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Over The Flowers

 舞台は美術室、中央にイーゼルと椅子。絵を描いているリンのところに、ランがやって来る。

一、寂寥の花

ラン)……鈴蘭?
リン)鈴蘭。
ラン)何で鈴蘭?
リン)何となく。
ラン)ふーん。何か……寂しい感じだね。
リン)そう? 何か足りない?
ラン)何か、一人ぼっちな感じ。
リン)私がそうだから?
ラン)ウチがいるじゃん。
リン)ごめんね、待たせちゃって。
ラン)いいよ全然。その代わり、奢ってくれるんだよね。
リン)ちょっと待って、あと五……いや三分!
ラン)いいよ~、ゆっくり描いて。
リン)あとちょっとだから、
ラン)一、二、三、四、
リン)集中できないから止めてよ。
ラン)ごめんごめん。
リン)……今日もスタバ?
ラン)オフコース。
リン)いつも長居しちゃっていいのかな。
ラン)良くないんじゃない?
リン)でも行くんだ。
ラン)だって家だと誘惑がいっぱいだし。
リン)図書室だとうるさいって言われるし。
ラン)そうそう。ここでやっても良いならいいんだけど。
リン)部室の私物化は駄目。絶対。
ラン)あれはいいの? ずっと気になってたんだけど。(と言って、棚を指差す。そこには漫画が並んでいる)
リン)資料なんだって。美術部っていっても、半分漫画研究会みたいなものだから。私みたいな方が少数派。
ラン)借りてっちゃ駄目かな?
リン)駄目、借りるのは。読むのは大丈夫。
ラン)よっしゃ! 今度読もうっと。
リン)もー。
ラン)……何かさ、
リン)ん?
ラン)鈴野先輩いるじゃん。ウチの軽音部でドラムやってる、図書委員の。
リン)んー。
ラン)リンのこと、好きらしいよ。
リン)……マジで?
ラン)マジで。
リン)ガチで?
ラン)ガチで。
リン)そっか。
ラン)……で?
リン)で、って。
ラン)どうするの?
リン)と急に言われてましても。
ラン)こないだのライブのとき、あの人カッコイイ、私好きだなーって言ってたじゃん。
リン)言ったけど。
ラン)けど?
リン)好きっていうのと、付き合うっていうのは、ちょっと違うと思うんだよね。
ラン)何が違うの?
リン)何かが違うの。
ラン)折角のチャンスなんだよ。
リン)そうだけど。
ラン)何。
リン)ちょっと、考えさせて。
ラン)って、伝えておけばいい?
リン)ごめん。お願いしていい?
ラン)オッケー。

鞄から携帯を取り出し、打ち始めるラン。

リン)ライン?
ラン)こういうことは早い方がいいでしょ。リンは先輩のライン知らないんだよね。
リン)うん。
ラン)じゃ、あと送っとくから。
リン)ありがと。
ラン)期限は?
リン)期限?
ラン)いつまで待ってもらうの?
リン)……一週間くらい。
ラン)分かった。返事はちゃんとリンがしてね。
リン)うん。……よし、一段落。
ラン)お。
リン)片付けて来るからちょっと待ってて。
ラン)ほーい。

パレットを置きに準備室へ行くリン。その隙にリンの絵を眺め、触れようとするラン。リンが戻って来ると分かると慌てて離れ、さも今までラインを打っていたかのように見せかける。

