【感動の話】僕がそこから学んだこと【エピソード②】

前回の振り返り
①僕の同級生に生まれつき脚が不自由な男の子がいた
②僕はその子と同じクラス
③中学3年生の体育祭で起こったエピソードとは!?






僕はその足が不自由な子と同じクラスでした。
(以後、その子をA君とします。)


体育祭には、クラス対抗全員リレーがあります。


それぞれのクラスの勝敗をかけて、
みんな精一杯走ります。

うちのグラウンドは、トラック1周が200m。


ひとり100m(トラック半周)をリレー形式で走るってやつですね。


おっと、そう言えば、
前回触れたTakaとの衝撃的な出会いもリレーでしたね。笑

Takaとの出会いはこちらの記事にて。笑
https://note.com/canariopedal/n/nfe95e0873d9b


話を戻しまして、

そのクラス対抗リレーには
AチームとBチームに分かれるんですが、

人数の関係上、チームを分けてるだけなんですよね。

なので、基本的には男女それぞれ走る人数くらいしかルールはないものの、

AチームにもBチームにもそれぞれ戦力は公平に分けるというやり方を各クラスしていました。

そこに担任の先生から提案が。





『中学最後の体育祭や。A君をAチームのアンカーにして、1位でゴールさせたいんやけどどうやろか?』




と。







クラス全員、耳を疑いました。




なぜなら、

A君はこれまで100m走ったことがほとんどなく、
体育祭でも30m程度しか走ったことがありません


正直、それだけでも本当にすごいことなんです。



そんなA君がアンカー!?


しかも1着!?


完走まで足もつん!?

、、、そもそもどうやって!?


 
などなど。


確かにそのクラスは何人か足の速いランナーはいましたが、

学年トップ10以内のランナーばかりが占めていたとかでもなく、


均すと極々平均的なクラス







そこで先生から更なる提案が。



『クラスで男女それぞれタイム順に上から並べる。そして上から速い人15名をAチームとするのはどうや?』

と。
  

そう。


先生の作戦は、


アンカーのA君にバトンが渡るまでに
他のクラスを出来るだけ離しておく。


その差を活かして、
A君が1着ゴールを目指す

というもの。
  


だからこそ、
上からタイムが速い人ばかりを集めたAチームはこのクラスのベストメンバーで臨むというものでした。 





その作戦が決行されることになる。



体育祭当日までそのメンバー構成は内密にして、


毎日放課後バトンパスの練習。


この繰り返しでした。

正直A君の100mタイムを計測した時、
我々のバトンパスがうまく行く事を絶対条件に、

A君にバトンが渡った時点で、
他のクラスとトラック半周以上の差がないと厳しい
予想でした。



そう、かなり難易度が高いことである。





当日を迎える。


他のクラスは誰も知らない。

関係者の親御さん以外、誰も知らない。




他のクラスがざわつき始めます。



なぜなら、アンカーにはA君の姿が。








審判員が右手を高く上げ、合図を出す。



『位置について、ヨーイドン!!』



老若男女、誰もが慣れ親しむこのスタート合図が場内に響き、
  

その合図とともに、

我がクラスは1位に躍り出ます。





第一走者から第二、第三、第四と、、、


どんどんバトンは渡っていく。



練習していたバトンパスもうまくいき、


圧倒的な我がクラスの速さに場内は響めきが起こる。



そして、




アンカーのA君へバトンが渡る。



不自由ながら懸命に足を動かすA君。

額に汗をいっぱいかきながら今出来る全ての力を出すA君。

場内は割れんばかりの歓声でA君の背中を押す。



他のクラスのアンカーにもバトンが渡った。



その差は、約トラック半周。

そう、ギリギリのライン。

でも想定内の範囲。

クラス全員が固唾を呑んで見守る。


どうなるか、A君。



しかし、


そんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりに他のクラスは差を縮めてきます。笑



いやいや、君らには情がないんか?笑

ってくらいあれよあれよと追い上げてきましてね。笑


これまた猛烈に。笑





、、、、







が、しかし、


見事、A君1着でゴール!!!


