですか?
B)日本だからじゃない? ニッポン!
A)違いますよね。
B)多分。
A)……日本の神様って一柱、二柱って数えますけど、あれって何ででしょうね。
B)神様は上から下に降りてくるものだからでしょ。柱状に。
A)そういうことなんですか?
B)だから「カミナリ」って言うんだよ。
A)えー。
B)神ナリ、神ナリ!
A)僕が神だ! ……完成です。
B)クローバー?
A)これなら見付けた人はラッキーですよ。
B)そうだね。
A)あげます。
B)ありがと。
A)昔、姉から教わったんですよ。
B)お姉さんに?
A)歌手になりたいとか言って家飛び出しちゃいましたけど。
B)血筋なんだね、アーティスティックなのは。
A)言われてみればそうですね。
B)ねぇ、クローバーの花言葉って知ってる?
A)知りませんけど、何ですか?
B)「復讐」。
A)……そんなつもりじゃなかったんですけど。
B)大丈夫だよ、四つ葉にはちゃんと「幸福」って意味があるから。
A)何かもやもやするんで別なの折ります。
B)じゃ、亀折って。
A)そうですね、挑戦してみますか。(スマホで調べて折り始める)
B)(鼻歌でかごめかごめ)
A)……後ろの正面って怖いですよね。
B)背後霊いそうだよね。左肩には守護霊が、右肩には悪霊が憑くらしいよ。
A)正面は。
B)分かんない。
A)幽霊っていると思いますか?
B)んー。幽霊が見える、っていう人が全員嘘を吐いているとは思わないよ。
A)幽霊の正体見たり枯れ尾花。
B)だけでもないと思うけど。……目に見えないからって無いとは言えないでしょ。素粒子とか遺伝子だって普通、目に見えないじゃん。友情とか愛情だって目に見えないじゃん。でも普通はあるって思われてる。お札だって、言ってみればただの紙切れでしょ。なのにどうして価値があるって思われてるの? 皆が「ある」って信じてるからでしょ。「ある」から信じるんじゃなくて、信じてるから、信じてる人が言うから、「ある」って思うんでしょ。
A)……あー。
B)この紙だって、皆がお金だ、価値があるんだって信じれば、お金になるの。幽霊だって、皆が「いる」って信じていれば、いることになるの。そう思わない?
A)幽霊が本当にいるかどうかは関係ないってことですか?
B)「本当にいる」ってどういうこと? 今、私たちに見えている世界が「本当にある」っていう保証はどこにあるの? 私たちが実は皆ゲームみたいな仮想現実の世界で生きているんだよって言われて、そうじゃないって否定できる根拠は何?
A)……。
B)私にとっては、夢も現実も同じようなものだよ。
A)……何か、凄いですね。
B)そう? 至極当たり前のことを言ってるだけだと思うけど。
A)子供っぽいのか大人っぽいのかよく分からなくなって来ました。
B)世界は君が思う通りのものだよ。
A)んー。いや、面白いですね。
B)なら良かった。
A)ネタにさせてもらいます。
B)良いよー、私文章書けないし。
A)勿体ないですね。
B)そう?
A)考えていることがあるのに、それを表に出せないのって。
B)じゃ、君が書いてよ。私の考えてること。
A)良いんですか?
B)連絡先、教えたげる。気が向いたら連絡ちょーだい。
A)ありがとうございます。
B)はい。キャバやってた時の名刺。
A)へー。って、証拠あるじゃないですか。
B)証拠? あれっ、探偵の話じゃなかったの?
A)両方ですよ。
B)そうだったんだ。……おー、青いねー。
A)そうですねー。
B)飛び降りたくなるよねー。
A)そうですか?
B)だって死んだら別の世界行けそうじゃない?
A)そりゃ行けると思いますけど。
B)楽しみだなー。
A)楽しみですか?
B)楽しみじゃないの?
A)楽しみじゃないです。
B)えー、勿体無いね。
A)ぶっ飛んでますね。
B)君もぶっとんじゃえば良いよ、ぽーんと。
A)いや、遠慮させてもらいます。
B)……キャバ嬢を辞めたくても辞められない人って、どう思う?
A)無駄遣いが好きなんじゃないですか。
B)おおっ、辛口。
A)あとは借金で首が回らないとか、ちやほやされるのが癖になっちゃったとか。
B)成程ね。……うちの店にね、バンドやってて、凄い歌の上手い人がいたんだよ。カラオケで九十七点普通に取っちゃうような。で、普通のアルバイトだと家賃もスタジオ代も稼ぐの大変だからって、キャバ嬢やってたのね。私、その人に誘われて入ったんだけど、その人お客さんのツケ背負っちゃったのと薬にハマっちゃったのとで、もちょいアンダーグラウンドな世界に足を踏み入れちゃったんだよね。で、人手が足りないから誰か連れて来いってことで……私を誘ったみたい。だから私、逃げたんだ。その人を置き去りにして。今頃どうしてるのかな……ノゾミさん。
A)ノゾミさん?
B)っていう人でね。弟がいるって話、聞いたことあるよ。
A)……名字は。
B)高槻。
A)!
B)どうする?
A)……すみません、ちょっと、
B)行ってらっしゃい。