リン)じゃ行こっか。
ラン)打ち終わるまでちょっと待って。
リン)分かった。
リン)……今日は何やる?
ラン)っとね、数学のプリント、今日渡されたやつ。
リン)あー。あれ、授業中に終わらせちゃったから、私別なのやってるね。
ラン)早っ。写さして。
リン)それじゃやる意味ないでしょ。
ラン)えー。
リン)数学は演習解いてれば自然とパターン覚えるから。
ラン)覚えらんないよ。日常生活で使わないのに何で勉強しなきゃいけないか分かんないし、ずっと数字と向き合ってると頭おかしくなってくる。あ~~。
リン)音楽くらいしか五ないもんね。
ラン)失礼な。国語と政経も……四だよ。
リン)でも理系は壊滅的でしょ。
ラン)言わないで。もう、親にも塾行った方がいいんじゃないって圧力かけられてるんだから……。
リン)行った方がいいんじゃない?
ラン)リンまで!
リン)朝から晩まで勉強漬けで、ふらふらになってベッドにもぐり込むランって絵になると思うんだ。
ラン)えー。
リン)題して、眠れるベッドのラン。
ラン)森の美女じゃなくて?
リン)森の美女? ランが?
ラン)酷っ。……え、ホントに描くの?
リン)描こうかな。
ラン)飾んの?
リン)飾ろうかな。
ラン)文化祭で?
リン)ランの寝顔、全校生徒に見てもらえるよ、良かったね。
ラン)良くない、全然良くない。
リン)片付けてない部屋の中も。
ラン)やめてー!
リン)冗談だよ。
ラン)冗談?
リン)ラン本人じゃなくて、植物の蘭の花が花びらを散らしてる感じにしようと思ってるから。人は描かないよ。
ラン)良かったー。
リン)今回は「花」をテーマに何点か描くつもりだから。
ラン)花好きだっけ。
リン)ミュシャ好きだからね。
ラン)ミュシャ?
リン)前に画集見せなかったっけ? 花と女の人がセットで描かれている綺麗な絵。
ラン)……ああ。あれ? 確かにすごいキレーだった。
リン)あれ、私買ったんだよ。
ラン)でも図書室で見たような気がするんだけど。
リン)図書委員の特権。司書さんと一緒に図書購入行った人は、好きな本を勝手にカゴの中に放り込めるの。一人五、六冊くらい。
ラン)え、ずるい。いいなー。
リン)いいでしょー。でも何でも買ってもらえる訳じゃないよ。画集は高いから、少ししか買ってもらえないんだよね。
ラン)良かったじゃん、買ってもらえて。
リン)うん、超嬉しかった。
ラン)……さて。行くか!
リン)行こう!

 揃ってハケていく二人。

二、喜びの花と憂いの花

ラン)ライン送ったの?
リン)うん。
ラン)それで?
リン)……付き合うことにしたよ。
ラン)そっか。……うん、良いんじゃない? おめでとー。
リン)ありがとー。ランのお陰だよ。
ラン)いやいや。じゃあ、頑張ってね。
リン)うん。
ラン)何かあったら相談に乗るから。
リン)分かった。……あと、明日から、鈴野先輩と一緒に帰ることになったから。
ラン)お。
リン)勉強会、減らしてもらっていいかな? 半分くらいに。
ラン)オッケー。それじゃ二人でごゆっくり。
リン)ごめんね。ありがと。
ラン)明日は雨だから相合い傘かな?
リン)相合い傘!?
ラン)傘ないふりして入れてもらっちゃえば? それじゃ明日学校で。ゆっくり話聞かせてもらうから。
リン)え~。……分かった。
ラン)楽しみにしてるよ。じゃねー。
リン)うん、バイバーイ。

 携帯を閉じ、それぞれの思いを胸にハケていく二人。

三、寄り掛かる花

絵を描いているリンのところに、ランがやって来る。

ラン)お疲れー。
リン)お疲れ。
ラン)……チューリップ?
リン)うん。まだ全部白いけど、黄色と赤と白の三色にする予定。……白は黄色に染まりたいと思ってたんだけど、赤が白を染めようとして来てるの。黄色はただ見てるだけ。
ラン)ふーん。ストーリーがあるんだ?
リン)ないときもあるよ。
ラン)へー。……携帯見ながら描いてんの?
リン)写真見ながら。
ラン)でもそのまんまは描かないんだ。
リン)描きたいのは写真じゃないから。私が描きたいのは、
ラン)描きたいのは?
リン)……分かんない。
ラン)えー。(漫画を取りに行く)
リン)でも思い付いちゃうから、描かなくちゃいけないんだよ。
ラン)そーゆーもん?
リン)そーゆーもん。