ほんまにギリギリのギリギリ
差される直前でした。

場内はこれまで聞いた事ない拍手喝采。


先生方、生徒の保護者の方々、


皆さん、号泣。

そらそうですよね。

控えめに言っても、走るだけで奇跡。

歩くことにも必死のA君が100m走り切って1着でゴール。


感動しかありません。



僕自身、実はクラスで1番足の速いランナーでしたので、

その場に立ち会えたことに誇りしかありませんでしたし、

15年近く経った今でも学生生活の貴重な経験のひとつとして鮮明に刻まれています。






では、なぜそんな感動が生まれたのか??



当然、主役のA君。


本当によく頑張りました。


その根性と走る姿に全員が涙した。

その感動は、確か新聞にも掲載されました。
(どの新聞か全く覚えてないですが。。。)

そして、毎日欠かさず行ったバトンパス練習。

チームの連携。

全てが連なり、素晴らしかったの域を超えるものである。





だからこそ感動は生まれた












だけではないと僕は思っています。


今言ったこれら全ては当然、大切なことですが、







なによりも忘れてはいけないことがある。



 

そう。


当時、中学生です。

思春期で難しい時期でもあります。
  

色んなことが気になる時期です。




それなのに、

Bチームに選ばれたみんなが、

足が遅い子ばかりが集められたBチームのみんなが、

それを文句ひとつ言わずに受け入れたこと。

そして、当日、圧倒的な差で最下位になったこと。



このBチームのメンバーがそれをわかって受け入れてくれたことが、その成功の裏に隠された真実である。





何か偉大な成功の裏には

それを実現する為に、
裏でサポートをしてくれる人がいることを、

犠牲になった人がいることを、

決して忘れてはいけない。





これこそが、当時、先生が教えたかったことなのかもしれない。

その理由のひとつとして、
当日、僕ともう1人の友人は、クラスで1番、2番と足と速いランナーでした。


この2人は、故にどんな時でも負けず嫌いなわけです。

その2人をBチームに人数補填という名目でランナーとして加えさせ、

アンカーとアンカーの前として走らせたのです。


つまり、最下位の瞬間は我々に。

だからこそ、僕ら2人は悔しさを感じましたし、


AチームにもBチームにも属したからこそ、
その重みを実感することが出来た。






ふと、たまたま先日そのA君を見かけて思い出した出来事です。


そしてそれは何事に関しても言えることではないかと思い、このnoteに書かせて頂きました。



我々バンド活動にも言えることなんですよね。

例えば、ライブひとつ取ってみてもです。


確かにステージで演奏するバンドに目は行きがちですし、確かに主役であると思う。

でもその裏では、
我々をかっこよく照らしてくれる照明があり、それを操作する照明スタッフがいる。

より良い音を観客に届ける為のサウンドエンジニアがいる。


演者がステージで何かあった際にサポートしてくれる裏方スタッフがいる。

そのライブの実現の裏にはブッキングマネージャーがいる。

そもそもそのライブハウスでライブをしていいよと許可してくれた責任者がいる。




そしてそのライブを見てくれるあなた(観客)がいる。


色んな人のサポートを経て

その日のライブが成り立つのです。

だからこそ、
周りの人への感謝だけは忘れないバンドで僕は在りたい。

それが、カナリオペダルでありたいですね。


そんなカナリオペダルが出した1st mini album、
〝Reborn〝が非常に色んな方から好評です!

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是非聴いてみて下さい!
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気になった方は是非!!
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Rebornのtrailerはこちらです!
https://youtu.be/5m3OM-sJgUg

鬼滅の刃のOP曲、紅蓮華もカバーしてみました!
https://youtu.be/UTkLRb7BJzY


長々とすみませんでした!
宜しくお願いいたします!!




PS
色々言いましたが、何はともあれ、
A君にとってこの日の出来事が忘れられない思い出になっていれば、嬉しいですね!(^^)

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