駆けていく少年。どこかに電話を掛ける女。

B)……お疲れ様です。例の件なんですけど、お陰様で無事伝えることができました。……はい、ご協力頂きまして本当にありがとうございます。はい。……あ、はい、勿論です、約束ですので。引き続きよろしくお願いいたします。はい、では、失礼いたします。

女、片付けて、後ろを向く。

B)かーごめかごめ、かーごのなーかの鳥は、いついつ出やる、夜明けの晩に、つーるとかーめがつーべった。後ろの正面、
A)だーあれ!
B)……サッくん。
A)……アヤさん。
B)どうだった?
A)病院送りになりました。
B)そう。
A) 親、泣いてるの初めて見ました。昔から素行の悪い姉だったんですけど。歌が上手いことくらいしか取り柄がなくって。……昔から「お姉ちゃんみたいになるんじゃないよ」って言われて育って来て、だから必死で頑張って、でも、俺にも同じ血が流れてるんですよね……。
B)血は水よりも濃いってね。
A)血が繋がっていなければ良かったのに。
B)その言い方は酷くない?
A)酷いのは神様ですよ、もしそんなものがいればの話ですけど。
B)世界は君が思う通りのものだよ。
A)全然思う通りなんかじゃないです。……良いですね、アヤさんは自由そうで。
B)自由に見えるんだ?
A)思い切り。
B)でも、私は籠の中にいるんだよ。
A)籠の中?
B)私は私の中に閉じ込められているの。
A)それは誰だってそうじゃないですか。
B)君を閉じ込めているのも君自身だよ。どうして自由にならないの? 何が怖い? 何か怖い? 本当に欲しいもの以外は全部捨てちゃえば良いんだよ。
A)怖いこと言いますね。
B)そんなに怖い?
A)姉みたいになってしまえってことじゃないですか。
B)嫌なの?
A)……嫌じゃないから、嫌なんですよ。
B)突き落としてあげよっか。
A)道連れにしても良いなら良いですよ。
B)それは嫌だ。
A)それは残念。
B)……知らない方が良かった?
A)いえ。知らないままでいるよりずっと良かったです。そこは感謝しています。
B)感謝。
A)はい。姉のことを教えてくださって、ありがとうございました。
B)……意外と平気そうだね。
A)全然平気なんかじゃないですよ。
B)そうなの?
A)俺、姉のこと好きでしたから。
B)……姉弟として?
A)小説の題材として。
B)そっか。……それで、どうするの?
A)どうしようもないですよ。見ていることしか出来ないです。非力な若者ですからね。
B)そう。
A)……少年よ、大志を抱け。の続きって何でしたっけ。
B)少年よ、大志を抱け。しかし、金を求める大志であってはならない。利己心を求める大志であってはならない。名声という、つかの間のものを求める大志であってはならない。人間としてあるべきすべてのものを求める大志を抱きたまえ。
A)作家になりたいというのは、利己的な望みでしょうか。
B)利己的じゃない望みなんてあるの?
A)利己的なだけじゃなければ良いんですか?
B)さあ。君が今、一番欲しいものは何?
A)……力。世の中を、変える力が欲しい。
B)……じゃあ、背中を押してあげる。

握手する二人。女、少年の手を引っ張る。が、動かず、逆によろける。

A)物理的な力なら負けませんよ。
B)悔しいな。
A)ははっ。
B)朔哉くん。
A)はい。
B)やってもらいたいことがあるんだけど。
A)何でしょう。
B)ストーキング。
A)はい?
B)もとい尾行。グループ組んでやんなくちゃいけないからさ。
A)え、仕事ですか?
B)世の中を動かしているのは仕事だよ。
A)そりゃそうですけど。
B)大丈夫、その服装なら目立たないから。
A)そういう問題なんですか?
B)時間は大丈夫?
A)大丈夫です。
B)んじゃレッツゴー!

籠の中から出ていく二人。暗転。

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