 間。リンは絵を描き、ランは漫画を読んでいる。

ラン)……で? どうだった、初デート。
リン)……ロフトに買い物行ったよ。お揃いのキーホルダー買ってもらった。
ラン)それで?
リン)カフェでお茶したよ。好きな本の話した。
ラン)それから?
リン)カラオケ行って、歌ったよ。
ラン)珍しいじゃん。で?
リン)……キスしたよ。
ラン)おめでとう!
リン)もう、ダメ。ムリ。
ラン)レモン味?
リン)……チョコレート味。
ラン)え?
リン)口移しで……。
ラン)(真似して)チョコレート味。口移しで……。
リン)止めてよもー、恥ずかしいじゃん、もー。もーっ!
ラン)モーモーって、牛?
リン)牛じゃない。
ラン)照れちゃって。かーわいー。
リン)もう聞かないでください。
ラン)仕方ないなぁ、今回はこれくらいで勘弁してやろう。
リン)今回は?
ラン)次回もよろしく。
リン)見世物じゃないんだけど。
ラン)いいじゃん、減るもんじゃないんだし。
リン)減るよ。心が磨り減る。
ラン)いいね、幸せそうで。
リン)幸せかなぁ。
ラン)幸せじゃないの?
リン)……抱えきれないほどの花をもらってる感じ。でも抱えきれないからぽろぽろ落としちゃって、折角家に持って帰っても飾れるのは一輪だけ。あとはゴミ箱行き。
ラン)贅沢じゃん。
リン)贅沢……ってそんなにいいことかな? 一つ一つのものの大切さが分からなくならない?
ラン)でも憧れるっしょ。スイーツお腹いっぱい食べるとか。札束で団扇みたいに仰ぐとか。
リン)やりたそうだね。
ラン)やってみたいよ。
リン)私はどっちかっていうと、そういうことしてるランを描いてる方がいい。
ラン)ぶれないね。
リン)まあね。

 再び無言の時間。

リン)……駄目。集中できない。
ラン)どしたの?
リン)最近、頭の中がヤバイんだよ。
ラン)ヤバイ妄想してんの?
リン)違う。一日中鈴野先輩のことが頭ん中から離れない……。
ラン)恋してるね。
リン)授業中も、Xが私でYが先輩で……とか、ここ一年前に先輩習ったんだ、とか、今の話聞いたら先輩は何て思うだろうとか、ずっと考えてて。先生の話聞き漏らしちゃうし、休み時間ラインしてるから本読めないし、夜もラインの返信するのでめいっぱいで勉強手に付かないし寝らんないし……私、次のテストヤバイかも。
ラン)いいじゃんテストくらい。
リン)良くないよ! ……キツい。
ラン)リンってあんまり人好きになったことないの?
リン)あるけど、付き合ったことない。いつも遠くから眺めているだけ。
ラン)えー、それ勿体ないね。
リン)だからもう心臓爆発しそうでヤバイ。それ描いたら落ち着くかな。でもこれ完成させなきゃ……ごめんね、ラン。
ラン)ん?
リン)眠れるベッドのラン、完成するの遅くなりそう。
ラン)いいよ別に。ていうかタイトルそれなの?
リン)変えるかもしれない。仮タイトルってことでよろしく。
ラン)できれば変えて欲しいな。
リン)考えとく。
ラン)眠れるベッドのリンじゃ駄目? 鈴野先輩を思って乱れるリンを描くの。
リン)それ別の意味に聞こえるからやめて。
ラン)え、どんな意味に聞こえたの? 教えて。
リン)分かって言ってるでしょ。
ラン)もちろん。
リン)やめてよ、耐性ないんだから。
ラン)恋バナ全然参加しないもんね。男子とも話さないし。
リン)だって何話せばいいか分かんない。
ラン)だから鈴野先輩もウチに相談してきたんだよ?
リン)私、人と話すとすごい消耗するんだって。本読んだり絵描いたりしてる方がずっと楽だし充実してると思う。
ラン)だから中学のときイジ……孤立してたんじゃん。
リン)だから苦手なんだよ。人と話すの。
ラン)でもウチとは普通に話せるでしょ。
リン)ランは私に合わせてくれるから話しやすいの。
ラン)でも、もう少し他の人とも話せるようになった方が良いと思うよ。
リン)いいの、社交界の方々は社交界の方々で仲良くしていれば。
ラン)社交界って。
リン)私はランと鈴野先輩がいればそれでいい。
ラン)……リンはさ、鈴野先輩のどこが好きなの?
リン)……腕。
ラン)腕?
リン)そう。腕まくりしてるときの腕がね、いい感じ。描きたい。
ラン)じゃあ、今度ウチの部活見に来れば?
リン)見に行きたいのは山々だけど、他のことが手につかなくて困るんだよね。
ラン)贅沢な悩み。じゃ、お邪魔虫はさっさと消えるから、ゆっくり絵書くといいよ。じゃねー。
リン)バイバーイ。

四、濡れそぼる花

ぽつぽつと、雨が降り始める。やがて本降りになる。
 携帯が鳴り、リンがそれを取る。

ラン)もしもーし。どちら様か分かる?
リン)ラン。
ラン)あたり。
リン)ディスプレイに表示出てる。
ラン)そっか。……ねえ、何で今日休んだの? 風邪?
リン)風邪じゃないけど。ちょっと具合悪くって。
ラン)恋の病?
リン)かもしれない。
ラン)重症だね。
リン)うん。
ラン)……何かあったの?
リン)何かってほどのことじゃないんだけど。私……。
ラン)何?
リン)鈴野先輩と別れようと思って。
ラン)え、何で!?
リン)何か……違うんだよね。
ラン)何かって、何が?
リン)……んー。
ラン)だってまだ付き合い始めて一ヶ月でしょ。
リン)そうだけど。……俺のこと、世界で一番好き? って聞かれたんだよね。私、それに応えられなかった。
ラン)それが理由? ってか、他に好きな人でもいるの?
リン)そうじゃなくて。出会ってからまだ、数ヵ月しか経ってないんだよ? そんなすぐに一番だと思えるようにならないよ。
ラン)言いたいことは分からないでもないけど。
リン)あと……好きって言われるたびに、自分の中の好きって気持ちが消えていく気がする。あったくてほわほわした気持ちが、黒く濃く塗り潰されていくの。何でなんだろ。
ラン)いや、私に聞かれても。
リン)多分……多分なんだけど、鈴野先輩は私に好きと伝えることで、私に対して何かをすることで、私からの好きを貰おうとしてるの。でもそれは間違ってるの。好きっていうのは、与えるものでしょ。なのにどんどん奪われていって……私、押し潰されそう。
ラン)……そっか。
リン)私、これ以上鈴野先輩のことを嫌いになりたくない。だから別れる。
ラン)結論はもう決まってるんだね。
リン)でもこれ、どうやったら伝わるんだろう。そのまま伝えても、分かってくれない気がする。二人で一緒に頑張ろう、乗り越えて行こう、って言って来るような気がする。どうしたら別れられるのかな。
ラン)……何か今、不思議な気分。
リン)何で?
ラン)鈴野先輩からはどうしたら付き合えるのかなって聞かれるし、リンからはどうしたら別れられるのかなって言われるし、いやー……変な気分。
リン)確かに。
ラン)それだけ頼りにされてるってことかな?
リン)そうだね。
ラン)……リンって、すごく敏感だよね。他の人が一として受け取ることを、十として受け取ってる感じ。
リン)それはあるかも。
ラン)そーゆーとこ芸術家肌だなって思うけど。一方、すごく鈍いところもある。
リン)そうなの?
ラン)で、どうやって別れるつもり?
リン)あ~。……私、簡単に人と付き合うべきじゃないのかもしれないね。別れるの面倒。っていうか付き合うの面倒。
ラン)そこまでいっちゃう?
リン)だってホント面倒いもん。
ラン)その言い方は鈴野先輩に失礼じゃない?
リン)……ごめん。
ラン)謝るべきはウチじゃないよ。
リン)そうだね。……好きになれなくてごめんなさい。あなたが私を好きなようには、私はあなたを好きになれません。あなたの思いは、私には重過ぎて、耐えられません。どうか、私に寄り掛からなくても生きていけるようになってください。さようなら。
ラン)……良いんじゃない、それで。
リン)良いかな、ラインでも。
ラン)付き合い初めがラインなら、終わりもラインで良いんじゃない?
リン)ありがとう、ラン。ごめんね、折角取り持ってくれたのに。
ラン)いいよいいよ。明日は学校に来れそう?
リン)うん。
ラン)ノートも取ってあるから。
リン)ありがとー!
ラン)じゃあ、待ってるから。
リン)うん、バイバーイ。

二人は通話を切って、それぞれラインを打ち始める。

五、秘密の花

雨が上がる。
絵を描いているリンのところに、ランがやって来る。

ラン)お疲れー。
リン)お疲れ。
ラン)どう? 調子は。
リン)うん。まあ。
ラン)……すごい。これ、何?
リン)薔薇がバラバラ。
ラン)っていうタイトル?
リン)違うよ。タイトルは……Under The Rose。
ラン)何か土の中から手生えてない?
リン)生えてるのかな? 埋められたのかな?
ラン)ちょっと怖いんだけど。
リン)この子は元々白い薔薇で、赤い薔薇と黄色の薔薇の生け贄になったの。だからバラバラにしようとしてるの、自分と同じように。赤い薔薇と黄色の薔薇の根っこは土の中で仲良く手を繋いでて、白い薔薇は……薔薇の花の部分は目なんだけど、それを目撃してるの。
ラン)……へぇ。これでいくつ目だっけ?
リン)……鈴蘭と、眠れるベッドのランと、三色のチューリップと、これで四点。薔薇に突き刺された心臓と、オフィーリアも描いてるから、六点。あともう一つ描こうと思ってるんだけど……まだ何にするか決まってない。
ラン)随分描いてるんじゃない?
リン)だからちょっと寝不足で……。
ラン)大丈夫?
リン)平気。今しかないの。今しか描けないの。来年はもう受験でしょ? こんなことしてられるのは今だけだから。今描かなくちゃいけないの、描かなくちゃいけないの……。
ラン)根詰めすぎないようにね。
リン)根詰めなきゃ描けないけどね。
ラン)そういえば眠れるベッドのランって完成したの?
リン)したよ。
ラン)タイトル変えてくれた?
リン)「乱れる花のひととき」
ラン)見ていい?
リン)あっちに置いてあるから。

と言って、リンは準備室を指差す。
絵を見に行くラン。黙々と絵を描くリン。

ラン)……ちょっと! 何これ!
リン)気に入らなかった?
ラン)人物は描かないって言ったよね。これって完全に、ウチ……
リン)ランだよ。
ラン)何で。
リン)気が変わったの。
ラン)止めてよ。
リン)やだよ。折角描いたのに。
ラン)話が違うでしょ。どうして勝手にそんなこと、
リン)うるさいなぁ。

 絵を床に叩き付けるラン。そこでようやく筆を置き、絵を拾い上げるリン。

リン)……。
ラン)……ねえ、何でそんな絵描いたの。人は描かないって言ったよね。何で約束破ったの。ねえ。
リン)……鈴野先輩と付き合い始めたって、ホント?
ラン)……ホントだよ。何だ、噂になってたんだ。
リン)何で?
ラン)何でって……好きだからに決まってるでしょ。ウチ、一年のときから鈴野先輩のこと好きだったんだよ。でも、鈴野先輩はリンのこと好きだって言うし、リンもまんざらじゃなさそうだったから、諦めてリンにあげたんだよ。でも、リンは結局、鈴野先輩いらないんでしょ。だったらウチがもらってもいいじゃん。何が悪いの?
リン)悪いと思ってないなら、何で内緒にしてたの?
ラン)……。
リン)後ろめたいことしてるって、分かってたんじゃないの?
ラン)……。
リン)……私、実は、ずっと前から先輩のこと好きでした。すみません、こんなタイミングで。でも、今しか言えるチャンスはないと思ったので、
ラン)ちょ、何で……っ、勝手にスマホ見たの!?
リン)見てないよ。
ラン)嘘。
リン)嘘じゃないよ。鈴野先輩が送ってくるの、ランからこういうラインが来てたって。
ラン)嘘でしょ。何で鈴野先輩のせいにすんの、そういう作り話やめてよね。最低。
リン)ほら。
ラン)……。
リン)画像も送ってくるんだよ。ねぇ。乱れる花のひととき……この絵、その写真を見本にして描いたんだよ。消さないでね。消してもバックアップあるけど。先輩のスマホの中にも。
ラン)……何で、先輩がこんなこと、
リン)嫌がらせでしょ。ホント迷惑。死ねばいいのに。
ラン)(睨む)
リン)こんなことされても、まだ好き? 先輩のこと。
ラン)分かんないよ。でもさ、彼氏馬鹿にされて怒らない彼女がいると思う!?
リン)好きなんだ……そっか。
ラン)ていうか、こんなの送られてきたからって、ああいう絵を描くリンも悪いでしょ。おかしいでしょ!
リン)おかしい?
ラン)おかしいよ。
リン)私、おかしいんだ。あの絵、気に入ってるんだけどな。
ラン)気に入ってるって、
リン)その写真のランは、先輩のでしょ。この絵のランは、私のだから。私の視線に、私の筆に、犯されていくラン。
ラン)……何言ってんの。
リン)私、ランのこと好きなんだよ。中学のとき、クラスで浮いていた私に話しかけてきてくれてからずっと。ずっと。そういうランが見たいと思ってた。そういうことしたいと思ってた。でもランはそんなこと望んでないってことも分かってた。だからずっと我慢してたのに。なのにどうして鈴野先輩に横取りされなきゃいけないの。ランのこと大切に思ってもいない、あんな虫ケラ野郎に。何で簡単に身体を許しちゃうの!
ラン)……。
リン)私、そんなにおかしいかな。女の子が女の子を好きになるって、間違ってるかな。そんな片思いがあるってこと、分かってはくれないのかな。ねぇ。
ラン)……ごめん。正直言ってね、……気持ち悪い。だって私達、友達でしょ。友達だと思ってたのに……何かすごく、裏切られた気分。……気持ち悪い。
リン)……きっとそう言うだろうと思って。だからカモフラージュしようと思って、鈴野先輩と付き合うことにしたんだよ。でもやっぱり無理だった。ランが私のこと気持ち悪いって思うみたいに、私も鈴野先輩のこと気持ち悪いって思った。鈴野先輩に、俺のこと世界で一番好き? って聞かれたとき……私、鈴野先輩よりランの方がずっと大切なんだって、恋人みたいな存在なんだって、ハッキリ分かった。だから別れたんだよ。大して好きでもない人と付き合うより、付き合えないけどランと一緒にいたいって思ったの。なのに別れたら、別れた途端にランは……。私、ランと会うために学校に来てるようなものなんだよ。絵を描くのだって、ランに見せたい、見せて誉めてもらいたいと思うからだよ。勉強頑張るのも、勉強会でランに教えるために頑張らなきゃと思うからだよ。ランがいなかったら私、これからどうやって生きていけばいいの……?
ラン)……リンの気持ちは、ごめん、ウチには重過ぎるよ。怖い、正直言って。……鈴野先輩にリンが送ったメール、もう一回読み直してみるといいんじゃないかな。じゃあね。

ラン、去る。
一人になるリン。

リン)……好きになれなくてごめんなさい。あなたが私を好きなようには、私はあなたを好きになれません。あなたの思いは、私には重過ぎて、耐えられません。どうか、私に寄り掛からなくても生きていけるようになってください。さようなら。

泣き伏すリン。泣き疲れた頃、おもむろに鉛筆を削り用のナイフを手に取り、その先端を見つめる。やがて意を決し、「乱れる花のひととき」の絵を切り裂く。

音楽、暗転。ややあって中央ヌキ。
キャンパスに向かって絵を描いているリン。そのタイトルは、

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